ep.2 テンプレでござる
「それで、どうやったら帰れるの?」
なんとしても元の世界に帰りたいギャルは藁をもすがる思いで自身に満ち溢れたジャンキーにここに来てから何度目かの同じ質問をした。
「いろいろな可能性が考えられるでござる。有力なのはこの世界の魔王を滅ぼせば元の世界に帰れる可能性があるでござる」
「魔王? 何よそれ? もっと他の方法はないの?」
「そうでござるな……転移した状況を再現って……何でござるか!!」
「ぶつかれば、元の世界に戻れると思って。というか動かないで欲しいんだけど」
「待つでござる。こんなチャンスは二度とないでござる。せめてもう少しだけこの世界を体験させてほしいでござる」
念願かなった異世界生活である。本当のところはぶつかって帰還するとは思っていないが、万が一という事も考えられる。たった30分程度で帰還等考えられないオタクは、なんとか目の前にいるギャルを説得してこちらに永久定住を目論む算段である。幸運にもAGIはオタクの方が優れているので細心の注意を払えば躱すことができそうであった。
「……じゃあ、少しだけよ。暗くなる前には帰りたいんだけど」
隙を見てぶつかるために、今は油断させる事に決めたギャルは渋々オタクの要求を飲むことにした。
「ありがたいでござる。では少し移動するでござるよ。先に言っておくでござるが、後ろからぶつかっても再現性に誤差が生じて帰還はできないと思うでござるよ」
「そ、そんな事はしないわ!! 暗くなる前には元に戻れるんでしょ。早くやりたいことやって満足してよ」
図星を突かれたギャルは少し動揺する。
「では、こっちに向かうとするでござるよ」
「何かそっちに向かう理由があるの?」
「太陽を見るでござる。と言ってもあれは太陽に似た恒星であるでござるが……転移した時間が昼頃だった事を考えれば、あの方向に向かえば、だいたい南の方向という事になるるでござる。温かい地域へ向かう事は寒い地域へ向かうよりは危険が少ないでござるよ」
ここが地球のどこかだと思っているギャルにはオタクの言っている事は半分くらいは意味が分からなかった。というより、オタクのいう事は真剣に聞く事をやめていた。
移動中は異世界の事を熱く語っていたが、その全てに「へ~」とか「ふ~ん」と適当に相槌を打ち続けた。
この世界の文化レベルは中世レベルであるとか魔法は凄いとか、地球の現代の知識を持ち込むだけで崇拝されるとか、オタクの話は止まらない。
それを聞いてギャルはクラスでのオタクの姿を思い出す。休み時間に1人でポツンと席に座り、誰とも話していない姿を。よほど会話に飢えていたのか、と少し目頭が熱くなるギャルである。
「むっ、止まるでござる……あそこに見えるのは……」
オタクの視線の先には2台の馬車が止まっていた。
そして、その先に見える光景にギャルは驚愕する。
「な、何よ。あれは」
「どうやらオークのようでござるな。そして剣を構えているのは馬車を守っている護衛でござろう」
オタクは冷静に解説を始める。
前方に気をとられているオタクに体当たりを敢行する大チャンスであったが、ギャルは現状が理解できず、足の震えが止まらない。
馬車の前に見えるのは、明らかに人間より一回りは体が大きく、口から鋭い牙が見えている。
その顔は豚と人とのハイブリッド。
日本であれば公然わいせつ罪で捕まるような半裸の姿。
そのオークの前には鎧を着て剣を構えた男性が対峙している。よく見ればその近くには血を流して倒れている者が2人ほどいた。
「【ステータス オープン】でござる。……ふむ、少し護衛の方が不利のようでござるな。ルミ殿、これは最初のイベントでござるよ。これを助けることで素晴らしい異世界ライフが始まるでござるよ」
嬉々とするオタク。
異世界ライフを終わらせたいギャル。
ギャルは自分の気を奮い立たせ、オタクへとダイブする。
「!?…なにするでござる!!」
前方に気をとられていたオタクは回避できず、ギャルと抱き合いながら後方へと倒れこむ。
「どういうことよ。帰れないじゃない」
体を起こしながら、場所が変わっていないことに愕然としながらもオタクへと詰め寄る。
