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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
13/103

012

「ちっ…あの、阿婆擦れが。」


目の前でリジアンを纏う空気が、一段冷えるのがわかる。

下瞼に力を込め遠くを見つめながら冷ややかながら、ゆっくりとシエールの自室の扉を閉めると同時に、小さな声でリジアンは呟いていた。

これがリジアンの怒りの表現なのか…こんなに感情をあらわにしたところをはじめて見た。

シエールは不思議な気持ちでそれを眺めていた。


シエールの視線に気がついたリジアンは、少し気まずそうに眉を落とすとすぐになんでもないとばかりに表情を戻した。


「リジアン、阿婆擦れってなに?」


シエールはリジアンへと真っすぐに質問をする。

普段は感情を抑え冷静に話をするリジアンをあんなにも怒らせる理由を、シエールは知りたかった。

リジアンはシエールの問いに対して、なんとも言えない表情をしていた。


「申し訳ありません、お嬢様。これはお嬢様にお聞かせするような言葉では………いや、少し面白いですね。」


子供に教えるような言葉ではない。

リジアンはシエールに対し、最初はうやむやに誤魔化そうと思っていたが、少し考えを変えてみた。


「お嬢様、先程の対応…お見事でした。」


シエールは自分が求めていた答えと違う話に移り、少し戸惑いながらもリジアンに対して頷いた。

自分でもかなり我慢を強いられたと思う、それでも最後までリジアンの忠告通りに出来たと思う。


「お嬢様は相手に情報を与えず、それでいて相手の情報を引き出すことが出来ました。この調子でしたら今後もうまく立ち回ることが出来るでしょう。そしてその信頼の証に私の心の内をお嬢様へお教えしたいと思います。…秘密は守れますね?」


シエールはリジアンが自分に信頼を置いてくれるのだと、目を見開いた。


「守れるわ。」


シエールは胸元で掌を握りこみ、真剣な表情で答える。

その答えにリジアンの瞳が少し細められ、シエールに耳打ちをするようにこっそりと声を出す。


「私はディアンジュ様を、とんでもない阿婆擦れだと思っております。阿婆擦れとは、図々しく身持ちの悪い女のことです。」


シエールはリジアンの答えを聞き、眉をひそめた。

リジアンがせっかくシエールと秘密を共有すると言ってくれたのに…ますます困惑してしまった。


「リジアン…身持ちが悪いって、何?」


再びシエールがそう尋ねると、すでにリジアンはいつもの表情へと戻り感情が読み取れなくなっていた。


「お嬢様…それは追々お嬢様が成長する上で、自然と感じ取るものです。少し戯れが過ぎました…申し訳ございません。」


そう言うとリジアンはシエールの手をとり、自室のソファへと移動した。


   ・

   ・

   ・


シエールをソファへ座らせると、軽く礼をすると一旦下がりワゴンを押して戻ってきた。

リジアンは少し大き目なカップへ、温めたミルクと濃い目に淹れたアップルティーを注いでくれた。

砂糖を多めに入れて、暖かい湯気とりんごの香りを胸いっぱいに吸い込む。

紅茶を嗜むという点では邪道だとは思うが、シエールはこの紅茶が大好きになった。


紅茶を半分くらい飲み干し、少し落ち着いたところを見計らって、リジアンは先程の事へと話を戻した。


「しかし困りましたね、まさか私が目を付けられるとは…盲点中の盲点でした。このままでは、こちらに関心が向いてしまいます。」


よほどディアンジュの行動が、リジアンの予測の範囲外だったのだろう。

リジアンは一瞬だけ思い出したように、険しい表情をした。


「先程の事を交えてこの先を予測すると…私への呼び出しが増えることと、こちらを監視する人員が置かれるであろうということですね。本来の計画であればこのまま、あちらの関心をひかない程度に自由に行動できるはずだったのですが…少し、対応を変えなければならないようですね。」


口を動かしつつも、考え事をしているのであろうことはわかった。

かちゃかちゃと備え付けていたカップを手早くセットすると、濃い目のアップルティーを注ぐ。

リジアンはその紅茶を遠くを眺めながら、立ったまま自分の口元へと運んだ。


その様子をきょとんと眺めているシエールと目が合うと、ぴたっと手を止めて片方の眉を上げる。


「これは失礼いたしました。いただいても?」


シエールに向け、カップを少し上げて許可を求める。

返答を待たぬまま再び口元へと運び、口へと含む。

漂う紅茶の香りに、思っていたものとの違和感を感じている様子だった。


「…これは香りが甘すぎますね。」


普通の執事らしからぬことを、平然と目の前で行っていることに気がついていない。

リジアンは思考の波に捕らわれているようだった。

遠くを見つめながら、違和感を感じていた紅茶を再び口に運ぶ。

やがてなにか考えをまとめたようで、こちらへと視線が戻ってきた。


「少し手間はかかりますが、なんとかなりそうです。お嬢様には少し窮屈な思いをしてもらうことになるかもしれませんが…逆にこれが最善でしょう。」


リジアンは自分の中で納得したようで、それ以上説明をするつもりはなさそうだった。


「しかし…お嬢様へ縁談とは。王命ですので、顔合わせののちすぐに婚約と言うことになりそうですが…実際の婚姻は、お嬢様の成人を待ってからということになるでしょう。たしかハイルヘルン伯爵の次男とおっしゃっていましたね?こちらも少し調べてみましょう。」


そこまで言うと、リジアンは自分の中ですべきことの整理が終わったかのようだった。


そこで初めて自分が立ったまま、仕えるべき人物の前で紅茶を飲んでいるということに気がついたようだった。

小さく「失礼しました」と呟き、手早くワゴンへカップを戻す。


「問題ないわ。」


シエールはひとつリジアンを知った気持ちになり、嬉しそうに口元を綻ばせた。

思わずくすくすと小さく笑うと、リジアンの冷たい視線がシエールを見下ろしてくる。

シエールはすばやく、姿勢を正し、表情を取り繕うのだった。

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