14 少女は想いを告げられて
震えるリーネに治癒の効果を与え終わった頃には、大きく状況が変わっていた。
まず、リカルドはヴィジルを拘束した。問題は残った札だが、これは彼の能力の脆弱性を突いて対処することになった。
本人にしか剥がせないが、そこに彼の意思は必要ない。要は使い物にならなくなった右腕を使えばいい訳だ。どの道腕が安泰では拘束し続けるのも危険な為、残った右腕もリカルドは切り落としたようだ。当然リーネの眼に入らないところでだが。
そうしてエントランスの罠を排除している内に、やにわに騒がしくなってきた。空間側の食堂に詰め込まれていた騎士達の一部が、何が起こったかわからないままこちらに流れて来たようだ。
彼らが合流する前に、リカルドは私達を外へ出した。今の私達には休息が必要なのだそうだ。
確かに身体が重い気がする。それに、リーネにもこれ以上無理をさせたくない。話は後日ということで、だいぶ落ち着いて来たリーネの手を引いて、私達は帰路についた。
「……ねぇ、ラヴィス。私、ダメだね。ラヴィスを傷つけた奴だっていうのに、嫌な気持ちになっちゃってる」
道半ば、何も話さず弱弱しく私の指先をつまんでいた彼女はそう切り出した。
「そんなことある訳ない!……だって、あの人達の事は、私がやらないといけないんだから」
「それこそおかしいよ。なんでラヴィスがそんな事しなくちゃいけないの?」
「それ、は……」
失言だった。沈むリーネを見ていられなくて、つい言ってしまった。
詳しい話はまだ、誰にもしていない。リカルドに話したのはあくまで私達が違う世界から来たということだけ。私の立場も、監獄の存在も、何も明かしていない。そして、今後明かすつもりもなかった。
人が死後どうなるかなど、今を生きる人に教えるべきではない。
「え、嘘……だよね?まさか、本当に……?」
「……ごめんね」
当然、リーネも例外ではない。彼女は私の指を握る力を強めて、それきり黙り込んでしまった。
・・・
そのまま何事もなく、……会話もなく、私達は無事帰り着いた。その間リーネは私の指を離さなかったがずっと何かを考え込んでいるようで、私には一瞥もくれなかった。
気まずい雰囲気のまま、シャワーもほどほどにベッドに直行する。
余談だが、私はまともに動けるようになるまでリーネのベッドを借りていた。その間リーネは長椅子等で適当に寝ていたと聞き慌ててベッドを明け渡そうとしたところ、リーネはそれを拒否。その後短い問答を経て至った結論は。
「おやすみ、リーネ」
「ん……おやすみ、ラヴィス……」
相変わらず私の指をつまんでいるが、リーネはもう限界のようだ。……かくいう私も、意識が朦朧としている。
囚人達のこと、今日の事件の今後のこと、私の身の振り方、リーネのこと、そして723番のこと。問題は山積みだが、今はそれらから目を背け、私は意識を手放した。
ーーーーーーーーーー
私が起きたのは昼前だった。帰って来たのが夕方だった事を考えると、相当疲れていたようだ。
まだ瞼が重いが、隣にリーネの姿がない。私よりも消耗の激しい彼女が起きているのに私だけ寝ている訳にもいかない。
これまた借り物のリーネの服に着替えて部屋を出たが、彼女の姿は見つからなかった。リカルドもどうやら昨日から帰っていないようだ。代わりに見つかったのは作り置きの朝食二人分と書置き。すっかり慣れてきた食前の黙礼を捧げ、遅い朝食に手を付けた。
『朝ごはんです。私はちょっと出かけてきます。お昼ごろには帰るので、心配しないでください。 リーネ』
書置きを眺めながら朝食を終え、残された家事をこなし、一息つく。考える時間が出来た。……私は今後、どう生きていくか。
この世界に対し、1000人という人数はあまりにも少ない。今私のいるアーヴァイン帝国は大国だが、世界規模で見ればほんの一部だ。他に大国がいくつもあり、小国の数は正確に把握することも出来ていないそうだ。
そんな広い世界で、たまたま私のいるところに囚人が来るなど奇跡のような確率だ。それも、二人で徒党を組んで。囚人同士は会う機会どころか顔すら見たこともないはずなのに、どこでどう知り合ったのか。これについては、なんとしてでもヴィジルと話す機会が欲しいところだ。
