8 少女と兄はかく語る
「……つまり彼らはこの世界の人間ではなく、魔法ではない特別な力を持っている……ということで、いいのかな?」
ヴィジルを見送った私達はひとまず情報共有を始めた。私が語ったのは、彼らがこの世界にはない力を持った存在であること、彼らの能力、そしてリーネの現状。
「はい。……いきなりこんな事を言われても信じられないと思います。ただ、常識で測れない力があるという事だけは理解してください」
「……それを知っているラヴィス、君もそうなのかい?」
当然の疑問だろう。私は言葉を話せるようになっても自分が何者なのかを話さなかった。そんな私にリーネもリカルドも、詮索しようとはしなかった。……優しい人達だ。
「はい。ただ、私は……彼らのような力は無くしてしまったみたいです」
そういえば、ヴィジルとジェイはこの国の言語を使っていた。多少私と彼らでこちらの世界に来た時間がずれていたとしても、私のような記憶能力なしにあれほど流暢に話せるようになるかというと厳しいだろう。世界間を繋ぐ召喚には現地の言語、常識等を被召喚者に刷り込む配慮をしたタイプがある。私にそれが適用されなかったのは疑問だが、その類の補助があった可能性が高い。……もしも順当に習熟するほどの長い年月があったとしたら、この世界はとっくにどうにかなっている。
「そう、か……」
リカルドは何かを考えるように目を瞑った。
「あの、」
「わかったよ」
「えっ?」
「別に君がどこの誰だっていいんだ。僕はあまり構ってあげられてないけど、君がいい子なのはわかるよ。何より、君が来てからリーネはいつも楽しそうだ」
「……」
「それに、今君は僕の……リーネの味方なんだろう?これ以上心強い援軍はないよ」
「リカルドさん……ありがとうございます」
どこの馬の骨とも知れない私を、そんな風に思ってくれていたのか。……いつか、報いないといけないな。
「気にしなくていいよ。さて、君の話の通りなら、リーネのいるところへは僕達は行けず、今リーネは一人で追われている……って事になるんだよね」
「はい。幸い罠の類は向こうにはあまりないようですが、リーネは、その……かなり、怯えていたようでした」
「……とにかく。今は早急にこちらを片付ける、でいいのかな」
「すみません、私が彼女を一人に……」
「いや、いいんだ。あの子は相当鍛えてるけど実戦は初めてだからね、連れ回すのは難しいと思うよ。……よし、出来た。足を出して」
治癒促進の魔法陣が書き込まれたガーゼを私の足に巻き付ける。じんわりと温かい……少ししたら動けそうだ。
「じゃあ、次は僕の番だね。と言ってもあまり話すことはないんだけど……」
リカルドの語ったところによると。朝早くから執務室に詰めていたリカルドだったが、いつの間にか周囲が妙に静かになっている事に気付いた。そこで一度部屋から出ようとしたが扉が開かなかったため、破壊する事にした。しかしなかなか破れず二度三度と攻撃をしていたところ、突如扉が開けられ、そこにいた男と目があった。次の瞬間扉は閉じており、やはり開かない。非常事態と捉え、何度か攻撃を繰り返し、最も手ごたえを感じた床をぶち抜く為に大規模な魔法陣を描き、暴発しないよう慎重に魔力を流し込んでいたのだそうだ。そこに私の声が聞こえ、慎重さをかなぐり捨てて無理矢理魔法を発動、今に至る。
「魔法陣って暴発するんですか?」
「強力な物ならそういうことはありえるよ。ただ今回の場合は逆だね、きちんと制御しないとこの屋敷が無くなっちゃうから色々と調整してたんだ」
「す、凄いですね……」
あの札一枚だけでも相当な補強がなされている、その重ね掛けを破るとは……出鱈目な火力だ。
「その話はまた今度聞かせてあげるよ。まずは、さっきの……ヴィジルって言ったっけ。あっちをどうにかしよう」
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あの場に留まった少女と別れ、一人エントランスへと向かった。
……ラヴィス。色々と面倒を抱えていそうな子だとは思っていたけれど。
あれから話を続け、ラヴィスからは敵の能力の詳細を聞いた。乱暴にまとめるなら、あの札は補助系魔法陣の到達点だろう。魔法陣は用途によって様々な理論に基づいて紋様を形どり、魔力を通してようやく効果を発揮する。複雑な動作を要求すればその作成難度は跳ね上がる。それを、ただ指示を書いて貼り付けるだけで。これを知れば魔法陣の研究開発に携わる者全てが卒倒する事は間違いない。
確かに常識では測れない力だ。もう一人の方は理解することすらできなかった。現実とは別の空間の構築、そんな魔法は聞いた事がないどころか、想像もつかない。
最近報告に上がって来る不可思議な事故、事件の数は異常だった。リーネがラヴィスを拾ってくる少し前からだ。時期も一致するね。
エントランスに辿り着いた。至る所に札が見え隠れしている奥、正面扉の前に、悠然とヴィジルが立っている。その手には部屋に無数に置かれているものと同じ、ラヴィスがクロスボウと呼んでいた物が握られていた。
「……よぉ、待ってたぜ。すぐに追わなかったのは失敗だったな。こっちは準備万端って奴だ」
「そうかな。まあ、君の方はあまり脅威にも思えなかったからね。好きなだけ準備してくれて構わないよ」
「煽るじゃねぇか……ま、精々頑張れ、よっ!」
クロスボウがこちらに向けられ、矢が射出される。
「悪いけど……」
放たれた矢は空中で燃え尽き、灰となった。
「急いでるんだ。リーネを待たせているからね」
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エントランスの方向から時おり爆発音が聞こえてくる。始まったようだ。
直接戦闘に移った時点で、戦えず、更に足を負傷した私は足手まといでしかない。横について札の字を読み上げるのもまずい。あの字を読める者はそれこそヴィジルと私しかいない、少し考えれば気づかれてしまうだろう。万が一逃げられてしまった場合の事を考えると無茶は出来ない。
リカルドにヴィジルを任せた私がやるべきことはジェイへの対応と、リーネの確保だ。私は早速リカルドに教わった魔法陣をいくつか用意し、魔力を注ぎ始めた。