「そんなことを言ってる場合じゃないでござる!! 大きな音を出すから気づかれたでござるよ! ルミ殿!! 【誘惑】を使うでござる!!」
見ると前方にいたオークがこちらへと駆け出した。その後ろからは鎧を着た男がオークを追いかける。
「【誘惑】と念じて魅了するでござる。そして、心の中で動くなと命令すればいいでござる。そうすれば後は我に任せるでござる」
ギャルはパニックになりながら言われた事を実行する。
「ぬぅっ!!」
オークの後ろを走っていた鎧を着た男の足が急に止まり、前のめりにすっ転ぶ。手に持った剣は地面に放り出された。
しかし、依然としてオークの勢いは止まらない。
「何やってるでござる。【誘惑】をかける相手が違うでござるよ」
ギャルはオークに【誘惑】とかいう訳の分からないスキルをかけようとした。しかし、本能のレベルでそのスキルをオークにかけることを躊躇してしまったのだ。
当然である。間違っても迫りくる半裸の豚から好意等抱かれたいとは思わなかったからである。どうせなら後ろを走るイケメンに好意を抱かれたいと……
その無意識下で行われたスキルの行使はイケメンを転ばせ、事態の悪化を招く結果へとなった。
「もう一度でござる。これは遊びではないでござる」
焦るオタク。
テンプレイベントで終了だなんて。夢見たハーレムへの道がこんなところで挫折するなんて。
走馬灯のように異世界への想いが脳裏に思い浮かぶ。
死が現実に感じられたギャルは背に腹はかえられない。
もう一度【誘惑】と唱え、動くなとオークに念じる。
オークは鎧の男と同様に目の前で豪快に転び、激しく地面に打ちつける。
「さすがは、ウルトラレアのスキルでござる。後は我に任せるでござる」
オタクは倒れた鎧の男が手放した剣を拾い、オークの横へと近づく。
「見える。見えるでござる。我の解体スキルで、どこに剣を入れて解体すればいいかが……」
オタクは躊躇なくオークに剣を突き立てる。そして、剣でできた傷口に手を突っ込み黒い石のようなものを取り出した。
「魔石でござる。これさえ取れば、魔物は生命活動を維持できないようでござる。あとは、ここをこうしてっと……」
動かなくなったオークの死体を剣でばらばらにしていく。その手はオークの血にまみれているが、その顔は満面の笑みを浮かべている。
「分かる。分かるでござる。これが解体スキルでござるか。どうやれば血抜きができるかや。どこの部分が食べる事ができるかが見ただけで感じるでござるよ」
その姿を見てギャルは震えが止まらない。そしてある考えが頭によぎる。
このオタクはジャンキーではない、サイコパスだと。
危険度ランクを最大限に引き上げて、決意する。
早くこいつとは離れなければならないと。
鎧を着た男は立ち上がり、オタクへと近づいた。
ギャルは悟る。狂ったサイコパスの命運はここに尽きたことを。オタクは死体を嬉々として切り刻んでいるのである。それがたとえ豚に似た半裸の変態であったとしても、やってはいけない凶行であるのだ。
ギャルは、オタクが少なくとも牢屋にいれられるくらいのことになるだろうと考えた。
しかし、鎧を着た男の第一声はギャルの予想もしない言葉だった。
「ありがとうございます。助かりました。それにしても見事な解体の腕前ですね。こんなに素早く部位ごとに切り分けられるなんて、相当名のある冒険者ではないですか? よろしかったら、名前を伺っても?」
賞賛の言葉にギャルはついていけない。
ここは一体どこなのか。法治国家ではないのか。ヒャッハーな無法国家なのか。
「太田くに……いや、オタクでござる。そしてあちらがルミ殿でござる。我らは流浪の旅人でござるが、ここがどこなのかも分からないと言った状況でござる。よければ近くの町への行き方を教えて欲しいのでござるが……」
ギャルの戸惑う反応はどこ吹く風で、オタクは応じる。
流浪の旅人というフレーズに突っ込みをいれたいギャルだが、ここがどこか、近くに町はあるのかは一刻も早く知りたい。ひとまず見に回る。
「そうなんですね。それじゃあ、もし良ければ私達の馬車で一緒に町まで行きませんか? 先ほどの戦いで護衛が3人やられてしまったので、代わりに護衛として馬車に乗りこんでもらえば助かるのですが……」
