18 少女の信ずる何者か
私の今後、リカルドの心象、ヴィジルの聴取と一日で随分と進展したが、まだ終わりではない。残る問題は、リーネについて。リカルドには休むよう言われたが、場合によってはリーネが危ない。可及的速やかに解決する必要がある、のだが。
「リーネ、ちょっと話が……」
「あ、あー、もうお夕飯の支度しないと。後でね、ラヴィス」
いつもより明らかに早い。そしてしばらくするとやけに手の込んだ料理が完成、リーネは台所から一歩も出てこなかった。これは……
「ちょっと汗かいちゃったなー。ラヴィス、今日は早く食べて寝ちゃおう?私先にシャワー浴びてくるから、先に食べてていいよ」
「……わかった」
先延ばしにしようとしているのが透けて見える。……それなら私にも考えがある。
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「ふんふふーんふん♪」
この世界のシャワールームは、いくつかの魔方陣が描かれているだけで他に何もない小さめの個室だ。シャワー状に洗浄効果のある水が出るもの、その温度や勢いを調整するもの、更には個室をミストサウナにしてしまうものまである。
リーネはこのミストをほんのり発生させつつシャワーを浴びるのがお気に入りらしい。使い方を教わった際に聞いたし、今もそうしているようだ。
鍵はかかっていない。若干の良心の呵責にデジャヴを感じながら、堂々と入室した。
「入るよ、リーネ」
「ふーんふふんふ、ふゃあっ!?」
後ろ手に扉を閉めた。無理にでも聞き出すのだから、このくらい追い込んだ方がいいだろう。
「話があるの。逃げないで聞いて」
「ま、ま、待って!ほんとに待って!」
「待たないよ。リーネが危ないかもしれないんだから」
「わかったから!とにかく前!隠してください、お願いします!」
この部屋には体を乾かす為の魔法陣もある。バスタオルにあたる物は存在しない。
「最初は一緒に入ってたじゃない。逃がさないからね」
「あの時とは違うの!うー……ラヴィス、たまに変だよね……」
「変?どこが?」
「だ、だって、普通はもっと恥ずかしがったりとかさ」
「今はそんなことはいいの。大体私だって誰でもいい訳じゃないよ。リーネだからに決まってるでしょ」
「うぁ……もう、ズルい……」
何がズルいのかはわからないが、観念してくれたようだ。
「本当に大事な話なの。ちゃんと聞いて」
「わ、私が悪いの……?」
「リーネが逃げるからだよ。私の事、誰に聞いたの?」
「……えっと。言わなきゃダメ、かな……?」
「もしかしたら危険な能力かもしれないの。お願い、話して」
「…………やっぱり、ダメ。約束したから」
「リーネ」
「っ……ラヴィスが心配してくれてるの、わかるよ。凄く嬉しい。でも……ごめんね」
そこには明確な拒絶の意志があった。
私の事を知る者などほぼ間違いなく囚人だ。妖精が後から飛ばされている可能性もなくはないが、それなら私に存在を隠す必要がない。むしろ突撃してくるだろう。物理的に。
「……その人とは何を話したの?」
「ラヴィスの事、聞いた。監獄とか、獄吏とか。あんまり実感はないけど……」
「いつ、どこで……」
「も、もうダメ!何も言わない!」
ヴィジルは話せないようにされていたが、リーネに話せた者は同じ制約をかけられなかった?もしくは制約に背いたか、抜け穴を見つけたか。
「リーネは騙されてるかもしれないの。ね、だから……」
「あの人は、違うよ。そんなんじゃない。昨日だって助けられたし、それに……私と同じだと思うから」
「同じって、何が?」
「…………」
答える気はもうないらしい。それにしても、助けられたとはどういうことだ……?
「……ところで、私からも聞きたいことがあるんだけど。ラヴィス、無理して話してるの?」
「え?」
「話し方。牢屋の時みたいなのが素なんでしょ?昔もそうだったみたいだし」
「あー、それは、その……」
「無理しないでいいよ。というより、しないで。私も、その……ありのままのラヴィスが、いい」
「……自分で言うのもなんだが。可愛いげがなくなるぞ」
「いいの。どんなになってもラヴィスはラヴィスだから」
客観的に見れば小生意気なだけだと思うが、そう言ってくれる事に悪い気はしなかった。むしろ、少し嬉しいような。
「わかった。リーネしかいない時はこれでいこう」
「ん、そうして。……と、ところでラヴィス?脱いでるってことはシャワー浴びに来たんだよね」
話に一区切りついた途端、急にリーネがそわそわしだした。
「そのつもりだったが、まずかったか?」
「ううん、全然!全然そんなことないよ!!」
「……リーネ?大丈夫か?」
随分と顔が赤い。熱でもあるのかとリーネの額に手をやった。
「ら、ららら、ラヴィスっ!?」
「どうした?体調不良なら……」
「わ、私悪くないよね。こんなのラヴィスが悪い。うん、ワタシワルクナイ」
本格的におかしくなってきた。まさか何かの精神干渉を……!?
「ねぇ、ラヴィス。身体洗ってあげる」
「え」
がっしりと腕を掴まれた。リーネの目が据わっている。
「全部魔法でできるだろう……?」
「たまにはいいでしょ。ほら、バンザーイ」
「いっ、どこを触ってっ、ひ、必要ない!一人でできる!」
「……………………」
聞く耳持たないとはこの事か。
その後一言も喋らないリーネに、たっぷりと時間をかけて全身くまなく洗われてしまった。
料理は冷えきってしまったが、作った本人の過失だ。私は悪くない。
逃げようとも思わなかったが、そんなことは些細な話だろう。
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温め直した夕飯を食べ終わった頃、リカルドが帰ってきた。
「お兄ちゃんおかえり。私達はもう寝るけど、お夕飯できてるからね」
「ただいまリーネ。後でいただくよ」
なんだかツヤツヤしているリーネと共にそのままベッドへ。リカルドの視線が痛かった。
「ラヴィス。……ごめんね」
ベッドに潜り込むが否や、横からしがみついてきたリーネは突然そんなことを言った。
「心配してくれてるのに、何も言わなくて。でも、信じて欲しいの」
「……完全に信じることはできない。心を違和感なく弄れる者もいる。だが……そこまで言うなら、信じよう」
不安がないと言えば嘘になる。
ただ、リーネが信じる者を疑うのはなんとなく嫌だった。……これではリカルドと同じだな。
「ありがと、ラヴィス。私、もっと強く……なる、から……すぅ……」
言葉の途中から可愛らしい寝息に切り替わった。
横向きのままでは辛いだろう。起こさないように仰向けにして、彼女の頭を腕に乗せた。
「おやすみ、リーネ」
冷静に考えてみれば腕枕をする必要など何一つないのだが、この時の私はそんなことを考えてすらいなかった。
これも些細な話だ。