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クラーク邸から戻ると、両親が待ち構えていた。
泣き腫らしたわたしの目と、縛られた跡の残る手足を見て、母は何も言わずにわたしを抱きしめた。
レオからの報告で状況を知った父は、珍しく怒って、その後母と一緒に抱きしめてくれた。
わたしは無茶をしないという約束を破ったことを詫びて、また涙を流した。
早めのお風呂をいただくと、いつも身支度に来てくれるジェーンではなく他のメイドが部屋へやってきた。
ジェーンでないことに疑問を持ち、理由を尋ねると、ジェーンはメイド長のメアリと共にノアの世話をしているという。
ノアの状態が気になったが、メアリとジェーンなら間違いが無いだろうと少し安堵した。
そして身支度が終わって落ち着いた頃、丁度夕食の時間となった。
食堂に行くと、既に全員揃っていた。
兄はわたしが食堂に入ったのに気づくとすぐに立ち上がってわたしのところに駆け寄り、抱きしめてくれた。
心配をかけたのだろう、少し肩を震わせている。
「お兄様、心配をおかけしてごめんなさい」
「一人で行かせなければ良かった!とにかく無事で良かった!」
「ありがとうございます」
無事を喜んでくれているのは嬉しいのだが抱きしめる時間が非常に長く、それは見るに見かねた父に引き離されるまで続いた。
食事の間はわたしを気遣ってか誰も今日のことを話題にせず、他愛のない話をしながら和やかに食事を終えた。
しかし、いつもならそれぞれ部屋に帰って行くのに今日は食事が終わっても誰も席を立たない。
それらは全て家族みんながわたしのことを心配しているからだと感じた。
そして、心配をかけた家族に今日のことをちゃんと謝罪しなければいけない。
謝ることが沢山あるのだ。
「少しだけ、お時間いいですか」
わたしが口を開くと、皆待っていたと言うようにこちらに視線を向けてきた。
わたしはそれを了承と取り、立ち上がって深く頭を下げた。
「申し訳ございません!今日のこと、沢山お詫びしなければいけません」
突然立ち上がったため、驚いた母が直ぐに座るよう促してきた。
立ったままでは話を聞いてもらいにくいかと思い、言われるまま黙って座る。
「俺はお前が無事に帰ってきたことで全て帳消しなんだけどな」
「そうよ、エレノアちゃん」
兄と母が優しく声をかけてくれるが、わたしは首を強く振った。
「いいえ、謝りたいのは言いつけを破って無茶をしたことだけでは無いんです。ノアのことです」
わたしが言うと、両親は目を合わせ、兄はああと声を上げた。
「ノアの様子を見てくるだけのつもりだったのに、こんな攫ってくるような真似をして・・・短慮でした。今回のことはお父様が昨日おっしゃっていた家や領に迷惑がかかることです。申し訳ございません」
言うと、父は兄に向けて話しかけた。
「ウィル、お前ならノアをどうした?」
「俺?まぁノアを連れて帰るかな」
今度は母に視線を移す。
「リリー、お前はどうだ?」
「そうねえ・・・やっぱり同じ事をしたかしらね」
兄と母の返答に驚いた。
さらに驚いたのはその後の父の発言だ。
「私も同意見だ。どうだ、同じ立場にあったとき恐らく家族全員が同じ事をする。それなら、今回の事は連帯責任ということで良いのではないかな」
「お父様・・・」
重かった気持ちが少し浮上するのを感じたが、やはり家族が皆わたしに甘いのも事実。
わたしは何らかの形で今回の分を家族に返していかなければいけないと心に留めた。
そう考えていると父が神妙な顔をして話を続けた。
「それに先程ノアの様子を見てきたが・・・あれは決して放っておける状態ではない。今日助け出さなければ危険だったかもしれない」
「そんなに酷いんですか?」
聞くと、今度は母が頷いた。
「私もさっき一緒にノアのところに行ってきたのよ。・・・酷かったわ。自分の子どもになぜあんなことができるのかと驚いてしまう程よ。身体中傷だらけ。食事も水も碌に与えられていなかったみたいで、痩せて脱水症状になっていたわ」
「・・・酷い」
言葉を失った。
レオがわたしに見ないように言ったのも納得だ。
「今、エミリとジェーンが世話をしている。医師にも診せたが回復まで暫くかかるだろうと言われたよ」
「そうですか・・・」
わたしは瞳を閉じてノアの回復を強く願った。
兄はそんなわたしの気持ちに気付いたのか、隣から手を握ってきた。
同じ気持ちだと言ってくれているようで嬉しくなる。
暫くそうしていた兄は、手を離したあとに口を開いた。
「これだけ関わったんだからもう今更遠慮するつもりは俺には無いんだけど、いいかな」
凛とした声に驚いた。
父がどういうことだと続きを促した。
「男爵だから、注目されている研究者だからと遠慮してたけど、ノアへのこの仕打ちは目に余る。これでは研究対象になっているというクレア嬢も心配だよ。早急にこの研究を終わらせる必要があると思う」
「それには同意するけど、どうするつもりなの?」
母はクレアの名前が出て表情を硬くした。
「俺、暫くバレル公爵領に行くよ。直接行って調べる。せめてこれまでの研究協力者の証言さえ取れれば、いかに男爵の研究方法が酷いものかを証明できる。本当は被害者であるノアが証言してくれれば早いのかもしれないけど今の状態じゃ無理だし」
「そうね。それにノアの場合は夫人だけだったとか、怪我は躾の結果だとか、男爵はいくらでも言い逃れしようとするかもしれないものね」
兄は頷く。
「父上、暫く仕事を離れること、勝手な行動を取ることを許してくれますか」
兄の言葉に、父は直ぐに頷いた。
「いいだろう。その件はお前の思うようにやりなさい。ただし・・・くれぐれもバレル公爵のことは私に任せること。お前にはまだ難しい相手だからね」
釘をさすのを忘れなかったが、許しを得て兄は奮起した様子だ。
「暫くはクラーク家から何か言ってくる可能性があるが、そのことは私が対処する。リリーとエレノアはいつも通りでいなさい」
「はい」
「エレノア、いつも通りと言うのは、暫く外出禁止ということだからね」
「・・・はい」
やはり怒ってらっしゃる。
でもこのことは、クラーク夫人に襲われたわたしを守るためのものでもあるだろう。
わたしは素直にこの父の発言を受け入れ、今度こそはこの約束を破るまいと心に決めた。




