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それから、わたしは毎日ノアに会いに行った。
最初ノアは自身の境遇とわたしの環境の違いを感じる度に癇癪を起すことも決して少なくはなかった。
そうなるとわたしに危害が及ぶことを懸念したエミリやジェーンにすぐに部屋から追い出されてしまうのだが、わたしは懲りずにまた次の休憩時間になるとノアを訪れた。
ゲームの設定どおりなのか基本的に素直な性格である彼は、癇癪を起した後、やや申し訳なさそうな顔でわたしの訪問を受け入れてくれる。
仲直りは早い方がいいという考えのわたしはそのノアの性格に甘えて、次第に自由時間のほとんどをノアの部屋で過ごすようになった。
そうしているうちに、ノアはだんだんと声が出しやすくなり会話をする体力もついてきた。
一緒に過ごす時間が増える中で、ノアからは様々な話を聞くことができた。
その中で最も驚いたのは、どうやら生まれながらにしてノアの魔法の力が強かったということだ。
しかし、赤ん坊の頃からノアに興味を持たなかったクラーク夫妻は、当然ノアが子供のころから魔法が使えることやその力の強さについて知らない。
もしこのことが事実であるならばクラーク夫妻の研究である「ストレスによる魔力増幅」は無いと言えるのかもしれない。
ただ、魔力増幅は多くの人の求めることであるが、研究内容が「子供にストレスを与える」という内容であるだけに、その真偽はわからなくていいことだとわたしは思っている。
「家に一人でいるときに、暇つぶしで魔法を使っていた」
「複数の土人形を作って同時にそれぞれ別の動きをさせたりして遊んでいた」
一人だったからこそ、おもちゃなどを与えられなかったからこそのことだとは思う。
理由それ自体は悲しい話であるのだが、内容は驚くべきものだ。
実際に小さな土人形を出してもらったことがあるが、ノアの念じる通りの動きをスムーズに行うことができ、これを複数同時に操作することができるという事実にただただ驚いた。
ノアはさも簡単なことのように言っていたが、これだけのことを出来る人はいったいこの国に何人いるだろうか。
土の魔法持ちの人口は魔法持ち全体の中でも多い方ではあるが、力が強い者は珍しいとされている。
その中でこれだけ高い能力を持っているということをあの両親が気づかなかったのは、ひとえに彼らがノアに興味が無かったからだ。
ノア自身も比較する対象が無かったこと、魔法を見せる相手がいなかったことから、それが魔法なのかもわかっていなかった。
その力が強いのか弱いのかすらも・・・。
自身の力がどうやらほかの人も同様に持っているものではないらしいと彼が初めて考えたきっかけは、たまたま揃って家に帰ってきた両親と久しぶりに会ったことだったと言う。
話を聞くに、タイミングとしてはおそらく夫妻が爵位を与えられた頃であろう。
ノアが言うには両親が揃って帰ってくることは珍しく、とても驚いたそうだ。
基本的には母親が荷物を取りに帰ってくる程度で、父親はほとんど帰ってこないという。
というよりも、ノアは基本的におとなしく隠れて暮らしているために父親と顔を合わせたことがなかったらしい。
母親は稀に食事や食材を置いて行ってくれること、幼いころに世話をしてくれた祖母がその時に「母だ」と教えてくれたことから母親であるとの認識はあったそうだ。
認識はあったとはいえ母親とノアとの会話はこれまでに一度もなかったし、父親との関りは皆無。
そのためあの日事件が起きた。
久しぶりに家に帰ったクラーク氏は、突然のことに驚いて慌てるノアに対し暴力を振るったという。
理由はノアにはわからない。
もしかしたら、家に侵入した見も知らない怪しい子供だと思ったのかもしれないし、自分の子供であると認識したうえで行ったのかもしれない。
兎に角、突然に振り下ろされた拳や遠慮のない蹴りを止めるために、彼は咄嗟に土壁をつくり、大きな土人形を使って家財や壁を壊して家から着の身着のままで飛び出したというのだ。