「いいでござるか? ぜひお願いしたいでござる。あちらの馬車には王族の誰かが乗っているんでござるか? それとも公爵令嬢でござるか?」
テンプレを期待するオタク。
何を言ってるんだと呆れるギャル。
「違いますよ。王族や公爵令嬢の護衛を勤められるほど私は強くありませんから。あちらに乗っているのはこの先にあるメークイン男爵領のご当主が乗っています。そして、私はその護衛の一人のヒースといいます」
少しの落胆の色を覗かせるオタク。
現実を受け入れられないギャル。
2人が反応に戸惑っているとヒースは言葉を続けた。
「ひとまず私はあなた達を護衛の馬車に乗せる事の許可をもらって来ます」
ヒースは馬車へと戻り、馬車の中の人物と話した後2人の元へと戻ってくる。
「了解がとれました。ひとまず先ほど亡くなった者達の遺体の処理がありますので、それが終わり次第出発になります」
「遺体はどのようにするのでござるか?」
「ここに放置しておけば魔物が集まってきますので、アイテム袋に収納して冒険者ギルドへと届ける予定です。ここで焼却してもいいのですが、遺体は遺族の手に渡った方が良いでしょう」
「!! アイテム袋でござるか……もし良ければ、このオークの遺体も一緒に入れてもらう事はできないでござるか? もちろん分け前は支払うでござる」
「いいですよ。こちらは助けていただいた側ですから。分け前を頂けるだけでも有難いです。それにしても、アイテム袋も持たずに旅をされていたのですか?」
「そ、そうでござる。そ、それが、その、あれでござる。最近のことでござるが、アイテム袋をなくしてしまったんでござるよ。それでどうしたものかと困っていたんでござるよ」
咄嗟に嘘をつくオタク。異世界から来た事は内緒にするのがセオリーだと思い込んでいるので、どんどんと嘘を重ねていく。
「そうだったんですね。わかりました。ではオークもこちらで運んでおきます」
「ありがたいでござる」
ヒースは鎧の下から一つの袋を取り出した。
「【収納】」
その言葉と共に切り刻まれたオークの遺体が瞬時に消え去った。
それを見てオタクは歓喜の表情を見せるが、すぐに平静に戻る。
しかし、ギャルはそうはいかない。
草原に飛ばされてから何度目の驚きになるだろうか。
「いったい……どういうこと……えっ…本当に魔法??」
ギャルは現実を受け入れられずにいた。しかし、徐々にこの場所が地球ではないどこかであると認識し始めていた。
初めは地球上のどこかだと考え、過去に飛ばされたかとも考えていた。
【誘惑】に関してもただ言われるままに念じたに過ぎず、魔法というものに半信半疑であった。
それが【収納】という目に見える魔法を見て、考えを改めたのだ。
それを見たオタクは小声でささやく。
「あれは異世界では常識な収納の魔法でござるよ。後は我に任せるでござる。この世界の事を我がいろいろと聞きだすでござる。ルミ殿は話を合わせてくれればいいでござるよ」
オタクのドヤ顔が何故か無性に腹がたった。何故こんなに落ち着いてられるのか。いや、何故そんなに嬉しそうなのか。ギャルには全く理解できなかった。
その後、案内されるまま2人は馬車へと乗り込んだ。
そして、その車中でオタクはヒースに話しかけ、いろいろな情報を尋ねた。
ヒースにとっては当たり前すぎる事ばかりではあったが、2人はどこか遠いところからやってきたのだろうと細かく説明した。
ここがカルティエ王国に属している事や、 それぞれの貴族が有する領間の道々には魔物が存在する事。
冒険者ギルドや商業ギルドの事。
この王国で使われている金貨の事。
そんなことを話していると、それからは何事もなく無事にメークイン男爵領の中に入り、男爵の邸宅へと
到着した。
車中の話を聞いて、これからの異世界で魔物相手に無双する事に心躍らせるオタク。
魔物を狩る事に張り切っているオタクを見て、ギャルは決心する。このオタクと共にするのは駄目だという事を。この世界から帰る事も大事だが、何よりも大事なのは安全であると。
ギャルはもう一台の馬車から降りたったメークイン男爵に、ダメ元で【誘惑】と唱え、命令を出す事にした……
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