閑話3
「どうした、リアム。暗い顔をして」
友人の一人に声を掛けられた。
最近は訓練や学習が分刻みで組まれているので暇はないのだが、それでもこの友人はお構いなしに突然やって来る。
今日は少しの休憩を自室で過ごそうと戻ってきたところに、すでに部屋で待ち構えていたこの友人に捕まった。
我が王宮の警備とは何なのかと問いたくなるが、この友人とは生まれた時からの仲なので僕も気を許している節がある。
彼が僕の予定を全て把握しているらしいことも、同じ理由で許してしまっている。
決まって僅かな休憩時間の中でも比較的余裕があるときにやって来るところを見ると、それでも多少気遣ってくれているのかもしれない。
ただ、開口一番に暗いと言われればさすがに良い気はしない。
しかし表情が暗いであろうことは確かだった。
僕はこれ見よがしに溜息を吐いて見せた。
「君の助言が全て裏目に出たのさ」
言うと、不思議そうに首を傾げられた。
「以前、婚約者と仲良くなりたいと相談しただろう」
「ああ、そんなこともあったな」
「その相手から、手紙の頻度を減らせ、プレゼントはいらない、急に誘うな、狩りの話はおもしろくないと散々な手紙をもらったのさ」
言うと、友人は噴き出して大笑いした。
「なぜ笑う」
あまりのことに怒って問うと、友人はすまないと呟いた。
「こんなに裏目に出るとは、正直思わなかった」
長い付き合いでその言葉は真実だと思うが、笑ったことは許せない。
僕が許していないという態度をとると、友人は取り繕うようにして僕の顔を覗き込んだ。
「悪かったよ。それで?お前はその散々な手紙になんて返したんだ?」
明らかに面白がっている風だが、僕は正直に答えた。
「了承と詫びの手紙を出したよ。それ以降は彼女が手紙を送ってくるのと同じ位の日数をあけてから返信するようにしている」
「お前、真面目だな」
やはり笑われた。
「そうは言うが、それではそれ以外にどうすれば良いと言うんだ」
問うと、友人は少し考えた後で肩を竦めた。
「ほら見ろ」
僕は言い捨ててそっぽを向いた。
「まあ、俺たちはまだまだ子どもなんだし、これからまだ挽回する機会もあるさ」
「・・・そんな機会、あるだろうか」
確かにあの日、彼女は僕に気を許してくれたと思ったのに。
上手くいったと思ったのに。
すぐにあんな手紙が届くなんて誰が予想できただろうか。
あの日のことが全て失敗に終わったというのであればあの手紙の内容も頷けるというものだが、決してそうではなかったはずだ。
そう考えて、頭を掻きむしりたくなった。
女の気持ちは本当によくわからない。
「例えば、彼女の誕生日にプレゼントを贈るというのはどうだ?婚約者なのだから自然なことだろう」
「・・・プレゼントはいらないと言われた」
「誕生日プレゼントは別さ」
成程、まあ一理ある。
「それから、暫くは会わないことだな」
忙しいために実際すでにそうなっているのだが、その助言の意図がわからない。
「なぜ?」
「悪い記憶は忘れるもの。そういうふうに人間はできてるって話だ。時間を置くことで良い記憶だけ残るのであれば楽じゃないか」
「そう上手くいくだろうか」
「いくさ、きっとね」
相変わらず楽観的な男だと思う。
ただ、自然とそうなのではないかと感じるから不思議だ。
僕は彼女の誕生日に向けて、プレゼントを検討することにした。
訓練の時間、別の友人が一緒になった。
久しぶりに会ったのだが、彼からも婚約者とのことについて聞かれた。
相談に乗っていたから気にしてくれていたのだろう。
僕はもう一人の友人と話したことで多少心穏やかになっていたものの、この友人からの助言も結果裏目に出たのだと思い出した。
そのため恨み言の一つでも言おうと考えた。
「君の助言が裏目に出たよ」
「どういうことだよ」
もう一人の友人に伝えたのと同じように答えると、この友人は溜息を吐いた。
「お前は俺の助言を曲解したんだよ。それでは女の子の気持ちは掴めないね」
驚いた。
しかし僕は手紙やプレゼントの程度を間違っていたらしいことを教えられた時のことを思い出した。
確かに彼の助言を上手く活かせなかった。
彼女を誘って出かけろと言われたあの時、いつもと違うところを見せろとも言われた。
僕はもう一人の友人と話して狩りに行く男はかっこいいと思い込んでそうしたけど、手紙の内容からそれが間違いだったとわかった。
そのことを言うと友人は当然だと頷いた。
「女の子は狩りなんて興味ないよ。しかも取れたての獲物を見せるなんて、食欲も無くすね」
「そうなのか・・・」
「聞いていると、花を好む女の子らしい子なんだろう。無理もないよ」
友人の言葉に、僕は言葉を失った。
失敗だ。
なんだかもう一人の友人よりも、女の子のことに関してはこの友人に聞く方が良いような気がしてきた。
それでは、ともう一つ相談を持ち掛けることにした。
「彼女の誕生日にプレゼントを贈ろうと思うのだが、どう思う?」
「誕生日に贈り物をするのは良いね。何を贈ろうと考えているの?」
「花、かな。でもこれまでにも散々贈ってしまったし・・・」
頭を悩ませると、友人はやれやれと言った様子で肩を竦めた。
「花が好きな子だから花を贈るっていうのは良いと思うけど、誕生日なのだからもっと工夫をしないとね」
「じゃあ、どうすれば?」
「簡単だよ、これまでには菓子か花しか贈っていないんだろう?」
問いに頷く。
「それならアクセサリーを贈ればいい。花を使ったものであれば特別感もあるし、身に着けてもらえるんじゃないか」
「重くはないだろうか」
「何言ってるんだ。婚約者だろう?毎回贈るのはどうかと思うが、誕生日くらいいいだろう」
「成程・・・そうか」
「そうさ」
自信を持って言われると、そうだという気がしてくる。
今回は両方の友人から誕生日の贈り物を勧められたので、間違いがない気がする。
今度は曲解は無いはずだ。
僕はそれでも少し自信がなく、この友人にお願いを付け加えた。
「もし贈るものが決まったら、一度見てもらえるだろうか」
友人は驚いた顔をしたが、笑顔で了承してくれた。
「失敗したくないんだな」
「当然だろう」
当然だ、惚れさせなければいけないのだから。
そう思っていると、思いがけない一言を言われた。
「その子に惚れてるんだな」
「え?」
驚いて聞き返すと、友人はそんな僕の様子に少し笑った。
「いやいや、お前がこんなに必死になるなんて、惚れてるんだろう?」
「ち、違う!」
思わず否定したが、友人は信じてくれていないらしく、はいはいと軽く流されてしまった。
「違うからな、これは・・・とにかく違う!」
僕の黒い思惑を言うことができないので、否定の言葉しか出てこない。
それがかえって肯定と取られているようで癪だ。
僕は友人に誤解されていることが納得できなかったが、それ以上言うことができないのでモヤモヤした気持ちのまま過ごすことになってしまった。




