今日、辞めます
誤字や、変なところがあればご報告お願いします。
「本当に、辞めよう。」
五月の半ば頃。
私は今日、サッカー部のマネージャーを退部します。
理由は部内での失恋が原因です。
この学校は中高一貫校の進学校で、私は中等部二年生。彼は副部長で、高校三年生でした。
恋を自覚したのは一年生の四月です。
四歳も年齢が離れている恋。叶うはずもないと考えていましたが、どこか心の底で期待をしてたのです。
もしかしたら選んでくれるかもしれない、そう考えていました。
しかし、そんな奇跡のようなことは起こるはずもなく。
彼は、同級生のマネージャーに告白したのを偶然耳にしました。
その時に思ったのは、絶望でした。背筋が一瞬ヒヤッとなったのを覚えています。
今思い返せば、そんなにも好きだったんだと思います。
そのまま、部活の練習が始まっても集中できずに部長に注意されてしまいました。
このままいくと、想いが忘れられず、何も手がつかないので数日、どうするか考えるために部活を休みました。
結果、辞めるという考えに持っていきました。
そして今に至ります。
自分勝手なのは分かっていました。申し訳ないとも思っています。
でも、このままズルズルいても意味がないと私は思いました。
先生から退部届をもらって、最年長の学年の人と挨拶を済ませてからの退部となります。
その際に当たり前ですが、副部長に挨拶しなければいけません。
なるべく手短に済ませようと思います。
長々と話そうとは思っていません。その分、退部したくなくなるから。
まずは先生にもらいに行くところからです。
「先生、入ります。」
ほとんど問答無用ですが構わないでしょう。
実は話があると、前々からこの時間は開けてもらっていたのです。
「入りなさい。」
凛として、落ち着きのある少し高めの声が部屋に響きます。
私はそのまま堂々と背筋を伸ばして先生の真正面に座りました。
この先生を突破できればあとは容易いです。
「先生、もう直球で言いますね。」
「……。」
無言は肯定の証拠として受け取ります。
そのまま私は言葉を続けました。
「私はこの部活を辞めます。」
「理由を聞いてもいいかしら。」
少しの気まずさから目を伏せると、私は正直に話しました。
副部長に恋をしたこと。
毎日が幸せで楽しかったこと。
でも失恋をして、何にも集中できなくなったこと。
本当に、正直に話しました。
この先生には嘘を言ってもすぐにバレてしまうことを知っていたから。
「…分かったわ。退部を許可します。」
「はい。ご迷惑をおかけしてごめんなさー」
「一つ、聞くわね。」
先生の声が私の声を遮ります。
疑問に思い、顔を上げると泣きそうな顔になっている先生を見ました。
「サッカーは、好きになってくれた?」
「…はい。大好きになりました。」
そう、と先生は呟くと小さなため息をついて、俯きます。
私はその姿に何も言葉を発さず、ただじっと目をつむりました。
でも沈黙を破ったのは、先生の方でした。
「ごめんなさいね。」
「はい。今までお世話になりました。」
最後に出て行く時、先生が「昔のことを思い出すなんて、先生失格ね。」といっているのを耳にしました。
心が少し、傷んだ気がしました。
校庭に、少しずつサッカー部員が集まって来始めたとき。
部活が始まる少し前となり、部長がやってくるのを見て呼び止めます。
「部長、少し良いですか?」
「どうした?」
私は退部する決意を話しました。勿論、失恋話は伝えていません。
部長は副部長と男友達で、一心同体と言われているほど、仲が良く、言うと告げられる可能性があるのを危惧したからです。
しかし、全く信用していないわけでなく、むしろ信頼している方で。
なぜなら、この人のおかげでこの部活に入ることを決意し、また全国にも行くことができました。
「そっか、分かった。一番に言ってくれた?」
「はい。部内で、一番信頼できる先輩ですから。」
そう、私が言うと部長は笑って、「ありがとう。」と言いました。
「たった一年ほどでしたけど、ありがとうございました。」
「こちらこそ、ありがとう。」
お互い、少し微笑みます。
私は泣きそうになりましたが、堪えます。
「今日は、部活に参加する?」
「いえ、挨拶をしに来ただけですので…。」
「分かった、お疲れ様。」
先生と話した時と同様に胸が痛くなりました。
多分、良い先輩に恵まれていたなと思って、自分勝手とも言える理由で辞めることが心苦しくてしかたなかったからだと思います。
「副部長。あの、言いたいことがあるんですけど…。」
「なに?どうしたの?」
心臓の音が外に聞こえてしまいそうになるほど、大きく鳴っています。
そんな状態の私をよそに、涼しげな表情で私を見ていました。
「私、今日で部活を辞めます。」
そう、言い切った私の心音はもう外に響いていたんじゃないかと思うほどに大きく鳴りました。
しかし、副部長の顔は微笑んでいて、全く感情が読み取れませんでした。
「そっか、分かった。」
そのまま、副部長は私の横を颯爽と歩き抜けました。
部活が始まる直前だったのもあると思います。
私はその場に立ちすくんでしまい、放心状態になりました。
目の前が真っ白になって、何も言葉にできません。
そのまま、時が止まったような気がしました。
それから何分が経ったことでしょう。
校庭からはサッカーをする部員の声であふれています。
その中には薄っすらと、副部長の声を聞こえて来ました。
今の私にはそれが嫌で嫌で仕方がありません。
「あ…。」
口から声が出るのと同時に、視界が次第にぼやけてきました。
頰に涙がつたうのを感じます。
ようやく、頭が理解したのです。
私はそんなに大切には思われていなかったと。
部長や先生と話した時とは比べものにならないほど、胸が締め付けられて、苦しくなりました。
「ッうく…。」
止めようとしても、一度流した涙は止まりません。
そのまま、その場にうずくまって泣き続けました。
悲しくて、なんだか心臓にぽっかりと穴が空いたような気がします。
「…凜先輩。」
今まで呼べなかった、副部長の下の名前。
呼ぼうとしたけど、いつも副部長と呼んでしまいました。
(私はあなたのことが、ずっとずっと好きだったんです。それこそ、あなたがマネージャーを想っている期間よりは短いかもしれないけど…、好きだったんです。)
そう、心で呟きました。
私は、陽が傾き、空が橙色に染まるまでずっと泣いていました。
貴方のことを、想いながら。




