17 少女と兄と囚人と
牢は地下にあるようで、リカルドを先頭に私達は階段を下っていった。
「……リーネ、本当についてくるのかい」
「お兄ちゃん、いい加減しつこい」
この問答も四度目だ。気持ちはわかるが。
そんな事をしている間に、重厚な扉の前に辿り着いた。横に立つ騎士が扉を開いてくれる。
「ありがとう。終わるまで下がっていてくれ」
「了解しました」
薄暗い部屋へ入っていく。リーネの握る力が少し強くなった。
「やあ、また聞きたい事があるんだ。いいよね」
「……なんだ、まだやんのか。俺は何も言わねぇぞ。それよりこのベッドどうにかなんねぇか、寝辛くて仕方ねぇ」
「そんなに悪いものでもないんだけどな……で、用があるのは僕じゃないんだ」
「あ?まさかそこのガキ共とか言わねぇよな?」
「ガキじゃない、リーネだ。……まあ、そういう事だよ」
「はぁ……ここじゃそういうもんなのか」
勝手に納得してくれたようだが、訂正することもないだろう。
「じゃ、ラヴィス。どうぞ」
「あ、私から言うから。えっと……」
直接話すのはリーネに任せることにした。リカルドの前で私の正体に言及されてもまずい為だ。ここに来るまでに私が用意したメモを読み上げてもらう形を取った。
「ひとつめ。この世界に来て何日経ちましたか」
「……なんでこんなガキまで知ってんだ?黙秘だ」
「えっと、ラヴィス……」
「大丈夫、続けて」
「ふたつめ。あなたはどこから来ましたか」
「こことは違うところだな。それ以上は言えねぇ」
「みっつめ。ここに来た理由はわかりますか」
「さあな。寝て起きたらいきなり外だ。俺が聞きてぇくらいだ」
「よっつめ。ジェイとはどこで知り合いましたか」
「言えねぇな。そういや奴はどうなったんだ」
「死んだよ。君もそうならないといいね?」
「おー、怖ぇ。脅したところで意味ないがな」
ヴィジルの性格からして、自分の立場を悪くしてまで黙秘するというのはあまり考えられない。更に彼は言えないと言った。単に言い回しの問題かもしれないが……
誰かに指示されている、というのはないな。素直に聞くような性格じゃない。何かに強制されている可能性が高い。誰かの能力か、或いは。……賭けるか。
「えっと、いつつめ……」
「リーネ、ありがとう。もういいよ」
フードを取り去り、顔を晒す。ヴィジルの顔が驚愕に染まった。
「お久しぶりです、ヴィジルさん」
「お、前……!なんでこんなとこにいやがる!?」
「それが私もわからないんです。なのであなたに……」
「その喋り方をやめろ、気色悪ィ!」
「……酷いな、そこまで言わなくてもいいじゃないか。これでも慣れてきたつもりだったんだが」
「ちっ……だが、知らねぇっつったな?俺達とは違うって事かよ」
「つまり君は知っているんだな?さっきのは嘘だったと?」
「……いや、それは本当だ。起きたらこっちにいた、それは間違いねぇ」
「こっちに来てから知ったという事か。……君が話せないのもそのせいか?」
「……」
ヴィジルは頷くことはしなかったが、否定もしなかった。
召喚魔法は言語能力のような被召喚者への補助を付け足す事もできるが、逆に制約をかける事もできる。強大な存在を呼ぶ際反抗されない為の保険のような使い方がポピュラーだが、この場合は特定の事を伝えられないようにされているのだろう。召喚関連、前世、監獄、他にもありそうだが、聞き出すのは難しいか。
「確かに私とはケースが違うようだな。同じ仕掛けだと思っていたが……まあいい、次だ」
「……なんだ?」
「昨日の襲撃の目的は?」
「こっちの話かよ……だが、それも言えねぇ」
「言わないではなく?」
「そうだ、言えねぇ。気に食わんがな」
「そう、か。……最後に一つ、聞こう」
「喋れる奴で頼むぜ」
「それは保証しかねるな。……君は、どうしたい?仮に戻れるとしたら、戻りたいか?」
「…………まあ、今よかマシだろうな。こっちのベッドは最悪だ、おちおち寝られやしねぇ。呪いみたいなもんじゃねぇか、どうしてくれんだ?」
「私はそれほど気にならないからな、君が神経質なだけだろう。……この世界で君の力は異物だ。君の刑がどうなるのかは知らないが……恐らく出られないだろう」
「はぁ……そうだろうな。で?死……ったく、めんどくせぇ」
言えなくて詰まってしまったようだが……死んだらどうなるか、だろうな。
「安心しろ、問題なく伝わっている。正直なところそれもわからんが、努力はするつもりだ」
「そうかよ。この通り俺はもう何もできねぇからな、精々期待してるぜ」
私自身がどうするかは別問題だが、私や彼らが死後どうなるかは知っておきたい。そして、目指す目標ははっきりした。
「私からは以上だ。……リカルドさん、何かありますか?」
「……いや、何も。終わりにしようか」
「わかりました。それじゃあ、ヴィジルさん。さようなら」
「本気で気色悪ィからやめろ。似合ってねぇぞ」
「あなたねぇ!」
「リーネ、いいよ。……その自覚はあるが、立場というものがあってな。ではな」
ヴィジルはもう何も言わず、重厚な扉は音を立てて閉じた。
そのまま一言の会話もなく、私達は執務室へと戻った。
「それで、ラヴィス。望んでいた答えは得られたのかな」
「そうですね、十分とは言い難いですが。得たものはありました」
「そうかい。彼は君をよく知っていたようだけど、君は全員の共通の知り合いなのかい?」
「……そういう事になりますね」
「彼らはお互いを知らないのに、君だけは知っている。それにあの態度。君は彼らの統括者か、それに準ずる何か。どうかな」
「……仮にそうだとしたら、私をどうしますか?」
リーネが立ち上がろうとするのを制して、問いかける。
「どうもしないよ。こんな不確定な情報を上に出す事もないしね」
「いいんですか?」
「いいとも。何より、リーネの恨みを買いたくない」
「……ありがとうございます」
ヴィジルが監獄について話さないかどうかも賭けだったが、リカルドがどう動くかも賭けだった。ひとまず、賭けには勝ったと見ていいのだろうか。
「君の身分はとりあえず僕が保証するよ。新参の僕じゃそこまで無理は効かないけど、どうにかしてみよう」
「すみません、よろしくお願いします。私にできる事があればなんでも言ってください」
「近いうちに城まで行くことになるだろうから、最低限のマナーを覚えてくれればいいよ。教本でいいよね?」
「それで大丈夫です」
「よし、じゃあ用は終わりだ。昨日の今日で悪かったね。二人共もう帰って休むといい」
「そうさせてもらいます」
「はい、ラヴィス!」
いつの間にか目の前に手が。……敵わないな。
「……誰かに送らせようか?」
「いらなーい。じゃあね、お兄ちゃん」
心なしか目つきが鋭くなったリカルドの提案をすげなく断るリーネ。そのまま手を引かれて執務室を後にした。
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