ただ理不尽な暴力から逃げるために。
そのときに発した魔法に両親が驚いた様子を見せたため意表を突くことができたわけだが、そのことで初めてこの力が普通でないのかもしれないと考えた。
他者を知らないノアは誰もこの力を受け入れてくれない、もう二度と人前で魔法は使うまいという結論に達したというのだ。
そうして逃げ出してからすぐ、自分と同じくらいの子供たちが楽しそうにしている孤児院を見つけたのはノアにとって驚きの出来事だったそうだ。
彼にとっての世界は、たまにしか会わない母親と幼いころに亡くなった祖母と自分しかいなかった。
だからこそ、これだけ自分以外の子供がたくさんいるということ、そして自分と違って楽しそうに笑っていることは衝撃を受けたことだろう。
幸運なことに、孤児院はノアを受け入れてくれた。
ノアは楽しそうな子供たちに溶け込むために、嫌われないようにと孤児院では魔法を使えることを隠した。
この世界では魔法持ちがもてはやされているなんて想像もしていなかったのだろうから無理もない話だ。
ノアが外に出て驚いたのはそれだけではない。
自分が人とまともに交流できないということに驚き、困惑した。
最低限の挨拶や受け答えといった会話は祖母から教えてもらえたが、小さいころにその祖母が亡くなったために年相応の知識まで到達していなかった。
そのため、人に話しかけられてどうしたら良いかわからずとにかく黙っていた。
共同生活の経験もほぼ無いため、どのタイミングで話しかければいいのかもわからなかった。
根気強くシスターや子供たちが声をかけてくれたことで次第に馴染むことができたようだが、容易では無かっただろうことは想像に難くない。
ちなみに祖母が亡くなってから誰からも字を教えてもらえなかったため、その時には文字は読めなかったという。
人の優しさや一緒に何かすることの楽しさ、文字を読んだり、人と会話することの大切さ。
それら全てをノアは家族からではなく孤児院で学んだ。
ずっとここで生活したいと思い始めた矢先、両親に見つかったというのは、不運としか言いようが無い。
自分が戻れば孤児院に寄付をするとか、教会の負担が減るとか言われて仕方なく戻ったというのだが、あの孤児院に対して我が家が関わるもの以外の寄付があったというのは、少なくとも記憶には無い。
ノアを取り戻したいという両親に騙されたのだろう。
そしてそこからは魔力増幅方法について勘違いをしたままの実の母からの虐待の始まり。
虐待内容について、わたしは詳しくは聞かなかった。
しかし我が家の医師はカウンセリングの一環として聞いているらしい。
その反応から、口に出すのも憚られるような内容であるのは間違いなさそうだ。
ジェーンたちから聞いているノアの外傷からある程度の想像はつくのだが、きっとノアがあまり人に知られたくないことだろうと思い、わたし自身は医師からも聞かないことにしている。
我が家に来た時の記憶はなく、気が付いたらベッドで、目の前にジェーンがいたらしい。
遠い夢の中で女の子のすすり泣く声が聞こえた気がしたらしいのだが、それはおそらくわたしなので黙っていた。
とにかく、わたしたちが彼を助け出したことを全く知らないので、目が覚めた時には驚いて単に虐待をする方法が変わったのかと思って焦ったようだ。
今はそうでは無いとわかってくれている。
ジェーンとエミリの献身的な世話を受け、もしかしてここでは虐待されないのではないか、真に心配してくれているのではないかと少しずつ思うことができたらしい。
そしてそんな中、部屋を訪れたわたしを見て同じ年の頃の子供が元気な姿でいることが安心に繋がったというのだ。
さらには孤児院で出会った子供だとわかったことで、今は自身の両親と関りのない人たち、もっと言うと孤児院にかかわりのある人たちに囲まれているのだろうと考えることができたらしい。
ジェーンとエミリの行いがあってこそのことではあるが、ノアが安心できると考えたきっかけの一つになれたことはとても良かったと思う。




