3 少女が現る新世界
段落分けなど色々試してます。納得がいったら統一します。
夢を見た。
他人の夢は数えきれないほど見てきたが、自分で夢を見たのは初めてだ。そこは監獄ではなく、広々とした青い空にどこまでも草原が広がる、私がイメージしていた外の世界そのままの光景だった。
そしてそこには私と、妖精達と……彼女が、いた。妖精達の言動や行動に彼女が笑い、私もそれに応える。
ただ話しているだけで、特別なことなどない光景。しかしどうやら、私はこれが欲しいようだ。恋だの愛だのかはわからないが、今はただ、会いたかった。
「なな、ひゃく……にじゅ……」
「うぇっ!?」
……目が覚めた。
ここまで深く眠ったのは初めてだ。寝言など言うまでもない。
とにかく、現状を整理しよう。身体に異常はない。私は質素なベッドに横になっているが、見たこともない部屋だ。少なくとも監獄にこの水準の寝具はない。
部屋には私の他に、私と同じくらいの背格好の少女がおり、こちらの様子を伺っている。白い肌と燃えるような赤い髪、そして同色の瞳のコントラストが印象的だ。
私がじっと見ていると、彼女は突然私の手を握ってきた。
私の手を握った……?
「XXX、XXXXXX!」
少女は何事かを私に告げ部屋から走り去っていったが、こちらはそれどころではない。
私達獄吏は自ら許容しない限りあらゆる肉体的、精神的な干渉を受け付けない。不意をついても同じだ。そうでなければ多種多様な能力を持つ囚人達の相手は務まらない。だからこそ、私はあの魔法陣に入っても問題ないと判断した。
しかし、今にして思えば迂闊だった。そもそも監獄内に干渉出来ている時点で常軌を逸しているのだから、獄吏に通じないというのは都合のいい解釈だろう。少し考えればわかることだ。……私は焦っていたのか。
過ぎたことはどうしようもない、切り替えよう。問題は今だ。初対面の相手に許可など出すはずもなく、かといって先程の少女が特別な力を持っているとするのは些か楽観的に過ぎる。最悪、特性自体が無くなっていると見るべきだ。失ったものは恐らくそれだけではないだろう。何が残り何が無くなったのか、早急に把握しなければならない。
そう思い至ったところで、先ほど少女が出ていった扉から少女と男性が入ってきた。男性の方も少女と同じく赤毛赤目だ。これがこの世界のフォーマルなのか、もしくは家族だろうか。
「XXXX。XXX?」
「……【適応】、【読心】、【翻訳】」
「……XX?」
男が何か聞いてきたが、やはりわからない。試しに意志疎通に使える術を使ってみたが、全て不発に終わった。相手方も困惑している。これは骨が折れそうだ……
「XXX、XXXXX」
「X!XXXXXXXXX!」
「……XXX?」
「XX!」
言っていることはさっぱりわからないが……強情な娘に困らされる父親、という構図だろうか。危険を感じたらどうにかして逃げるつもりだったが、この分では必要無さそうだ。
その後しばらくの攻防の末、娘?が勝利したようだ。ベッドの縁に腰かけていた私に嬉しそうに抱きついてきた。……親子共々、私に対してもう少し疑う気持ちを持って欲しい。そんな必要もないほど平和な世界なのかも知れないが。
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私がこの世界に来てから20日程経った。やはりここは監獄ではなく、どこか別の世界のようだ。あの魔法陣で召喚されたと見ていいだろう。私はたまたま出歩いていた少女に拾われ、何日も寝たきりの状態だったらしい。
この間に色々と検証した結果、私の身体はこの世界の一般人水準どころか虚弱気味であることが判明した。それだけならまだよかったが、獄吏の術も一切発動しないのだから、勘弁してほしい。
幸いにして、記憶は抜け落ちていなかった。私達獄吏は記憶能力に長けている。一度見聞きしたことはまず忘れず、必要となればすぐに思い出せる。熱心な教師のおかげで言葉もそれなりに覚えた。まだ言葉数は少なくなってしまうが、時間の問題だろう。
