ep.1 転移したでござる
「あいたた…でゴザル」
「あいったー。ホント、何なの。マジ、ありえないんだけど」
白い肌をした金髪ギャルが眼鏡をかけた短髪の男の上に覆いかぶさるようにして倒れている。この状況になった経緯は学校の階段でぶつかってそのまま2人で階下にダイブした結果である。ギャルが階段を踏み外し倒れこんだ事を考えればこの結果をもたらしたのはギャルの方にあるといえる。
先に現状を認識したのは眼鏡をかけた太田国久、16歳の高校2年生である。お腹の辺りに感じる柔らかい感触を感じるために全神経を集中させ、頭を打った痛みなどなんのその。自分の上に倒れているギャルの髪の毛から香るシャンプーのいい匂いが鼻腔をくすぐり、自分のマグナムがビッグマグナムになりそうになるのを必死で抑えつける。
かたや遅れて現状に気付いた金髪ギャルは加藤瑠美、同じく高校2年生の16歳である。見上げた視線の先には、オタクというあだ名で呼ばれているクラスメイトが鼻をひくひくとさせてこちらを見てにやけている姿があった。この抱き合って倒れているという状況は、ギャルにとっては変にいじられる話題を提供してしまっているのだ。百害あって一利なし。階段でぶつかって転げ落ちたシーンを見てないものが、この抱き合っている状況だけを見て誤解でもしてはたまらない。この世の中は一部分のシーンを切り取って事実を歪曲してしまうという事が往々にして起こることを知っているギャルの行動は素早かった。
「何するのよ!!」
にやけた顔に平手打ちである。抱き合っているシーンから見た誰かが誤解せぬように放った渾身の一撃だ。例えこの状況の原因が自分にあると自覚していても、この場を見たものに一片の誤解をも与えぬ事こそ今は重要な事なのだ。
「す……すまないでござる」
全く悪くないオタクは反射的に謝ってしまう。もしかすると、自分のビッグマグナムが相手に不快感を与えてしまったのではないかという見当違いの罪悪感に襲われてしまった結果であることは本人だけが知っている。
「あ、あんたが……ほ、本当に気をつけなさいよ」
言い返してくるかと思ったら、謝罪の言葉が出てきたので、ギャルは用意していた言葉を飲み込んだ。そして、冷静になり立ち上がる。変な噂を立てられるわけにはいかないので、辺りを見回して目撃者がいないかの確認を怠らない。もし誰かが見ていたなら全力で弁解をする構えである。
その時初めて、ギャルは驚愕な事態に気付いた。
その驚きは、ある事ない事を面白可笑しく言いふらすものに目撃されていたという状況の比ではない。
辺り一面草原の真っただ中である。右を見ても草。左を見ても草。後ろを向いても草。正面も草。360°見回しても、草、草、w。
それはもう変な笑いが起きるレベルで草だらけである。さっきまで学校の階段を降りていたはずなのに、これはどういう事か。
「ちょっ、ちょっと、どういう事よ……」
半分は独り言のように呟き、もう半分は倒れているオタクに問いかけるように呟いた。
オタクも体を起こし、目の前に広がる異常事態を理解したようだった。しかし、その反応はギャルの反応とはいささか異なる反応である。目は爛々と輝き、口角をあげ、不敵な笑みを浮かべている。
「こ、これは、まさか……」
「あんた何か知ってるの?」
「これは、噂に聞く異世界転移というやつでござらんか? 先ほどまで学校にいたという事を考えるとそうに違いないでござるよ。凄いでござる。ひゃっほーでござる」
ガッツポーズを作り奇声をあげて喜ぶオタク。それを見て変な薬でもやっているのではないかという疑いの目を向けるギャル。この訳の分からない状況に喜べる神経がギャルには理解できない。それでもギャルは尋ねなければならない。ここがどこなのか。何故こんなところに来たのか。例えその答えを知っているのが喜びで地面をのたうち回っているジャンキーであったとしても。
「こ、ここはどこなのよ。何で私たちはこんなところにいるのよ」
「落ちつくでござる。これは有名なあれでござるよ。分かるでござろう」
お前が落ち着けという言葉を飲み込み、言葉の通じないジャンキーにもう一度尋ねる。
「全く分からないわ。知っている事は早く全部教えなさいよ!! ここはどこで、どうやったら学校に帰れるのよ」
「これだけの状況証拠が揃っているのにまだ分からないでござるか? やれやれでござる。そうでござるな。知ってる事と言っても、我の知っている事を全て語ろうとするなら一日二日では足らないでござるよ」
異世界転移や転生に憧れるオタクはそれに関するラノベや漫画を読み漁っていた。そして、異世界への想いは、ワンチャン、トラックへ飛び込めば異世界にいけるのではという事を日々考え、無意識に道路を通るトラックを目で追いかけるほどである。
トラックへの一歩を踏み出さなかったのは、異世界への確信がもてなかったからに他ならない。
そんな彼である。学校の階段から落ちたら草原だったという状況は、夢にまで見た異世界転移以外には考えられない。逆にそれ以外何があるというのであろうか。目の前のギャルの知性のなさに呆れるしかなかった。
「だからここはどこで、どうやったら帰れるのよ」
さっきから何度言わせれば気がすむのよ、この馬鹿は。と内心で毒づくギャルは、こう見えて学校内のテストの順位は毎回十番以内にはいる秀才である。このギャルの恰好はリア充のリア充によるリア充のための恰好に他ならない。この恰好でいれば、学校内のイケてるメンバーと仲良くできるし、異性からの受けも上々である。テストも悪い点を取っても何も言われないという保険をかけられる上に、いい点を取れば普通の子が取るよりも称賛の嵐である。
