閑話4
プレゼントを検討するにあたって、彼女のこと、そして彼女が好きな花のことを考えた。
すると自然とあの薔薇を思い出した。
花には詳しくないが、あの薔薇のことはよく覚えている。
自身と同じ名を持つあの花を模したアクセサリーなら、きっと彼女も喜ぶだろう。
そう考えて、母のところに尋ねてくる商人に僕も会うことにした。
母に願い出て時間を作ってもらったのだ。
商品を見せてもらったが、イメージに合うものは無かった。
すると、どんなものを探しているのか、作ることも出来ると言われた。
アクセサリーを買うなど初めてのことで、そんなことが出来るのかと驚いた。
感心しながら口頭で希望を伝えると、その場で絵にしてくれる。
その能力に驚いたが、絵を見てさらに驚いた。
僕の考えていたものよりも数倍素晴らしいものだったからだ。
「色は青が良いのだが、中央の方は深い夜のように濃く、外にいくにつれてどんどん薄くなるようにしてもらいたい」
イメージを伝えるのに頭に浮かべたのは、彼女の瞳だ。
このデザインで、あの瞳のように深い青が出せれば言うことが無い。
「畏まりました。次回窺う時までに作ってまいります」
「よろしく頼む」
そう言って見送ってから出来上がりが楽しみだと思っていると、行商人との話を隣で見ていた母がニコニコと笑顔を向けてきた。
「母上、なんですか」
「いーえ、何もないわ」
「何もないと言う顔ではありません」
「だって・・・」
うふふと笑う母はそれ以上言おうとしなかったが、表情の方が雄弁だ。
何も言われないのでこのままにやにや見られるのであれば、自分から言う方が良いだろう。
「エレノア嬢の誕生日に贈るものです」
「あらー、そうなの?」
僕があっさりというと、母はわざとらしく驚いて見せる。
僕は溜息を吐いた。
「随分可愛らしいものを作るのね」
「まあ・・・誕生日なので」
「誕生日はいつなの?」
「・・・冬です」
言うと、まあまあと母はさらに笑顔になった。
「まだ夏よ、ずいぶん先じゃない!待ちきれないのね!」
「早めに準備をしているだけです」
母は新しいおもちゃを見つけた子どものようだ。
僕をからかうのが楽しいらしい。
からかわれるついでに、女性の意見を聞こうと開き直ることにした。
「あのデザイン、母上はどう思いますか?」
「とても可愛いと思うわ。あとは出来上がり次第ね」
「そうですか・・・」
少し安心する。
自分の頭にあるデザインが女性にうけるのか、これまでのことから全く自身が無かったのだ。
そうして、母にからかわれながら依頼したプレゼントは、数か月して無事出来上がった。
出来上がるまで思ったより日にちがかかったので、早めに手配した自分を誉めたくなった。
口頭で伝えただけだったが、イメージそのままの色合いで出来上がったそれは、可愛らしくレースやパール、ダイヤなどをあしらわれていて思いのほか華やかなものになっていた。
まるで彼女のようだ、と思った。
母と友人に見せたところ、二人からも褒められた。
これなら問題は無いだろう。
誕生日の直前までそれは大切に仕舞っておいて、誕生日のその日に届くように手配した。
自信をもって贈ったそれには勿論カードを添えた。
直接お祝いを言えないことを謝罪しつつ、あの薔薇を模して作ったのだという事を書いた。
自信があったものの、やはり返事が来るまでは不安になるもので。
数日後に届いた手紙にはこれまでになく飛びついた。
恐る恐る見た手紙には、プレゼントを喜ぶ文面が書かれていた。
彼女のことだ、気に入らなくてもそうそう正直に手紙に書いたりはしないだろうが、この前の溜まりに溜まった不満を吐き出した手紙のこともある。
とりあえずはホッとした。
本当の感想は、次に会う時に聞けばいいだろう。
そう考えたとき、次、とはいつだろうかと思った。
暫く会わないように、とは考えていたが、その暫くとはいつまでだろうか。
自分が忙しいのは事実だが、実は一日ぐらいなんとかなるのだ。
本当は誕生日だって直接持って行くこともできた。
ただあの手紙からずっと会っていなかったのに、プレゼントを持って行ってどんな反応をされるのかが怖かったから避けただけのこと。
惚れさせるためには、このままじゃいけない。
会うタイミングも大切だ。
僕の誕生日は夏の終わり。
前は彼女からカードと花が送られてきたが、それだけだった。
次の誕生日に招待するというのはどうだろうか。
でもプレゼントを贈った僕が自分の誕生日に彼女を呼ぶのは、なんだかプレゼントを要求しているようで嫌だ。
他に何かないか。
そう思った時に、ふとあの薔薇を思い出した。
そうだ、あの時。
あの馬車の中で、次の約束をしていたじゃないか。
あの薔薇を見に行くと。
春だと言っていた。
それであれば、これから春に薔薇を見に行くと手紙に書くのはどうだろうか。
元から約束していたことだし、冬の間に伝えておけば、彼女の嫌う急な申し出でもない。
名案だと感じて、心が躍る。
もしかしたら、まだあの友人の言うように、嫌な記憶が無くなるまでには十分な時が経っていないかもしれない。
もしそうであるならそもそも断ってくるだろうし、行くことになったとしても彼女の様子によってはすぐに帰ればいいだけのこと。
そう考えて、出来る限り楽観的に考えることにした。
さっそく手紙を書くことにした。
約束だから手紙を出すのはもう数日おいてからにするが、書くのは気持ちが乗っている時の方が良い。
手紙には、薔薇の見頃を問うことと楽しみにしていることを書いた。
日程は彼女の指定を待とうと思う。
出来る限り彼女の希望を聞かなければ、また嫌われてしまうと考えたからだ。
彼女を僕に惚れさせるのは簡単じゃない。
僕はあの手紙が届いてからというもの、1日の中で随分な時間を彼女のことを考えて過ごしていることに、全く気づいていなかった。




