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9 赤い少女の出会い方

「はぁ……」


何度目かもわからないため息をつきながら、ラヴィスが出て行った扉の方を見やる。


「どうしちゃったのかな、私……」


彼女の姿を思い浮かべながら、彼女とのこれまでに想いを馳せた。


ーーーーーーーーーー


なんてことない日だった。


いつも通りに起きて、いつも通りに体を動かして、いつも通りに夕ごはんの買い出しに出かけて。でも、街の市場に向かう途中で、なんとなく……本当にただなんとなく、いつもと違う道を通った。

どうしてわざわざ凄く遠回りになるその道を選んだのか、今でもわからない。治安のいい帝都とはいえ普段なら絶対入らない裏路地を通って、よく知りもしない道を出鱈目に進んで。

そこで私は、あの子を見つけた。


彼女は怪我はしていなかったけど、見るからに苦しそうで、意識もなかった。私の他に誰もいない、表の喧騒も届かない場所で倒れている私と同じくらいの女の子。

そこから先は無我夢中だった。気付けば私は買い物も忘れて、必死で彼女を家まで運んでいた。私の具合が悪くなった時はお兄ちゃんが治してくれたけど、私にそれはできない。ひとまず私のベッドに寝かせて、お兄ちゃんの帰りを待つことにした。


ベッドの横に椅子を寄せて、改めて彼女の姿を見る。

ほくろ一つない綺麗な白い肌。

苦しそうに時折歪めていてもなお、鼻筋の通った美しい顔立ち。

鍛練で硬くなっている私と違って、柔らかそうで華奢な身体。

窓から射す夕陽に……私の髪と同じ、赤に煌めく銀色の長い髪。

この子に欠点なんてあるのかな、なんて思ったりして。今は閉じられていて見えない瞳は、どんな色をしてるのかな。きっと声も、透き通るような美声なんだろうな。

そんなことを考えながら、私は他の何もかもを忘れて見入っていた。


そのうち、お兄ちゃんが帰ってきた。いつの間にか夜になっていて、忘れられていた空腹が抗議の音を鳴らした。

もう一度それを忘れて、お兄ちゃんに彼女の事を話した。お兄ちゃんは初めは驚いていたけど、すぐに治癒魔法を用意してくれた。

癒水。水を生成する魔法に治癒能力を加え、飲むことで体全体に治癒を行き渡らせる……だっけ。お兄ちゃんは私にそれを渡しながら、寝かせる前に体を拭いてあげたらどうかと提案してきた。

断る理由はなかった。


まず、癒水を飲ませる。少し口に含めると、よほど喉がかわいていたのか、ごくりと大きな音が鳴った。そのままゆっくりと彼女の小さな口に水を垂らしていく。

ほっそりとした喉が上下する様に思わず目を奪われた。

癒水を全て飲ませ、毛布を剥がし、恐ろしく手触りのいい黒いローブのような上掛けを脱がせた。


さっきから、おかしい。

同年代の女の子の裸なんて珍しいものじゃない。そう、これはれっきとした治療行為なのに……まだ上掛けを脱がせただけなのに、これ以上脱がすのがいけない事のように思えた。

幸い、彼女の服は締め付けが緩そうに見える。脱がすのをやめ、腕や足、見えている部分を布で拭いていく。それはなんだか、完成された芸術品を私の手で汚してしまうようで、そこには緊張と……微かに喜びがあって。顔周りに触れた時は、手が震えていた。

水が回って段々と安らいできた顔を見ながら黙々と続きをして、終わった頃には私の方が汗だくになっていた。


それから数日が経った。

彼女は一向に起きなかったけど、具合は悪くなさそうだった。その間、お兄ちゃんは癒水を、私はスープを作って彼女に飲ませた。

身体を拭くことも毎日やった。結局私は彼女を脱がすことができなかったけど。人生最大級の決意をして服に手をかけたものの、脱がし方が全然わからなかった。彼女の服は騎士団長のお兄ちゃんですら見たこともないほど凄く上質なものらしい。無理をして破いてしまったらと思うと……脱がせない理由が増えてしまった。