今後の理想は、私が仕事として囚人を追う職に就くことだ。私個人で探し回るなど悠長な事をしていれば何年かかるかわからないし、下手をしたら世界が滅ぶ。
囚人全てが悪性ではないし、元々悪性だったとしてもこの世界で慎ましく生きるのならば邪魔する気はない。
だが、そうでない者は私がどうにかしなければならない。知っている私でも対処に困る能力を、一切知らずに対処するというのは現実的ではない。彼らの元管理者という責任もあるが、私の生きるこの世界を壊させる訳にはいかない。
幸いこの国は大国で、軍事力も強いらしい。うまく取り入る事が出来れば大きな助けとなってくれる、と思う。……政治的な事はさっぱりだというのが問題だが。
そうして頭を悩ませていると、玄関から物音が聞こえてきた。思考を切り上げて、迎えに行く。
「リーネ、お帰り」
「ただいまラヴィスー!もうご飯食べた?」
「え、あ、うん。おいしかったよ」
「えへ、よかった」
昨日の消沈具合から一転して、いつも通りの元気な彼女に面食らってしまった。
「リーネ……もしかして、無理してる?ごめんね、私そういうの鈍くて……」
「え?そんな事ないよ。むしろやる気に満ち溢れてる!」
「やる気?」
「言ったでしょ、強くなるって!それでラヴィスを守るんだーって!」
この子は、まだ私と一緒にいてくれるつもりなのか。でも。
「リーネ。昨日言った事、覚えてる?」
「昨日?どれ?」
「……私がやらないといけないことの話」
「やっぱり、あの人達で終わりじゃないんだね」
「え?」
「ああいう変な魔法を使う人が他にもいるんでしょ?それで、ラヴィスはその人達を捕まえたいんだ」
「え、リーネ、何を……?」
おかしい。あまりにも察しが良すぎる。昨日の短い会話だけでそこまでわかるはずがないのに、彼女は確信を持って話している。思えば、昨日からおかしかった。彼女はあそこまで戦える人ではなかったはずなのに、突然、あれだ。……手荷物を玄関に放り捨てて、リーネが近づいてくる。
「とぼけないでよ」
「っ……!」
思わず後ずさりした私は壁に追い込まれ、逃げられないようにされてしまった。壁を背に、ずるずると姿勢が崩れていった。
「言いたくないなら言わなくてもいいよ。でもね、私は言いたいことがあるの」
互いの息がかかるような距離で、赤い瞳がまっすぐ私を射抜く。
「私ね。ラヴィスが倒れてるのを見た時、一緒なら死んじゃってもいいかなーって思ったの」
「んなっ……!」
「えへ、ごめんね。ちょっと気持ち悪いよね。後になって私もびっくりしちゃった」
「……なんで、そんな。自分の事すら話さない私なんかに、どうして」
「会ってまだそんなに経ってもいないのにね。……でも、気付いてみれば簡単なことだった」
「それは……?」
「わからない?」
黙って首肯した。そういえば、昨日も同じような質問をした。彼女自身わからないと言っていたが、答えを得たのか。
「うーん……やっぱり秘密!」
悪戯っぽく笑ったのは一瞬で、すぐに真剣な顔つきに戻った。
「私のしたい事は変わってないよ。私が戦って、ラヴィスには戦わせてあげない」
「そんなの、私が認めない!リーネはわかってない、どれだけ危険か……!」
「わかってるよ」
「昨日の二人とは比べ物にならないのがたくさんいる!」
「それもわかって言ってるの」
「なぜそんなことがわかる!?」
「教えてもらったから」
「誰にだ!」
「それも秘密。これだけは絶対教えてあげない」
なお熱くなる私を、リーネは正面から抱きしめて来た。
「ねぇ、ラヴィス。大変なことしようとしてるのはわかってるよ。私だけで全部から守れるなんて、悔しいけど、言えない。きっと色んな人の助けがいると思う」
耳元で囁く彼女の声が、私を冷ましてくれる。
「でも、その色んな人の中に、私もいたいの。……昨日は言えなかったけど、ちゃんと言うね」
リーネが顔だけをあげ、至近距離で視線が絡まる。目を、逸らせない。
「私と。ずっと一緒に、いてください」
右の頬に、温かいものが触れた。
もう最終回でよくないですか?(二回目)