6
本日の学習がすべて終わり夕食までの時間を自室で過ごしていたところに、ディアナから父の帰宅の知らせが入った。
そのまま父に夕食前にお時間をいただきたい旨伝えてもらい、お許しをいただき、こうして今、父の書斎の前までやってきた。
一度大きく息を吸って吐いてから、扉をノックする。
「お父様。エレノアです」
「はいりなさい」
「失礼いたします」
扉をあけて、今日マリア先生と復習したばかりの淑女の礼を行う。
「お父様、お帰りなさいませ。お疲れのところお時間をとっていただきありがとうございます」
前世の年齢を考えると普通なのだが、突然人が変わったように6歳らしからぬ物言いをするわたしに、父も目を白黒させている。
その様子を気にせず書斎にあるソファの近くまで移動すると、父もそれに気づき、二人でソファに向かい合って座った。
「エレノア、もう身体は大丈夫なのかな」
体調が悪くて部屋に籠っていたわけではないのだが、父の中ではあの大泣きは体調不良の一つのようだ。
「はい、ご心配をおかけしました」
「元気になってくれさえすればいいんだよ。それよりもあの日は黙っていて・・・すまなかったね」
それは当日になって突然婚約者に会いに行こうと言われて連れ出されたことだろうか。
それとも相手が王子であることを教えなかったことだろうか。
いや、その両方だろう。
それについては許すつもりは一切無いため謝罪に対して答えず、この場に来た理由を話すことにした。
「お父様、わたくしお願いがあって参りましたの」
「なんだい、言ってごらん」
許してくれると思ったのか、父はわたしと同じつり目の青い瞳を限界まで下げて笑顔を見せた。
ブンブンふる尻尾とぴこぴこする耳が見えそうだわ。
「わたくし、リアム様とは結婚したくありません」
間髪入れずに申し上げると、予想外だったのか父の目が大きく見開かれた。
前世での表現をすると、雷が落ちたような描写と言えば伝わるだろうか。
よほど驚いたと見える。
「わたくし、リアム様とは結婚したくありません」
聞こえていなかったはずはないが、大事なことなのでもう一度伝えてみた。
「お父様?」
声をかけた後、しばらく待っていると父が数回瞬きをして、ゆっくりと息を吐いた。
「すまないが、その願いは聞くことができない」
「なぜですか??わたくしはまだ6歳、そして王子も同じはずです。まだ婚約など早いではありませんか。それに通例であれば、同じような年齢の他の令嬢も含めて茶会を開かれたり・・・」
「エレノア、お前に負担をかけることはわかっている。それでもこれはずいぶん前から決まっていたことなんだよ」
わたしの話を途中で遮るように発せられた言葉に、思わず首を傾げる。
「ずいぶん前?」
「そう、お前が生まれてすぐの頃、すでに打診があったんだ」
「そんなに前から?」
わたしは心から驚いた。
それは本当にずいぶん前だ。
「お前は、自分が生まれた時のことは聞いているね?」
生まれてすぐに身体が光り輝いたことと、産声が天使の歌声のようだったことだろうか。
それなら耳にタコができる程聞かされたことだ。
前世の記憶が戻る前は誇らしい話だったが、今考えると天使の歌声とか大げさだと思う。
だいたい、生まれたときに赤ちゃんが光ってたらちょっと怖くない?
前世の記憶が映画やなんかでみたエイリアンを連想させて苦い気持ちになる。
わたしの無言を肯定ととらえたのか、父は続ける。
「それでは聖女の伝説は?」
この質問にはすぐに頷いた。
「知っていますわ。その昔この国が闇に包まれたときのこと。どこからか聖女様が現れてその光のチカラで闇を払い、国を救ったのでしょう?」
絵本にもなっているため、この国の人間は子どものころから慣れ親しんだ物語だ。
知らないはずがない。
たしか最近読んだ本によると、その聖女様もわたしと同じで生まれた時に光り輝いたと書いてあった。
それを知ったとき、わたしは生まれたときの話がより誇らしく感じたものだ。
「そう。その二つが今回の婚約には関係しているんだ」
なるほど。
つまり『光』の魔法持ちのわたしを聖女として担ぎ上げ、王子と結婚させようということね。
そう考えて、すぐに思い当たったことを父にぶつける。
「でもわたくしの『光』のチカラがとても弱いことはご存知でしょう?到底聖女様になどなれませんわ」
反論した通り、本当にわたしのチカラは弱い。
生まれたときとおなじ、自分の身体を光らせることしかできないのだ。
光自体は弱く『光り輝く』とは言い難いのだが、ぼんやり光るその姿は赤ちゃんエイリアンがただただ年を重ねて大きくなっていっているだけで、気持ち悪さも比例するように増加している。
このように『光』の魔法持ちの能力がこれとか、伝説や聖女様に申し訳ないくらいのレベルなのだ。
そういえばゲームの『エレノア』は魔法を使っている描写がなかったが、この魔法以外使えないということだろうか。
かっこ悪すぎる。
「わかっている。ただ『光』の魔法持ちが現れるのは稀なのはお前も知っているね。それが偶然にも王子が生まれたのと同じ年に生まれた。しかも女の子だった。侯爵令嬢という地位も王子にふさわしかった」
確かに、条件はそろっているように思う。
父は黙って聞いているわたしをすまなさそうに見つめて少し息を吐いた。
「私はね、エレノア。本当は可愛いお前に王妃などという重責を負わせたくは無いんだよ。それでも、王からの正式な申し出を撥ね退ける力は私には無い。不甲斐ない父で申し訳ないと思っている」
弱々しい言葉から、それが本音だとわかる。
「それにあちらもいろいろあるんだよ。幼いお前にこんな話をしてもわからないだろうが、リアム様の地位を盤石なものにしなければならないという理由がある。そのためには『光』の魔法持ちが隣にいる必要があるんだ。こちらからの拒否もできないうえ、あちらからの婚約解消も、よっぽどのことがない限りは無いだろう」
父は本音を、そして真実を言ってくれている。それがわかる。
だからこそ、今は諦めるしかない。そう思った。
もとより、わたしたちフローレス家の方からの婚約解消が難しいのは予想の範囲内だ。
父が言うように、王族からの正式な申し出を断ることはどの家であっても簡単に出来ることではないだろう。
今日のこれは破滅フラグ回避のためにできることをひとつずつ潰しこむ作業のようなものだ。
父を困らせてしまったのは申し訳ないが、わたしの婚約に対する気持ちをはっきり伝えておくことは必要なことにも思えた。
実は、婚約者にはもっと適任がいることをわたしは知っている。
ただ現時点ではほかにだれも知る人がいないのだから、父の言うようにわたしが適任として選ばれるのは仕方がないことだと感じた。
わたしは納得はしていないが、理解はしたと表情で示し、それでも口ではわかりましたと伝えてから、書斎を後にした。
そう、わたしは知っているのだ。
今は誰も知らないが、これから数年後、他でもないヒロインが『光』の魔法持ちとしてわたしよりも強い魔法の才を発揮するということを————。