あわよくば『ギャルが東大に行く方法』なんていう本を執筆してベストセラー作家の仲間入りを狙っているほど、自己ブランディングには余念がない。
「さっきも言ったでござるが、ここは異世界でござる。地球とは違う星でござるよ。モンスターや魔物がいる場所でござる」
「はぁ?」
ラノベ等一切読まないギャルはオタクの言葉が理解できない。そして、聞くからに危険な場所に放り込まれたと思い込んでいるのに喜んでいる目の前のジャンキーは人間に進化できなかったチンパンジーにしか見えなかった。
「不安に思ったでござるか? でも安心するでござるよ。ここはファンタジーの世界でござる。剣も魔法も存在するでござる。そして、転移者である我達にはチートスキルが備わっているのが普通でござる。転移する時に神様的な何かに会わなかったから、きっとステータスを見ればチートスキルが備わっているのに気づくパターンのやつでござる……ふむ……【ステータス オープン】でござる」
「あ、頭、大丈夫?」
もはやオタクの行動には呆れるを通り越して心配しかない。もしかすると階段から落ちた時の頭の打ちどころが悪かったのかもしれないと事故の原因の非が10割あるギャルは不安になる。賠償金を要求でもされればどうしようと。
「おお、凄いでござる。ルミ殿のステータスが眼鏡に映し出されているでござる。眼鏡が重要な【アーティファクト】という事でござるか…… Lv1 HP 37 MP 25 STR 7 DEF 10 AGI 15 【魅了スキル】 誘惑Lv1 ふむふむ。これだけではわからないでござるな。スキルの【詳細】なんか分かれば……おおっ、詳細が見えたでござる。【魅了スキル】というのはどうやらこれから覚える事ができるスキル体系の事でござるよ。どうやらウルトラレアのスキルのようでござる。良かったでござるな。そして、誘惑スキルの方は、どうやら目を合わせて誘惑と念じれば対象者に好意を抱かせて短い時間であるが言う事をきかせることができるようでござる。我に試してみるでござるか?」
激しい熱量で喋りかけるオタクにギャルはドン引きである。まずルミ殿と下の名前で呼ばれた事もだが、何より自分の下の名前を知っていた事に一歩後ずさる。もしかして、ストーカーではないのか、と。対象者に好意と言っているが、元々好意があるんじゃないかという疑念を抱く。しかし、刺激を与えてはいけない。相手は頭の狂ったジャンキーなのだから。ギャルはひとまず話を合わせる。
「や、やめておくわ」
「そうでござるか。こういうのは使っていくのが一番でござるが……それにしても自分のステータスはどのようにして見ればいいのでござろう。ルミ殿は鏡を持っていないでござるか?」
オタクは自分の右手を見たり、下を向いて体を見たりしている。
「……持ってないわ。でもスマートフォンに鏡の機能があるんじゃないかしら……そうよ、携帯よ」
あまりの出来事に携帯の存在を忘れていたギャルはポケットから携帯を取りだして、助けを求めようとする。
「おお、そうでござった。一番典型的な【アーティファクト】の存在を忘れていたでござる。貸してくれないでござるか?」
「圏外じゃない!! って、……スマホ、持ってないの?」
アーティファクトって何とは突っ込まない。何故なら目の前にいるのはジャンキーであるから。
「すまないでござる。我はこれしか持ってないでござる。それに先ほども言ったでござるが、ここは異世界でござる。圏外なのは当然でござるよ」
オタクが取り出したのは電話機能とメール機能くらいしか有していなさそうな旧世代の2つ折りの携帯であった。親がネットばかり見るようになるのを防ぐために買い与えたものである。
ギャルにとってはスマホの中のデータを勝手に見られる事は下着姿を見られるのと同じくらい嫌な行為である。ましてや、目の前のストーカーに渡せばどんなネタで脅されるか分からない。だからといって、今の状況を考えるとオタクの要求を断るのは危険と判断した。目の前にいるのはジャンキーであるのは間違いないのだから。
ギャルは鏡機能にしたスマホをオタクの前に掲げた。一ミリたりとも自分のスマホには触らせない心構えである。
「ありがたいでござる」
オタクはじーっとスマホの画面に映る自分自身を凝視する。
「おおっ、見えたでござる」
その眼鏡に映った文字はオタクには見えて、傍でレンズを覗きこむギャルには見えない。オタクの目にはステータスが映し出されていた。
オタク
Lv1
HP 33
MP 31
STR 12
DEF 8
AGI 18
【シェフ・ド・キュイジーヌスキル】
解体 Lv1
「シェフ……でござるか……あまり聞かぬスキルでござるな……【詳細】でござる」
【シェフ・ド・キュイジーヌスキル】
ユニークスキルであり、究めれば料理に関わる全ての知識を網羅し、実践することができる。
解体 Lv1 魔物を綺麗に解体することができる。
「おお!! ユニークスキルでござる。この世界で同じスキルを持っているものはいないでござる。まさしくチートでござる」
ユニークスキルという響きだけで、これから始まる素晴らしき異世界生活に思いを馳せるオタク。
一喜一憂するオタクを見て躁鬱病を疑い始めるギャル。
これが2人の異世界生活の幕開けであった。
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