16 少女の膝と真面目な話
勢いよく出て行ったリーネを追う私だったが、全く追い付けないまま詰所に辿り着いた。
それどころか、もう走れない。限界を迎えた。息が苦しい。強くならなくていいとは言われたが、流石に一般レベルの体力は欲しい。……やはり鍛えよう。
「おーい、ラーヴィースー!」
詰所の前にいたリーネがこちらへ走って来た。ちなみに私には返事をする気力も残っていない。
「もしかしなくても追いかけて来てた?ご、ごめんね?」
「……ううん、いいの。でも、やっぱり、はふ……ちょっと、鍛える、ね」
「う、うん、わかったから。中に入ろう?」
リーネに肩を貸され、よろよろと中へ。
「お、リーネちゃん。団長ならまだ来てないよ。……ん、見ない子だね」
「もうすぐ来るから待ってるー。この子はラヴィスって言うの!可愛いでしょ!」
「ラヴィス、です。少し前から、お二人の、お世話に、けほっ」
「……その子、大丈夫?」
「あっ、ごめんねラヴィス。ほら、座って」
「うん……」
紹介されたというのにろくに返事もできないとは。促されるままに長椅子に腰掛けると、リーネは隣に座った。
「ね、ラヴィス。膝貸したげる」
「ありがと……」
大人しく頭を預け、なんとなくあたりを観察した。昨日の騒動が嘘だったかのようにエントランスは整然としている。度々通りかかる騎士が私の方を見ている気がするが、遊びに来た訳ではないので許して欲しいところだ。……リーネ、頭を撫でるのは今はやめて欲しい。言わないが。
「だ、団長?酷い顔ですが……どうしたんです?」
「やあ……リーネは来ているかい」
しばらくすると、リカルドの声が聞こえてきた。
「リーネちゃんなら、そこに」
「……リーネ。何をしているんだ?」
「見てわからない?膝枕」
心なしか両者の目が厳しい。私も体を起こしたいが、しっかり抱えられてしまって動けない。
「おい、団長が珍しくリーネちゃんに負けてないぞ」
「あの子に取られたとか思ってるんじゃないか?」
「流石の団長も妹の友達に嫉妬はないだろ……」
「……ありそうだな」
「というかあの子凄いな。リーネちゃんも可愛いけど、本当に人形みたいじゃないか」
「そうだな……しかしどこの子だ?」
「さあ……?」
「君達、うるさいよ。僕は二人と大事な話があるから、しばらくは部屋に誰も近づけないように」
「え、その二人とですか?」
「それに近づけるなって、団長まさか……」
「真面目な話だ。頼んだよ」
「了解です」
騎士二人が立ち去ったところで、毒気を抜かれたかのようにリカルドは続けた。
「これは機密だからね。執務室まで行こう」
「……ラヴィス、歩ける?」
「もう平気。ありがと、リーネ」
先に立ったリーネに差し出された手を取り、そのまま執務室へ。……リカルドの視線が痛い。
「さて……ラヴィス。これから君にいくつか質問をする。君はただそれに答えてくれればいい」
私達が席につくなり、リカルドはそう切り出した。軽く首肯する。
「まず。君は、何者なんだ?」
「答えられません」
「それは、なぜ?」
「この世界の為にならないからです。それ以上は言えません」
「……そうか。じゃあ、次だ。なぜ君は他人の能力を知ってるんだ?それとも、全員が共通して知っているのかな?」
「いいえ。全てを知っているのは私だけですし、彼らはお互いを知らないはずです。この世界に来てから知り合う以外、お互いの能力を知る方法はありません。私が知る理由は答えられません」
「君は確か、力を失ったと言ったね。元々はどんな力があったのかな」
「……それも、答えられません」
術を惜しげもなく使えば大抵の事はできた。やろうとは思わなかったが。仕事を急いだところで他にすることもない。
「君自身については一切話す気がないということかな」
「そうですね。その通りです」
「それで雇って貰えると思っていたのかい……?」
「ここが駄目なら、他を当たるまでですから」
「そこまでして、君は何がしたいんだ?」
「帰る方法がわからない今、この世界を壊されては困りますからね」
「……随分と、スケールの大きな話だね」
「残念ながら誇張ではありません。それくらいの事ができる者は何人もいます。彼らを知る私が、止めなければならないんです」
「はぁ……正直なところ、信じたくはないけど。本当なんだね」
「はい。今すぐに行動を起こせる者はいませんが、準備次第では可能なはずです」
「そう、か。……ひとまず、僕からはこれで。何か聞きたいことはあるかな」
聞きたい事は既に決まっている。
「……昨日の二人はどうなりましたか?」
「ジェイの方は廊下で死体が見つかったよ。今頃は安置所じゃないかな。ヴィジルはまだここの牢にいるよ」
「無理を言っているのはわかっています。彼と話をさせてくれませんか?聞きたい事があるんです」
「いいよ。元々その為に無理を言ってここに拘留したからね。僕も同席させて貰うけど、口は挟まないよ」
「……わかりました、ありがとうございます」
「他に何か聞きたい事は?」
「その……どうして私を信用してくれるんですか?自分で言うのもなんですが、怪しいですよね」
「昨日の事があったから、というのもあるけど……僕自身は信用してないよ」
「え……?」
「ただ、自慢じゃないけどリーネは聡い子だからね。リーネがここまで信じている子を疑うなんて僕にはできないということさ。何もおかしくないだろう?」
いや、おかしいと思う。
なんて言えるはずもなく、曖昧に頷くしかなかった。
「もう、お兄ちゃんったら……ごめんねラヴィス。この人いつもこうなの」
とっくに知っている。言葉がわかる前からそんな気はしていた。
「えっと……私からはそれだけです。ヴィジルにはいつ会えますか?」
「何もないなら今から行けるよ。ちょっと待っててね」
リカルドは机に彫り込まれている魔法陣の一つを起動した。伝聞の効果があるようで、そのまま誰かと話し始めた。
「……リーネ、どうしたの?」
「私もして欲しいなーって。いい?」
私達は大きなソファに少し離れて座っていたが、リーネがにじり寄って来た。なるほど、そういうことか。
「ん、いいよ。はい」
「……はぁ、柔らかい……」
先程私がされたように、リーネの髪を手で梳いていく。
「あ、ダメ、これ。眠くなってくる……」
「あんまり動揺してないね、リーネ」
「はふぅ……まあね……」
リーネは誰かに聞いたと言った。今朝出かけていたのはその誰かと会っていたのだろうか。それは誰なのか?なぜそんなことに?危険ではないか?……どこまで、知っているのか?
今はリカルドがいる。事と次第によってはリカルドには聞かせられない。絶対に教えないとも言われたが、聞かない訳にもいかない。折を見て、聞いてみよう。
「ひぁっ」
「リーネ?どうかした?」
「え!あ、なんでもないの。その、いきなり耳に、触れたから……」
「触っちゃった?ごめんね、当たらないように気を付けるから」
「ううん、その……ラヴィスなら……いいよ」
「……随分と仲がいいね」
不機嫌そうなリカルドの声に思わず手を止めた。
「話は通したよ。行こうか」
「わかりました。リーネ、眠いならここに」
「行く!」
「あ、うん。行こっか」
「はぁ……仕方ないな。リーネは喋ったらダメだよ。危ないからね」
「はーい」
明るく答え、パッと立ち上がって私に手を差し出してくる。この短期間で人の手を取るのに慣れてきた。……全部、リーネの手だが。
隙あらば砂糖を吐きたいんですがなかなか難しいですね。