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15 少女の想いと進む先

 返事もできずに呆けてしまった私を置いて、リーネは家の奥へ行った。そっと手をやると、まだ頬に感触が残っている気がする。……なんなんだ、私は。


 酷い自己嫌悪に苛まれる。723番の事も整理がついていないというのに、この体たらく。リーネがなぜここまでしてくれるのか、流石の私も理解した。一目惚れという概念は知っているし、こういった事は時間ではないのかもしれない。ただ、私のような者のどこがいいのかは理解し難かったが。


「……ラヴィス?どうしたんだい、こんなところで」

「えぁっ……リカルドさん!?あ、お、お帰りなさい」


 突然話しかけられて変な声が出てしまった。


「ただいま。リーネはどうしてる?」

「今は多分、水浴びをしてると思います」

「そうか。……ラヴィス、話があるんだ。一緒に詰所まで……おっと。リーネ、ただいま」


 振り返ると、全体的にほかほかしたリーネが玄関に出て来た。


「お帰り、お兄ちゃん。私も行くからね」

「……ダメだ。君は家にいるんだ。大事な話だからね」

「ラヴィスの事なら私だって関係あるもん」

「リーネ……こんな事があっては流石に彼女を放置できないんだ。僕もできればしたくはなかったけど、報告しない訳にもいかないんだよ」


 私を背に隠すように立ち塞がるリーネ。


「ラヴィスをどうするつもり?」

「それを決める為に行くんだ。今回ばかりは認められないよ。家にいなさい」

「絶対に嫌。置いてったりしたら一生恨む」

「うっ……君からも言ってやってくれないか」

「っ、ラヴィス……」


 捨てられた子犬のような目、という表現を初めて理解した気がする。……なるほど、これは、ダメだ。一歩前へ進み出て、リーネの横に並び立った。


「……すみません、リカルドさん。私は、リーネにも聞いて欲しいです」

「それがどういうことか、わかって言ってるのかな?」

「お、お兄ちゃん!?」


 私の言葉を聞くや否や、リカルドは左手を開いて私に向けた。そこに刻まれているのは、彼が最も得意とする爆炎魔法。


「君は、リーネを巻き込んでもいいと?そんな事もわからないほど馬鹿ではないよね」

「お兄ちゃん、違……」


 手をかざしてリーネの言葉を遮った。これ以上、彼女の好意に甘えて流されるのは駄目だ。……私も覚悟を決めよう。


「リーネは、危険を承知で私と共に来ると言ってくれました。私はそれに応えたいと思っています」

「それを僕が認めるとでも?赤の他人の君にリーネを、家族を任せられる訳がないだろう」

「当然ですよね。だから、見ていてくれませんか?」

「……なんだって?」

「後で話すつもりでしたが、はっきり言います。この世界に来た者は、恐らく私を含めず1000人。その全てが特異な能力を持っています。そして、昨日の二人は全体から見ればそれほど強い方ではありません」

「あれ以上……想像もつかないな」

「そう、常識では考えられないような能力を持つ者達です。昨日のような事件も今後増えていくでしょう」


 それは囚人達が起こす事件だけではないかもしれない。世の理を乱したとされるのは、何も破壊することだけではない。例えば、何かを無尽蔵に増やす能力は悪用されれば世界のバランスを容易に崩せる。

 本人に罪はなくとも、特異な能力はその魂に染みついてしまう。そのまま輪廻を巡れば再び同じ能力に目覚める可能性が非常に高い。そのために、やむを得ず監獄へ送られてくるケースも多い。


 そういった非戦闘系の能力者は自衛の手段を持たない場合が多く、能力が知られればまずい事になるだろう。彼らを巡って闘争が起こる事は火を見るよりも明らかだ。


「でも、私は知っています。彼らの能力を、全て」

「な……1000人、全員を!?」

「私の記憶力がいいのはご存知ですよね」

「記憶力とか、そんな次元の話じゃないだろう!?」

「どうでもいいんですよ、そんなことは。大事なのは、私が彼らの能力を把握していることです」

「……すまない、続けてくれ」

「はい。とは言っても、話はもう最後です。私を、雇ってくれませんか?」

「……雇う。この国で?」

「そうです。常識では測れない力でも、わかっていれば対処の幅は比べ物にならないほど広がるでしょう。それでも厳しい戦いにはなりますが、何も知らないよりは遥かにマシなはずです」