「あ、起きてる。おはよ、ラヴィス!」
「リーネさん、むぐっ……おふぁようございまふ」
「さんはいらないって言ったでしょー!」
ラヴィスというのは、私だ。いつの間にかそう呼ばれていた。妖精達には役割に沿った名前をつけていたが、私が名を得たのは初めてだった。基本的に監獄は一区画に一人の区画長と十数人の妖精で構成されている。他区画との交流もないため、区画長に個体名は必要なかった。
名付け親かつ言語教師かつ命の恩人である少女リーネと、私を置いてくれている兄リカルドには頭が上がらない。……リカルドは父親ではなく兄だった……そんな気持ちもあり、出来るだけ丁寧に話すよう心がけているつもりなのだが、お気に召さないようだ。顔を抱えられ、朝の挨拶を封殺されてしまった。
「お兄ちゃんにはいいけど私にはダメ!」
「ですが……」
「ダーメーなーのー!」
「わ、わかっは……ぷはっ」
「わかればよろしい!朝ご飯出来たよ、食べよー!」
私に関してもう一つ、重大な変化があった。飲食睡眠が必須になってしまったのだ。お腹が空いた、喉が渇いた、眠いといった感覚がよくわからず、初めの頃は酷いものだった。ここに置いてもらえたからよかったものの、体の事に気付かず一人で外に出ていたなら私は数日と持たなかっただろう。
朝食の席につく。リカルドはおらず、私とリーネの二人きりだ。リーネを真似て食前の黙礼を済ませ、食べ始める。
「ね、ね、どう?おいしい?」
「ん……はい、とても。……あ、えっと……うん、おいしいよ」
先程の繰り返しになるところだった、気を付けなければ。世話になっている身で監獄と同じような口調など出来るはずもないのだが、かと言って少女らしい口調というのは本当に慣れない。丁寧に話す方が圧倒的に楽だ。
ところで、この料理を作ったのは目の前にいるリーネなのだが、これが相当に美味しい。現実ではしていなかったが、友好的な囚人とは夢の中でよくご相伴に預かっていたため、むしろ舌は肥えている方だ。何せ夢なのだから、故意でなければ不味い物が出てくるはずがない。
そんな私が美味しいと思うほどの料理の腕を若干11歳の少女が持っているとはにわかには信じられなかったが、実際に美味しいのだからぐうの音も出ない。
この世界の人類は寿命が50~100程のフォーマルなタイプのようで、リーネは11歳、リカルドは28歳だそうだ。どうも複雑な家庭の事情があるようだが、無理に聞くこともないだろう。
食事を済ませ洗い物をしていると、床や壁、天井を薄い水の膜が覆っていくのがわかった。家に備え付けられた掃除用の魔法陣をリーネが起動させたのだろう。二人で住むにしてはこの家は大きすぎると思っていたが、様々な生活用魔法陣の助けもあって維持はさほど手間がかからないらしい。
やはりこの世界には魔法があった。それも、陣を描くタイプだ。予め用意した魔法陣に体内魔力を通す事で起動するそうだ。あの時の魔法陣の全体像は見られなかったが、見えた部分はしっかりと記憶している。ひとまずこれを調べることが現在の目標だ。幸い私にも人並みの体内魔力は生成されているようで、陣の起動も問題なく出来た。
掃除を終えたリーネと私は弁当を手に外へ繰り出した。行先は少し歩いたところにある練兵場だ。リカルドはこの国、アーヴァイン帝国第七騎士団の団長を務めているのだが、最近は随分と立て込んでいるようで、今日も泊まり込みで仕事をしているという。そんな彼に弁当を届けるのが目的の一つだ。
……もう一つの目的は、貧弱な私の体作り。
「はぁっ……はぁっ……」
「ラヴィス、頑張れー、もうちょっとだよー!」
「はぁっ……もう……ダメだ……走れな……」
「ダメかー。でも昨日より結構延びたよ、明日も頑張ろ!」
「ぉー……」
我ながら情けないが、現実で走ったことなど一度もないのだ、許して欲しい。リーネに肩を貸されながら、私は最後の坂道を登るのだった。
導入、終わりません。タスケテ……