他にも色々と彼女の世話をした。お兄ちゃんは手伝いを呼ぼうとしていたけど、やめてもらった。

どうしても私以外にはやらせたくない理由があったから。それは、私だけが知っている彼女の秘密。

彼女は汗をかかなかった。垢も出なかった。抜け毛も見当たらない。あと、その……えっと、あれも、しなかった。

子供の私でもわかる、はっきりとした異常。もしかしたらこの子は人間じゃなくて人形なんじゃないかって本気で思った。息はするし、水もスープも飲むし、触れると温かくて柔らかくてすべすべしてるし気持ちいい……こほん。

とにかく、この異常を私は誰にも話さなかった。誰かにこの事を知られたら、彼女がどこか特別なところに連れていかれてしまうような気がしたからだ。

それが彼女にとっていい事なのか悪い事なのかはわからない。

ただ、私は嫌だった。

ただの、私のわがままだ。


その日も本当は必要のない、ただ私がやりたいだけの日課をする。一応カモフラージュの目的もあるけど、そんなものは建前だった。

タオルと水桶を用意して、彼女の元へ赴く。いつも通りに毛布をはぎ取り、彼女の腕に触れる。


そこで、私は初めて彼女の声を聴いた。

驚きの余り変な声が出てしまったし、内容も聞き取れなかった。彼女は喋っただけでなく、目を開けて私の方を見ている。声が私の想像以上に美しかったのは言うまでもなく、私を見つめる今紫の瞳は宝石みたいだった。

その瞳にあてられて一瞬静止しかけたけど、それどころじゃない。起きたら知らない部屋で知らない人が目の前にいるんだ、不安なはず。怖がらせないように優しく手を握って、お兄ちゃんを呼んでくる事を伝えた。


出かける支度をしていたお兄ちゃんを捕まえて、彼女の元へ引っ張っていった。お兄ちゃんが具合はどうかと尋ねたけど、彼女は私の知らない言葉を返した。お兄ちゃんにも心当たりがないみたいだ。流石のお兄ちゃんも困った顔をして、彼女を相応しい場所へ連れていくと告げた。


当然の判断だと思う。でも、この時の私は理屈じゃなかった。

私は養ってくれているお兄ちゃんの負担にならないよう、いつも気を付けている。家のことは大体こなせるようになったし、わがままも言わなかった。

そんな私が突然大声で食ってかかったのだから、お兄ちゃんの驚きようは彼女を拾ってきた時の比じゃなかった。

それだけ、彼女を手放したくなかった。たった数日、しかも寝ているのを見ていただけ。どんな子なのかも知らないし、そもそも人間なのかもわからない。

ただ、私は彼女に何か特別なものを感じた。

お兄ちゃんは必死に抵抗する私の説得を諦めたのか、しばらく様子を見ると言ってくれた。嬉しさのあまりつい抱き着いてしまった彼女の身体は、温かくて柔らかかった。


それからの日々は、これまでの人生で一番充実していたと思う。

朝早く起きて朝食を用意し、彼女の元へ。寝顔を見ていたいのをぐっと堪えて、揺り起こす。

一緒に朝食を食べて、一緒に家事をして。

最初は言葉も通じなかったけど、彼女は頭がよくて。家にあるものを指さしながら言葉を教えれば、彼女は絶対に忘れなかった。

それを知ったお兄ちゃんが絵本を買ってきてくれて、何もすることがない時はずっと一緒に絵本を読んで聞かせた。

初めは動くのも辛そうでベッドにいることが多かったけど、何日かしたら、私の外出にも着いてくるようになった。


それからは、朝から晩までずっと一緒だった。

家の中ではどこか超然とした様子だったけど、家の外ではちょこちょこと私の後をついてきた。

そんな彼女が美しいだけじゃなく、可愛らしく思えて。

妹が出来たような、そんな気がした。


欲が出たのは、だからなのかな。

ある時、彼女を指さして、ラヴィス、と言ってみた。次に自分を指さし、リーネ、と言った。

それで彼女は理解したらしく、ラヴィスと呼べば反応するようになった。

嬉しかった。

彼女には本当の名前があって、本当の家族がいるだろうけど。


今は、今だけは……私の家族。

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