 言い切る私に、しばし逡巡する様子を見せるリカルド。


「……君の提案は正直、魅力的だよ。眉唾だけど、僕個人としては信じるに足るとも思ってる。昨日身をもって経験したしね。ただ、それは国には通じないんだよ。客観的に見れば、君はどこの誰とも知れない年端もいかない少女だ。そんな君を国が雇うことは難しい」

「昨日の事は、実績にはなりませんか?」

「それどころか、君が危ないかもしれない。君の話を信じてくれたとしても、どうして君が彼らの能力を知っているのか、実は彼らの仲間なんじゃないか。そう考える人は必ずいる」

「……もう、いるんですか?」

「察しがいいね。僕は報告書に偽らざる実状を書いたけど、上は冗談に取ったみたいだったよ。そこで言われたんだ、これが本当ならその子供が手引きしたんじゃないのかってね」

「そんな、酷い!」


 大人しくしていたリーネが突然声を荒げた。


「そんなの……そんなのってない!」

「リーネ、いいの。……当然の警戒だよ」

「そう、当然だ。今のラヴィスには信じるに足るものが何もない。……ただ、試用はされるだろうね」

「試用……一旦泳がせてみる、ということですか?」

「そういうこと。原因不明の事件は既に多発していてね、藁にも縋る思いという奴だよ」

「……私はそれでも構いません。どの道やらなければいけない事なので」

「間違いなく、監視がつくよ。しばらくは動きづらくもなるだろう。それでもいいのかな?」

「この国を出て他を探すよりは、早いでしょうし。それに、動きやすくなるかどうかは、私の働き次第です」

「そう単純なものではないんだけど……まあ、わかったよ。……リーネ」

「……何?」


 リーネは不貞腐れている。まだ怒りがあるようだ。……私の為に。


「君が、決めたんだね?」

「そうだよ。頑張って強くなって、それで、一生ラヴィスと一緒にいるの」

「リ、リーネ!」


 とんでもない事を言ってくれた。リカルドは完全にフリーズしてしまったようだ。


「なぁに、ラヴィス。私を連れてくんだから、そういう事でしょ?」

「う、あ、えっと……その、よろしく……ね?」

「うんっ!」


 私にはまだ、そういう感情はよくわからない。ただわかる事は、まんざらでもない、というか。嬉しいような、恥ずかしいような。……やはりわからない。


「ま……待ってくれ。リーネ?ど、どうしてそんな話に?」

「教えなーい。ほら、行くんだよね?ラヴィス、外套取りにいこ!」

「あ、リーネ!……リカルドさん、すみません」

「あ、あぁ……」


 さっきまでの怒りはどこへやら、機嫌よく駆けていったリーネを追って彼女の部屋へ。


「はい、ラヴィス」

「ん、ありが……わっ!」


 差し出された外套を受け取ろうとしたが、顔に被せられてしまった。前が見えないまま、抱きすくめられる。


「……ありがと。断られたらどうしようかと思ってた」

「お礼なんて、私が言いたいくらい。私一人で行ったら、きっと孤立するけど……リーネは、私の本当の味方なんだよね。すごく、心強いよ」

「ラヴィス……ぐすっ」

「え、リーネ!?」

「っ……違うの、なんか、安心しちゃって……!」


 外套を取り去ろうとしたが、止められてしまった。


「リーネ」

「ダメ、取らないで……私、強くなるんだから。泣いてなんかない、から……」


 今度は強引に取り去った。……顔が見えないままでは流石に恰好がつかない。


「泣いたっていい。これは私のわがままだけど……リーネには、そのままのリーネでいて欲しいな。無理に感情を殺さないで。ありのまま成長したリーネが、私は……」


 私は。なんだろう。


「ま、待って!」

「……リーネ?」

「きょ、今日はこれで終わり!もうダメ!なんかもう……どうにかなりそう!」

「え、待っ、リーネ!?」

「先に行ってるからー!」


 リーネはパッと離れて駆け足で出て行ってしまった。泣いていたことなどすっかり忘れてしまったようだ。ついでに外套も忘れている。

 ……感情がころころ変わる彼女は可愛らしく、やはりそのままでいて欲しいというのが私の偽らざる本音だ。

 彼女が置いていった外套と共に、未だ静止しているリカルドの横を抜け、私も外へ踏み出した。

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