表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/60

46





また翌日に会うという約束をしてから、ノアの体力を考えて早々に退室することにした。

久しぶりに声を出して疲れたようで途中で顔色が青白くなってしまったのだ。

無理をさせてしまったことを反省しながら、それでもノアの心のケアに一歩前進出来たようで嬉しく思った。

ノアの部屋を出ると直ぐにグスリと鼻をすする音が聞こえた。

振り返ると、一緒に退室したジェーンが涙ぐんでいるのが見えた。


「ジェーン、どうしたの?」


驚いて駆け寄ると、ジェーンは後ろを振り向いて顔を見せないようにした。


「いえ、なんでもありません」


「そんなことないでしょう、どうしたというの」


さらに聞くと、暫くして振り向いたままで小さな声で回答が返ってきた。


「ノア様が、お話になったことが嬉しくて・・・」


ジェーンはノアにずっと付き添っていたのだ。

確かに先ほどのノアの様子に感激もひとしおだろう。

そう思っていると、ジェーンは振り返ってわたしに笑顔を向けてきた。


「さすが、エレノア様です」


ジェーンの言葉に焦る。


「いえ、さすがなんて言われるようなことは何も出来ていないけれど」


「そんなことはありません。ノア様がお話しされるなんて、他の誰も出来なかったことですから」


「それは、医師(せんせい)の言っていたように単純に年齢が近いからでしょう?」


「仮にそうであったとしても、ノア様には今エレノア様がいてくださって良かったに違いありません。・・・いいえ、先ほどのことに限らず、今ここにいらっしゃること自体がそうですから」


「そんなこと・・・。わたくしなんかよりも、ずっとお世話をしてきた貴方やエミリの頑張りがあってこそ、あそこまで回復しているのだから」


「そんなことは・・・」


ジェーンは謙遜して首を振る。

そうして話していると、ノアの部屋から誰かが出てくる音がした。

振り返ると、初老の医師が立っていた。


「ノア様はお眠りになりましたよ」


「やはり疲れさせてしまったのでしょうか」


言うと、医師は首を振った。


「彼にとっては決して悪い時間では無かったはずです。私としても先程のやり取りで彼の精神状態が随分わかりました。間違いなく治療は前進いたしました。ありがとうございます」


医師の言葉と礼に、恐縮してしまう。


「良かったわ。これからもノアのことお願いしますね」


そう言って、医師に挨拶をして早々に立ち去る。

今世では健康そのもので、我が家かかりつけの医師とは今回のノアの件があるまではほとんど話をしたことが無かった。

前世から根付いている医者や病院に対するイメージがそのままなので、なんとなく苦手に感じてしまう。


ノアとわたしの部屋同士は近いので、わたしの部屋までは歩いてすぐ。

わたしを部屋に送り届けるとジェーンは他の仕事に戻っていった。

夕食までのわずかな時間、わたしはいつも通り自室で一人過ごすことにした。

そうしてあいた時間で考えるのはノアのこと。



以前ゲームのことを書き留めたノートを持ってきて、椅子に座る。

パラパラとめくって、ノアについて記したページを開くと溜息が漏れた。

ゲーム『マジック☆カルテット』ではノアについてこんな暗い過去を持つ描写は無かったと記憶している。

ノートにも、髪や瞳といった外見的特徴と名前以外には「無邪気」「素直」「可愛い」「ショタ」と書いてある。

家族のことや、過去のことは何もメモしていなかった。

そう、ノアは単純に可愛いショタキャラだったはずなのだ。

それなのに彼のこの虐待という状況はどうしたことだろうか。

ゲームとこの世界とは似ているが異なるということを示しているのだろうか。

いや、描写がないだけでノアの裏設定としてあったのことかもしれない。

『マジック☆カルテット』はその難易度からそれほど人気が出なかったようで、ファンディスクも続編も出なかったし設定集も出なかった。

このゲームがわたしにとって初めての乙女ゲームだったのだが、物語を深堀するためにネットで検索するよりも、他にどんな乙女ゲームがあるのかな、もっとキュンキュンできる乙女ゲームないかな、と興味がどんどん移ってしまって・・・。


「この世界に転生するのなら、もっとしっかりと設定を調べて読み込んでおけば良かった・・・」


今更言っても仕方のないことだけど、悔やんでも悔やみきれない。

ノアにとってもっと幸せな解決方法があったのかもしれないのに、わたしが介入したことによりそれが変わってしまった可能性だってある。

皆はノアの生命がギリギリだったと言っていたけれど、わたしが連れ出さなくても他の誰かが助け出していたかもしれない。

例えば、話に聞いた彼の祖母の友人とか、シスターをはじめとした教会の人とか。

わたし以外にも彼を心配している人はいたのだ。

ゲームのノアは暗い過去を感じさせない無邪気で素直な少年だった。

わたしが関わらない方が彼は幸せになれたのではないだろうか。

考えれば考えるほど、ありえそうな話でわたしは震えた。


わたしの介入によりこれから彼は虐待の記憶をどう自分の中で処理して成長していくのだろうか。

まだクラーク男爵の件は解決していないし、今後それがどう展開するのかはわからない。

それに、ノアがこれからどうやって生活していくのかも子供のわたしにはわからないことだ。


ただ一つ言えるのは、中途半端に関わって途中で放り出すつもりは毛頭無いということだけ。


彼に関しては、ゲームの関係者、しかも攻略対象の一人だからと避けるつもりはもう無い。

ノアのために何ができるのかわからないけど、ここまで関わったのだから彼が本当の意味で回復するまでわたしに出来ることはしたい。

クラーク男爵のことは父や兄に任せる他にわたしに出来ることは無いだろう。

だからその分、ノアの心のケアに尽力したい。

わたしはそう考えて、ノートを閉じた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