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庭に移動すると使用人たちがすぐにテーブルとイスを用意してくれた。
自然の中で飲むお茶は格別だとは思うのだが、今は王子との会話が優先だ。
お茶が用意されている間に、わたしはすぐに王子に申し出た。
「リアム王子、あちらに珍しい薔薇がございますのよ。一緒にいらしてください」
失礼のない程度を意識しながら子どもらしい演技で無邪気に声をかけると、王子は仕方がないというように後ろをついて来てくれた。
敷地内であり、あまり離れないことがわかっているから、父も従者もついては来ない。
狙い通りだ。
「こちらですわ」
指さした薔薇を見て、王子はほうと感嘆の声を漏らした。
「青い、薔薇だな。これは確かに珍しい・・・」
目の前には、青い花弁が輝く小ぶりの花がたくさん咲いている。
中心は濃い青だが外郭になるにつれ薄い青になるグラデーションで、海を思わせる。
赤やピンクの薔薇が多い中で、一際目を引く色だ。
「お父様が水の魔法持ちでお母様が土の魔法持ちなんです。だから品種改良はお手の物ですわ。これはわたくしが生まれた時に作っていただいた薔薇。・・・恥ずかしながら名前は『エレノア』と言いますの」
本当に恥ずかしいので、少し頬に熱が宿る。
でも誇らしいことであるのも本当だ。
王子は『エレノア』をじっくりと見た後、わたしに向き直った。
「なるほど、君の瞳に似ているね。深い青が美しい」
「え・・・」
薔薇が褒められたのだが、わたしの瞳が褒められたようで驚いた。
目を見てこんなことを言われ、急に恥ずかしくなる。
ーー-ああ、さっきよりも顔が赤いんじゃないかしら。
「あ、ありがとうございます・・・」
子ども相手に何を照れているのか、と自分でも思うのだが、前世で男性に免疫がなかったのだから許してほしい。
王子の目を見ることができず、薔薇の方に視線を移す。
「あちらにあるオレンジの薔薇がお兄様の薔薇なんです。お兄様は男なのに薔薇なんてっておっしゃるのだけれど、大きくて凛としていて、とても素敵な薔薇なんですよ」
話題をそらしつつ、さらに庭の奥へと進む。
王子は気にした様子もなく、奥へ奥へとついてくる。
「お城の素晴らしい庭園には及ばないでしょうけれど、我が家にはこのようにお母様のこだわりの珍しいお花がたくさんあるんです」
「薔薇以外にもあるのか?」
「はい、今は時期ではありませんのでお見せできませんが・・・」
「薔薇がこれだけ素晴らしいのだから、きっと他も素晴らしいだろう。是非見たいな」
「ええ、是非お越しください!・・・・・・あ」
母の庭が褒められて嬉しい!
・・・のだが、当初の目的と違ってきていることにはたと気づいた。
いけない。普通に仲良くなろうとしている場合ではない。
令嬢らしからぬ「あ」という間抜けな単語は、王子の耳にも届いていたらしい。
「どうかしたのか」
不思議そうに尋ねられる。
ちらりと周囲を確認すると、父も従者もついてきていない。
薔薇の木があって、背の低いわたしたちはちょうど死角に入っているはずだ。
今がチャンスだろう。
「いえ。それよりもリアム王子にお伺いしたいことがございまして」
念のため声を潜める。
「なんだ?これだけ素晴らしい薔薇を見せてくれたのだ。言ってみろ」
やや偉そうな物言いだが、素直に小さな声で身を寄せてくるあたり、やはり子どもだ。
「ありがとうございます。ではさっそくお伺いしますが・・・リアム王子はわたくしとの婚約をどうお考えですか?」
直球の質問に、リアム王子は驚いた顔をした。
そのあとすぐに、不機嫌そうに眉を寄せる。
「やはりお前は、僕のことが嫌いなのか」
棘のある声に、本音を言おうか逡巡する。
しかし、もう答えは決めてあるのだ。
我が家から婚約破棄を申し出ることはできない。わたしの一言で家が取り潰されたら家族に申し訳ない。
「いえ、そうではありません。あの日、失礼な態度をお取りしたでしょう?嫌われたのではないかと思ったものですから」
「あの程度で僕は人を嫌ったりしない」
「それに、まだわたくしたち6歳でしょう?婚約とか結婚とか・・・早いとは思いませんか?」
「僕は王族だ。早いうちから結婚相手を決めておくことに疑問はない。現に、父は4歳で母と婚約したと聞いている」
うーん、手強い。
王子の方にこの婚約に不満がないのであれば、やはり婚約破棄は難しそうだ。
それでは仕方がない。考えていた次の段階に進むしかない。
「それを伺って安心いたしました」
にこりと微笑んで見せると、王子はまだ不機嫌そうな顔をしているものの少し表情を緩めた。
「分かれば良い。聞きたいこととはそれだけか」
「はい。ありがとうございます」
美しく礼をする。
そして顔を上げて「ただ、あと一つだけ・・・」と、婚約破棄が難しい場合に伝えようと考えたていたことを口にした。




