014
真夜中の特別な図書室、ランプの明かり一つに照らされたその部屋には、静寂が広がっていた。
部屋の中へ足を踏み入れて分かったことだが、長く閉じられていた部屋にしては空気の淀みが感じられない。
別棟と同じ石造りの壁に、場所も邸の一番奥…その割には肌に湿気を感じることもなく、かといってテーブルや椅子等に埃っぽさもない。
代々に渡る紫の系譜に連なる人達が、いかにこの部屋を大事に管理していたことがわかる。
そう感じることができるとシエールは、会ったことのないおばあ様や、きっとこの部屋へ入ったことがあるであろうお母様の面影を探し、この部屋が好きになっていた。
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「私は、ここに閉じ込められてしまうの?」
言葉をそのままに受け取る…だからといって子供っぽく取り乱したりすることはしない。
シエールは自分の中に疑問を抱えながら、リジアンへと質問をした。
ここまでの間、この部屋についてリジアンがいくつか説明をしていた。
それが本当だとすると、シエールはこの部屋に閉じ込められたとしても自由に出入りが可能なはずだ。
何故、そんなことを?…納得がいかない表情を浮かべるシエールを見て、リジアンは満足そうだった。
「もちろん、それは表立った…そうですね、『建前』というものです。」
そう言うと、リジアンは隅の方にある本棚へと移動した。
いくつか視点を変え、何かを興味深く探しているようだった。
「あのディアンジュ様のご様子からすると、今後私がお嬢様のお側を離れねばならないことが増えるでしょう。そうなると何事かの嫌がらせや、無理難題を仕掛けられる可能性がございます。それを回避するため…私が言い付けを聞かないお嬢様に対し躾としてこの部屋へ閉じ込める。他者に対して、虐げているという印象を植え付けることが必要なのです。幸いこのカルネヴァル侯爵家でこの部屋を自由に開けられる者はお嬢様と、この鍵を持つ者に限られます。そこを逆手にとりディアンジュ様やその手の者が、直接お嬢様への接触をできないように隔離をする…といった目的です。」
そこまで話すと、リジアンは本棚の一部をじっと見つめ手袋をした手にとっては丁寧に観察する。
「だからといって、本当にお嬢様を閉じ込めるようなことはいたしません。自制はしていただきたいですが、外にお出になるのは自由です。ただ監視の目があることと、ディアンジュ様への格好のエサになるようなことは避けていただきたいので、基本はこの中でお過ごしになることをお勧めします。そしてその為に快適に過ごせるよう手を尽くします。」
話ながら近寄りシエールの背中へ手をまわし、先程の本棚まで誘導するとリジアンはシエールの手をとり、一冊の本へそっと押し当てた。
本の背表紙には、扉のハンドルにあった薔薇の細工と同じ模様が描かれており、表題を「未知の扉を開く者」と記されていた。
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一瞬…シエールの目の前が撓んだ気がした。
そして次の瞬間…シエールは世界が突然明るくなったと感じ、目を見開いた。
先程いた場所とは…景色が、変わっている。
目の前には別棟でシエールの自室としている部屋の四分の一ほどの広さの空間に、白い家具で統一されたゆったりとし可愛らしく装飾した居間があった。
壁紙は白緑色と白のストライプに白の部分の両端に添って金色のラインが入っている。
床には若竹色の少し毛足の長い絨毯が引かれており、先程までの石造りの壁が嘘のように明るい部屋に、優しい光が注いでいた。
大人がゆったりと座れる白い木彫のソファは絨毯と同じ若竹色の布が張られており金の鋲がさり気ない高級感を感じさせる。
その上には白緑色のクッションが何個も置かれており、シエールならば埋もれて眠れるほどだ。
なにより壁や天井から白く薄いオーガンジーに金の星が刺繍された布を、いくつも緩やかな波に見える様、部屋を飾っている。
「…この国の加護という力は、本当に美しい。」
シエールの隣でリジアンが少し瞳を細めながら、感嘆の声をあげていた。
「お嬢様はご存じないかもしれませんが…この国は他の国と違い、魔法という力を持つ者がおりません。この大陸での発展は、主に魔法によってもたらされたものが多い。私達も生活するうえで必要な力は、他国より輸入している魔力のこもった魔石に頼っています。だが魔法を使えないからと言って、魔力が全くないわけではない。魔力を解放できない私達にもたらされたもの…それが我が王国の加護という力なのです。」
リジアンは手袋をした自分の手のひらをじっと見つめながら、話し続けた。
「多様的に活用できる魔法とは違い、この国の加護という力は個人の個性を引き出しその上で聖女の力が恩恵として加わっている。端的に言うと、使える者が限られている万人に必要とされない偏った力…。今では年月を経て様々な種類の加護が生まれているといいます。」
本棚の本に触れると、特定の場所へ移動する加護。
閉ざされた空間を、部屋として利用する加護。
窓らしきものがないのに、快適に過ごせる明るさを保てる加護。
「個人に与えられる加護は、その者にとって特別な力…ゆえに加護を持っていると言うことは話せても、どのような加護を持っているかについてはたとえ親族でも打ち明けることが難しいとされています。なかにはその能力ゆえに、人身売買が行われたという過去の記録があるほどです。」
リジアンの瞳に少しの悲しさが浮かんでいた。
それはエートゥルフォイユの国民が過去に犯した罪への思いなのか、それとも自身の過去に関わる出来事なのか。
いつもより多弁なリジアンを、シエールはじっと見つめていた。
「なんでもできる魔力とは違い、自身にもたらされる限定した力。それを磨き研鑽し、時には他の者と協力してこの様に完成され素晴らしい空間を作ることができるとは…。」
薄っすらと光る物が瞳に浮かぶ、過去にこれほどのことが出来たなら…信頼し協力して加護を使うということが皆の普通であったなら、どれだけ素晴らしいことだろう。
この部屋に対するリジアンの想いと、そこに集まる人達の力にシエールは胸に込み上げる何かを感じていた。




