序章
叡智輝く知識の泉、エートゥルフォイユ王国。
大陸の北方に位置するその国は、一年のほとんどを雪と共に過ごしていた。
その国の成り立ちは他の国とは異質である。
それゆえの誇りが、国民にはあった。
◇◆◇
昔々の話。
雪に閉ざされた…やせ細った大地に根付く土地の民は、貧困に喘いでいた。
何度耕しても豊かにならない土地と、実りの少ない作物…土地を捨てようと考える者も少なくはない。
それでも季節が代わり、また土地を耕すのは生まれ育った自然が作り出す美しい土地を愛しているからだった。
そんな状況の中で、何かの意思に導かれ突然…異世界と呼ばれる場所から「聖女」が呼び寄せられた。
暖かくも見える柔らかい光の中に見えるその少女の装いは、とても異質でこの世界の者ではないというのは一目でわかる。
そっと瞳を開くその女性は、民たちの姿を見て困惑しているようだった。
やがてゆっくりと手を伸ばし、自分に課せられた役割を果たす。
土地を祝福し、病気を治し、正常な生活ができるように少しずつ、少しずつ導いていった。
生活が安定してきた民たちは聖女に祈りを捧げ、何かお礼がしたいと申し出た。
異世界からやってきた少女は、小首をかしげ少しの間悩んだが、やがて一つの答えを出した。
――― 「この世界の事が、知りたい。」
聖女に対する感謝を民達は、情報・文献・伝承と色々な物を集めることで表していった。
聖女はそのひとつひとつに丁寧にお礼をいい、すべてを大切に保管していった。
しばらくすると聖女の噂は他の国へも、届くこととなる。
救いを求め国を越え、様々な国の人々がやってくるようになった…出来うる限りの『知識』という、貢物をもって。
月日が経ち…聖女への感謝は、大きな図書館となる。
大陸の最北、氷に囲まれた土地の中、小さな山とも見間違える程の建物の中に、あらゆる知識が聖なる力で護られている。
そして聖女がこの世を去る時、この土地に住まう民たちの未来を憂い、図書館の司書を勤める三人に聖女の力を分け与えた。
『聖女の加護』と呼ばれるその力は、やがて国を大きく動かすという予言と共に。
◇◆◇
聖女が去ったその土地は、雪に覆われる環境の厳しさから、人々の足が遠のいていった。
時折その書物や知識を悪用しようとする者もいたが、都度その建物はなぜか姿を消していた。
やがて場所はわかるが、建物が見当たらないということが増え…終いには完全に建物自体の姿を失った。
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そして時を経て『聖女と図書館』の話はその地域に伝わる古い伝承…不完全な形として、人の記憶に残るまでもない寓話となった。
図書館の姿・形を知る者は、誰もいない。