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レオは部屋に入るとすぐさまわたしの傍に駆け寄った。
わたしの状態を見て言葉を無くしていたが、すぐに口の猿轡を外してくれた。
自由になった口で深く呼吸をする。
「なんてことだ・・・。少し我慢してくださいね」
そう言うと、小さな火を指先に灯し縄を燃やしていく。
焦げたにおいと共に縄が焼け手足が自由になる。
ゆっくり起き上がると、少し視界がくらりと歪んだ。
レオがすかさず支えてくれて、ベッドから足を下ろして座った。
部屋の中にあったらしいわたしの靴をレオが足元に置いてくれた。
靴を履いてから手首の縄の跡を擦りながらレオを見ると、無理も無いことだがとても怒った顔をしていた。
「レオ、ごめんなさい」
「謝るのはこちらです。守る、と申し上げたのにこのようなことになり、申し訳ございません」
レオの怒りはわたしにではなく、自分に対してであるらしい。
優しく、責任感が強い人なのだと改めて思う。
「ありがとう・・・」
「その言葉は、是非後でジェーンに。兎に角、ジェーンが夫人の気を引いているうちにここから出ましょう」
立てますか、と手を差し出されその手を取って立ち上がる。
「私が入ってきた道順であれば、玄関にいる夫人には見つかりません」
そう言ってレオが部屋の扉に手を伸ばしたので、わたしは慌ててその手を掴んだ。
「レオ、ここを出るのであれば、ノアも一緒に」
「そんなことを言っている場合ですか」
「このまま帰ったのでは、わたくしはなんのためにここに来たというの。拘束されるため?」
「しかし・・・」
心配をしてくれていることはわかる。
しかし、わたしはこの考えを曲げる気は無かった。
「ノアは確実にこの家にいます。でも姿を見ることも声を聞くこともできていない。わたくしに対しても深く考えもせずにこのようなことをする人です。ノアが心配です。一刻も早くノアを探し出してここから出すべきだわ」
掴んだ手に自然と力が入る。
レオはわたしの目をじっと見た後、諦めたように息を吐いた。
「わかりました。でもジェーンの時間稼ぎはもうそれほどもちませんよ。無理だと判断した時はエレノア様の安全を第一に考えますので」
「ありがとう、レオ」
わたしたちは2階から順番に一部屋一部屋探すことにした。
すでにわたしを探すためにレオが何部屋か確認していることが幸いし、残りの部屋数は少なかった。
そのため、安全を考えて一緒に行動した。
基本的に人が訪れることが無いためか、どの部屋にも鍵がかかっていない。
わたしはたちは音をたてたりしないように気を付けながら、手早く確認していった。
そして2階の一番奥の部屋の前に立った時だった。
レオが扉の前でピタリと手を止めた。
「レオ?」
小声で声を掛けると、レオがしっと指を立てた。
「この部屋、僅かですが人の気配がします」
「もしかしてノアが?」
「恐らく。ただ驚かせて騒がれれば、クラーク夫人に気づかれてしまいます。ここは慎重にいきましょう」
レオの言葉にこくりと頷き、わたしはレオの後ろにくっついた。
ゆっくりと扉を開ける。
緊張が増していく。
しかし扉が完全に開いても物音一つしなかった。
わたしがレオの後ろから乗り出して、部屋の中を覗こうとすると、レオがわたしの視界を塞いだ。
「エレノア様、中を見てはいけません。どうかここでこのままお待ちください」
厳しい声で制され、わたしはその深刻さを感じて言葉に従った。
レオだけが部屋に入り、暫くごそごそと音が聞こえていた。
わたしは部屋の中の様子が気になったが見るのが怖くなってしまって、せめて出来ることをしようと思い、玄関のクラーク夫人の動向に神経を向けた。
まだジェーンが気を引いてくれているらしい。
話は堂々巡りではあるが、時間稼ぎが目的なので仕方がないだろう。
まだこちらの動きにクラーク夫人が気づく様子は無いことに安堵した。
そうしていると、うしろからエレノア様、と声を掛けられた。
振り返ると、大きなシーツにくるまれた何かを背負ったレオが立っていた。
「行きましょう。ここから一刻も早く立ち去るべきです」
その声は張りつめていて、嫌でも深刻さが増す。
わたしは頷いて、レオの誘導について行く形で階下へと向かうことにした。
十分に気を付けて歩いていたつもりだが、古い手入れのされていない屋敷の階段だ。
わたしたちの重みで軋んで小さく音を立てた。
玄関の声が止まった。
クラーク夫人に聞こえたらしい。
わたしは焦ったが、すぐさま、今は不法侵入しているレオを逃がす方が先だと判断した。
無言でわたしが出ることを告げると、レオは首を大きく振った。
「大丈夫、ジェーンもいるし上手くやるわ」
そう言って、有無を言わさず、わたしは堂々とクラーク夫人の前に出た。
「寝てしまったようですわ」
今起きましたという風を装って、ゆっくりと出ていくと、クラーク夫人が驚いた顔をしていた。
拘束していた相手がこんな風に出てくれば、当たり前だろう。
「クラーク夫人、ご迷惑をお掛けしました。わたくし、今日は帰りますわね」
「え、ええ・・・」
責めもせず何事も無かったようにしているわたしの様子に、頭がついていかないのだろう。
曖昧な返答をしている。
クラーク夫人が呆けている間に逃げようと、わたしは振り返らずにジェーンの腕をとって玄関から堂々と屋敷を後にした。
屋敷から少し離れていた場所に止めていた馬車に戻ると、既にレオが待っていた。
「エレノア様、本当に無茶をされる方だ・・・」
「ごめんなさい。でもあの時はああするのが一番良いと思ったものだから」
安心したように眉を下げているレオに、わたしは改めて謝った。
そして振り返ると、険しい表情で涙を溜めているジェーンが立っていた。
「エレノア様、その手足の跡は・・・」
「ごめんなさいね、ジェーン。でもこの話はあとでしましょう。今は少しでも早くここから離れたいわ」
それにはレオもジェーンも同意見だったようで、すぐに馬車の準備に取り掛かった。
レオは最初背中に背負っているものをどこに下ろすか悩んでいたが、わたしが馬車の中に下ろすよう指示した。
少し悩んだ様子だったが、他に場所も無いのでレオはそれに従って馬車の中にゆっくりと下ろした。
そして馬車には行きと同じくわたしとジェーンが馬車に乗ったところで、レオが御者に出発を指示した。
馬車が走り出してクラーク邸が見えなくなったところで、わたしはやっと息を吐いた。
シーツを少しだけめくると、そこには栗色の髪が見えた。
ノアだ。
シーツが小さく上下しているところを見ると、弱いが確かに息はあるらしい。
涙が一粒零れた。
そこからは、帰路、涙が止まることはなく、ジェーンはわたしの背中をずっと擦ってくれていた。




