表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/29

1 少女の日々は動き出す

見切り発車しました。初心者が連載とか正気の沙汰じゃない気がしますが、ぼちぼち頑張ります。

 どの世界にも属さない独立した空間に整然と建ち並ぶ建造物。数多の世界の管理者達は、その空間を"監獄"と称した。

 監獄に住まう者は大きく二種に分けられる。

一方は、ある世界に著しく悪影響を与え、管理者によって世界内で循環する輪廻の輪から外された者。その魂は"異能犯罪者"とカテゴライズされ、囚人として監獄へと導かれる。

 もう一方は、監獄全体の、あるいは囚人達の管理をする者。牢職員、即ち獄吏である。


 世界の外側にある空間で獄吏達はどこから来たのか、そもそも監獄を建てたのは誰なのか、その答えを知るものは誰一人いない。監獄は既にそこにあり、獄吏達は自我を獲得した時既に自らの役割を知識として把握していた。

 昼夜もなく、便宜上定められた一日の中で、獄吏達は今日もせっせとルーチンをこなす。



――――――――――――――――――――――――



 監獄群第138棟1区画:区長執務室


「区長様ぁー!」


 ノックもせずに元気よく入室してきた小さな光。

 部屋の半分を占める長大な机の上に文字やら数字やらが飛び交っている光景の奥に、目的の人物を発見した光は一直線に突撃を敢行した。


「んむぐっ……ナナか。回収が終わったのか?」


 部屋の主は、あどけない少女の姿をしていた。

 黒いローブに身を包み、銀色の長い髪を後ろで一本にまとめた彼女は、顔面に突撃を受けながらもどこか淡白な反応を示した。

 顔にへばりついた光、ナナと呼ばれた15cmほどの小さな妖精を引き剥がしながら問いかける。


「うんっ!はいこれ、700から799のデータ!」

「ん、よし。すぐに見るからそこで待っていてくれ」

「はーい!」


 流れるように頭上に座ったナナを全く気にかけず、少女は卓上に追加された資料へ目を通す。


「……723番は相変わらずか。ナナ、行くぞ」

「………………」


 ナナは寝ていた。



――――――――――――――――――――――――



 同区画:723号室前


 起こすに起こせなかったナナを別の妖精に任せ、私は単身行動していた。

 多くの世界において囚人の部屋といえば殺風景な牢屋だが、この監獄ではそれは主流ではない。一言で表すならば、寝室という言葉が最も適している。

 囚人は移送の際管理者に言い渡された刑期が終わるまで、悠久とも言える時を一人一部屋で過ごす娯楽もなく、飲み食いの必要もない彼らの生活の大半が睡眠に集約されるのは、無理もないことだ。

 それでも彼らが狂わないのは様々な世界から得たノウハウの結晶、掛け値なしに全世界最高の睡眠環境が整っているからだろう。

 元々睡眠を必要としない種族ですら堕とす、人をダメにすることに特化した魔力に抗える者はそうはいなかった。


 そんな幸せな睡眠の最中、一発で現実に引き戻す残酷な術を持つのが獄吏である。何度やっても拭えない若干の良心の呵責を感じながら、扉越しに術を行使する。


「【潜行】。邪魔するぞ、723番」

「え……ひゃあ!?く、区長様!?」


 対象の夢に無断で上がり込む獄吏達の術の一つ、【潜行】。

 私が現れたそこは、風呂場だった。顔を赤くした723番は突然の乱入者に慌てている。


「君はいつ来ても湯に浸かっているな」

「わかっているなら脱衣場に出てきてくださいよ……」

「仕様なんだ、仕方ないだろう。話がある、そのまま聞くか?」

「服着ますから、少し出ていてくださいっ!」


 程なくして、ゆったりとしたバスローブに身を包んだ彼女が、肩口で切り揃えられた黒髪を揺らしながら私の待つ居間に現れ、テーブルを挟んで向かい合った。


「お待たせしました」

「気にするな。……それで、まだ出ていく気はないのか?」

「はい。その、ご迷惑でしょうか……?」


 申し訳なさそうにしてはいるがノータイムで首肯した彼女を見て、内心嘆息する。

 ここに来たばかりの頃の彼女は我が儘とは無縁の存在だった。元いた世界では異質な力を持って生まれた彼女は幼い頃から特殊な教育を施され、稀代の暗殺者として数々の仕事を命じられるがままに遂行する、正しく生ける道具であった。

 指令を出す者のいない監獄に来て、生前唯一心安らぐ瞬間だった入浴に思う存分浸り、稀にふらっと夢の中に遊びに来る妖精や話し相手である私に触れ、死んだ後になって初めて人間らしい感情を手に入れた彼女であるが、実はとうの昔に刑期を終えている。


「迷惑ではない。君が出所したとしても新しく一人迎え入れるだけだからな。君は問題も起こさないし、寧ろ助かっている」

「それなら……!」

「……まだ生きるのが怖いか?君の力が当たり前に扱われる世界なら、君は普通に生きていけるんだぞ」

「それはもう、平気です。平気ですけど……ここにいたいんです。ダメですか?」

「私もたまに睡眠は取るし心地よいのは否定しないが……。それほどまでに離れがたいか」

「それも少しはありますね」

「少し?」

「はい。一番の理由は……」


 悪戯っぽく微笑んで私の方へ身を乗り出し、言葉を続ける。


「区長様がいるから、だったりして」


 監獄の外を一切知らないので当然ながら世俗に疎い私だったが、囚人達の話を通して培った知識からか、流石に意味はわかる。

 私が今まで座っていた椅子はいつの間にかベッドに変わり、テーブルもなくなっていた。

 夢なのでなんでもありだ。

 幼い少女に詰め寄るその姿は世が世なら犯罪的だが、ここにそんな法はない。


「ま……待て、落ち着け。私はこう見えて君より相当に年を取っている。冷静になるんだ」


 私は慌てて距離を取った。そういった夢を見る囚人はそれなりにいたが、自らが晒されたことはなく、よって免疫は一切ない。必死の願いが通じたのか、723番は動きを止めた。


「全く、何を言い出すかと思えば……。そういうのは来世で好きなだけやればいいだろう」

「わかってませんね。今ここにいる私が選んだのは貴女なんですよ、来世のことなんて知りません」

「……私のような得体の知れん存在に固執するのはよせ。永遠にここにいるつもりか?」

「何もなかった私に光をくれた優しい貴女を、私は知ってます。ずっと前から、そのつもりでしたよ」

「馬鹿な事を言うな。こんな代わり映えしない日々に何の意味がある?」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

「……私に?」


 想定外の勢いに一瞬フリーズし、思わず聞き返した。


「来世の希望もなく監獄に永遠に縛られて、私達の世話までしなきゃいけないなんて、そんなの……どっちが囚われてるのかわからないじゃないですか!」

「……そういう存在なんだ。文句を言ったところでどうにもならん」

「わかってます。だから……お願いがあります。私をここで、働かせてください」


 途方もない数の囚人を見てきたが、刑期を終えた後に働きたいなど前代未聞であった。前代がいるかは不明だが。

 今度こそ完全にフリーズした私は気づけばベッドに押し倒されていた。


「……まだ間に合う、考え直せ。仮に申請が通ってしまえば、本当に出られなくなる。後悔するぞ」

「それでもいいです。貴女の代わり映えしない日々に、私を入れてください。いつかきっと、ここから出られなくても……変えて見せますから」


 最早何を言っても無駄だと悟り、抵抗をやめた。



 ちなみにここにいるのは意識体であるため、肉体的に何がどうなろうと本体に影響はない。

これ最終回でよくないですか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