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母の言っていた通り父は夕食の時間までに帰ってきて、時間通りに父と母とわたしの三人が食堂に揃った。

兄はここ数日帰ってきていない。

クラーク男爵の調査で出たきりだ。


席について食事を始めると、わたしが話を切り出す前に父が口を開いた。


「エレノア、リリーから話を聞いている」


その言葉に母に視線を動かすと、母はにっこりとほほ笑んだ。

さすが、仕事が早い。

わたしは父に視線を戻し、頷いた。


「男爵家とのことだが、真にお前がこれ以上関わらないと言うのであれば、現状と今後のことを伝えても良いと思っている。・・・約束できるかな?」


「はい」


わたしが即答すると、父は少し表情を緩めた。


「良いだろう。ではまず現状だが・・・男爵がノアがいなくなったことを公にしていないということは前に言ってあったね?」


「はい。ノアを連れ出した翌日に」


頷くと、父は顎を触って考えるそぶりをした。


「実はあれから、状況は変わっている。今はノアがいないことを公言しているんだ」


「そうなのですか?」


聞くと父は頷いた。

やはり母は聞いていたらしく、驚いた様子はない。


「ただ、我が家が関わっている可能性については口にしていない。公言しているのは、ノアがいなくなったという一点のみ」


「それはなぜでしょうか」


「我が家が侯爵家であるために、ノアを連れ出したのがお前だと言う証拠がないまま騒ぐことができないというだけだろう。大方それもバレル公爵あたりに助言されてのことだろうがな。そうでなければあの男爵のことだ、立場など気にすることは無かっただろう」


爵位に固執していない上、もとより礼儀も無いというあの男爵らしい。

そう考えると却って出方が予想できない厄介な相手だとも言える。


「ただ、実はあの日に我が家の誰かがクラーク男爵邸を訪ねたという噂が何処からかたっている。クラーク男爵や夫人が口外した様子は無いのだが。単に我が家の馬車が男爵邸に止まっているのを見た者がいて噂を広めたのかもしれないし、バレル公爵あたりが手をまわしているのかもしれない」


「・・・わたくし、馬車を降りるときは男爵邸の前に止めました。早計でした」


またしてもわたしの行動によって我が家に迷惑を掛けてしまった。

わたしは悔しさに唇を噛み締めた。


「いや、過ぎたことはもういい」


父はそう声をかけてくれたが、その言葉がわたしの心を軽くすることは無い。


「この二つの情報からノアの失踪に我が家が関わっているのではと勘ぐる者も少なからずいるのは事実だが、証拠が無い以上それもほんの一部のこと。気にする必要はない」


「でも・・・」


「それに、もしノアを連れ出したのかと問われれば私がした事だと肯定するつもりでいる」


父の発言に、わたしは飛び跳ねる程驚いた。


「お父様?」


「お前の行いは親である私の責任だ。その罰なら私は喜んで受け入れる」


わたしは言葉を失った。

あの時、一度家に帰ってから父に相談していれば違ったかもしれない。

時を戻せるのなら戻したい。


「そんな顔をしないでくれ、エレノア」


その言葉に顔を上げると、いつの間にか滲んでいた涙で父の顔がぼやけた。


「でもお父様・・・」


「心配するな、エレノア。私は何も黙って罰を受けるだけになるつもりは無いよ。こちらもお前やノアへの非道な行い、これまでの彼らの研究方法についてのことなど、色々と追求してやる準備をしている。あちらが騒げばこちらも叩く準備はしているということだ。そう簡単に潰れてはやらないさ」


父の笑顔がよりわたしの胸を締め付けた。

何も言わないでいると、母が優しい声でわたしの名を呼んだ。


「お父様を信じて。決して貴方を悲しませたりはしないわ」


「お母様・・・」


「とは言え、こんなことを突然言われれば不安に思うのも当たり前よね」


そう言うと、母は隣に座る父に冷たい視線を向ける。

その視線に父は怯えた様子で肩を竦めてみせた。


「安心させたくて言ったつもりだったんだが・・・」


「逆効果よ」


両親のいつも通りの様子に、ほんの僅かだが心が穏やかになる。

そうしていると、父が再びこちらに視線を向けてきた。


「エレノア、すまなかったね。でも大丈夫、ウィルからも良い報告が来ているんだ」


「お兄様からはどんな報告があったのですか?」


わたしは縋るようにその情報に食いついた。

父が有利になる情報であることを願う。

そんなわたしの気持ちを察してか、父は笑顔で答えてくれた。


「これまでに研究協力を行った者数人と実際に会えたらしい。やはり意識不明や容体が思わしく無い者が大半であったようだが、喋れる者がいて話を聞くことができたらしい。しかもそれだけでなく、研究方法の証人となってくれそうだと報告が入っている」


「それは朗報ですね。でもそんなに容体が悪い方がたくさんいらっしゃるなんて・・・」


シーツに包まれたノアを思い出し、わたしは胸が痛くなった。

父は同意の意味で頷いた。


「ああ、本当にね。どんなに素晴らしい研究だとしても、そういった多くの犠牲の上にあるとわかるとやはり辛いよ。研究のためにある程度のことが許容できたとしても、男爵のやり方は明らかに度を超えているからね」


同感だ。

母も渋い顔で黙って話を聞いている。


「ウィルが証人とともに到着した時点で、私たちは行動を起こそうと思っている。近々騒がしくなるかもしれないが、それが落ち着くまではお前は大人しくしているように。いいね」


あくまでわたしを表に立たせて争うつもりは無いのだろう。

守られている。

子どもであることが辛いとこれほど感じることがあっただろうか。

わたしが渋々頷いたのを確認し、父はそれでも満足そうに笑った。


この話はこれで終わりと判断したのか、母が明るい声で話題を変えた。


「そうそう、エレノアちゃん。ノアに会いたいと言っていたわわね」


「はい。随分容体が回復していると聞きましたので。許していただけますか?」


尋ねると、父は少し考えてから頷いた。


「いいだろう。ただし、ジェーンと共に訪ねなさい。ジェーンは普段ノアの世話をしているから少しはマシだろう」


「ありがとうございます。でも、マシとはどういうことでしょうか?」


聞いたが、その質問に父も母も答えてくれなかった。

微妙な笑顔だけを向けられ、真意がわからない。

しかし、取り敢えずは認めてもらえたので、早速明日にでもノアを訪ねてみようと思った。





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