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教会に着くとすぐに孤児院の子供たちから恒例の熱烈歓迎を受けた。

わたしの前には手紙のやり取りをしているシスター・ナナエラが立つ。

手紙のやり取り自体は頻繁に行っていたが、会うのは前回慈善活動で教会を訪れた時以来だ。


「エレノア様、ようこそお越しくださいました」


「シスター・ナナエラ、お久しぶりです」


笑顔で挨拶していると、ナナエラの後ろからひょこりと可愛らしい女の子が顔を覗かせているのに気づいた。

ソフィーだ。

ソフィーは照れた様子でちらちらとこちらを見ている。


「ソフィー、約束通り会いに来たわよ」


腰を折り目線を合わせてほほ笑みかけると、ソフィーは嬉しそうに笑った。

そしてナナエラの後ろから一歩前へ出て、スカートをちょいと摘んで持ち上げた。


「エレノア様、ご機嫌よう」


拙いながらも淑女の礼を行うソフィーに驚いた。

すると、ナナエラがくすりと笑む。


「ソフィーはエレノア様に憧れているんです。だからでしょうね、最近ご令嬢の真似事をするのにはまっているんですよ」


「あらまあ」


なんて可愛らしい。

わたしは微笑ましく思い、ソフィーに淑女の礼を返した。




教会や孤児院の庭に母の指示のもと、持って来た花の種や苗を植えていく。

商会の奥様方はお仕事で忙しく土いじりなどしないのではないかと心配していたが、案外大丈夫そうだ。

ミミズが出たときばかりは大きな声をあげていたが、すぐに子供たちとともに笑う声も聞こえてきた。

ちなみに、わたしたち親子は母の趣味が庭づくりであることから当然ミミズも平気である。

わたしの隣にはソフィーが陣取っており、わたしの代わりに手で土を掘ってくれる。

そうしてできた穴にわたしが苗を入れ、一緒に土をかけていく。


「これはなんて言うお花?」


「これはね、ペチュニアというのよ。あとひと月ほどで花をつけるの。このあたりはペチュニアの花壇にしようと思うのよ」


「ぺちゅにあ・・・?」


初めて聞く花の名前に不思議そうにしているが、すぐに「早く咲かないかなー」と笑顔に戻る。

ペチュニアは初心者でも育てやすいし長く花をつけるので、かなり広い範囲で花壇に苗付けする予定だ。

全ての苗が花をつければきっと綺麗だろう。


「そうね。早く咲いてほしいわね」


そう言いながら心を込めて土をかぶせる。

そんなふうにそれぞれがわいわいと作業をしているうち、あっという間に昼食の時間となった。

用意されていたパンに切り込みを入れ、そこに思い思いに具材を挟んでいく。

食事は孤児院の食堂内で食べる者が殆どだが、わたしはナナエラに呼ばれこっそりと外に出た。

大きなパンとミルクの入ったコップを両手に持って、教会の外にあるベンチに並んで座る。

そこはこの時間、ちょうど大きな木の陰になっていた。


「いつもこのような食事しか用意できず、申し訳ございません」


「そんなことおっしゃらないで。わたくし、こういったものが大好きなのです。本当ですよ」


わたしはそう言ってぱくりと大きな口を開けてパンにかぶりついた。

我が家でも軽食としてサンドイッチが用意されることはあるが、少量でかつ一口サイズの上品なもの。

今回のように卵やレタスなど具材をもりもりと挟み、さらにはそのパンを切らずにそのまま食べるということは、今世では一度も経験がない。

前世の頃のように気取らず食事をするということに懐かしさがあるし、何より春の陽射しの下で食べるなんてピクニックや遠足のようで楽しい。

美味しい美味しいとどんどん頬張るわたしの姿に驚いた様子を見せつつも、ナナエラは安心したように少し笑った。

わたしもつられて二人で笑う。

しかし暫くして彼女は真剣な表情に変わり、素早く立ち上がってわたしの前に立った。

突然のことに驚いて視線を向けたのと同時に、彼女は腰を折って頭を下げてきた。


「シスター・ナナエラ?」


声をかけると、ナナエラは頭を下げたまま話始める。


「エレノア様、ノアの件、本当にありがとうございました」


その言葉に更に焦ってしまう。


「頭を上げてください。お礼の言葉は既に手紙でたくさんいただきましたわ。それに、結局わたくし自身は大した事は出来ていないのです」


ノアの件は父や兄、ジェーンたちが頑張ってくれた結果だ。

わたしは事態を引っ掻き回して大事にしてしまっただけ。

そのことは詳細にとはいかないまでも、ナナエラへあてた手紙には正直に書いていた。

しかしさすがにクレアやテイラー夫人のこと、公爵のことなどはナナエラには伝えていない。

わたしはそれらのことを考えればすべてがうまくいったと言えないように思うのだ。

だからこそ、面と向かってこのように頭を下げられると弱ってしまう。

そう思って否定するのだが、ナナエラは頭を上げようとしない。


「いいえ、エレノア様。私は貴方様のお陰だと思っております」


「わたくしは本当にそんな大した人間ではありませんわ」


「いいえ、いいえ」


取り付く島もないとはこういうことを言うのだろうか。

暫くは頭を下げたままのナナエラと、焦るわたしのやり取りが続いた。

そうしているうちに、食事が終わった子供たちが午後の作業のために外へ飛び出してきてしまった。

ナナエラがその状況に気づいて頭を上げてくれたことで、わたしはやっと息を吐くことができた。


「貴方のお気持ちは十分に伝わりました。この件に関して感謝の言葉をいただく必要はこれ以上ありませんわ。それに・・・今回は一方から見ればうまく事が運んだように見えているでしょう。でも、他方から見てもそうだと言えるかはわかりません。数年経った後に良かったと言えるかもわからないのです」


静かに伝えると、ナナエラは困ったように眉を寄せた。


「それでももし、貴方がわたくしに対して感謝の気持ちを持っていただけるのあれば、一つお願いがあります」


「なんでもおっしゃってください。私で出来ることであれば何なりと」


食い入るように見つめてくるナナエラに、わたしはにっこりとほほ笑んだ。





帰路、わたしたちは一様に子供たちとの触れ合いと心地よい疲労感により笑顔となっていた。

それはテイラー夫人も例外でなく、往路の悲しそうな笑顔からやや朗らかなものになったように見受けられた。

彼女にとって少しでも気分転換になったのであれば、本当に良かったと心から思う。

本日植えた苗や種は、一か月ほどで花をつけ出す予定だ。

わたしたちはその頃にまた教会を訪れることを子供たちと約束した。

今から色とりどりに咲く花が楽しみで仕方がない。

それにわたしにはもう一つ楽しみがある。

ナナエラへのお願いを思い出し、暫くはにやにやと笑うのが止まらなかった。




 

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