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馬車に乗ってクラーク邸に向かう。
今回の訪問には敢えて直前に先触れを出していた。
断りを入れられる前に訪れるためだ。
ジェーンが車内に同乗しており、御者の隣にはレオが乗っている。
父の発言通り、今日は火の魔法持ちである双子が付き添ってくれることになったのだ。
クラーク邸は魔法研究所の傍にあるロアーの街の中、貴族や商家の大きな家が立ち並んでいるエリアの外れにあった。
爵位を賜ってからも家を変わらなかったと聞いていたが、十分に大きなお屋敷だった。
ただ、殆ど管理されていないらしく、塀や外壁は廃墟のようにボロボロだ。
庭についても手入れされていない木々や雑草、石ころが見られ、冬だからということが理由にならないほどに閑散としている。
言うなれば幽霊屋敷のようだ。
わたしは馬車を降りて家の前に立ったところで、ごくりと唾を飲み込んだ。
建物やその雰囲気も怖いし、これから何が起こるかわからないことも怖い。
心臓が早鐘のように打ち、手が震える。
「エレノア様」
ジェーンが落ち着いた声を掛けてくれた。
「ジェーン・・・」
ジェーンを見ると、赤い瞳が優しく向けられている。
その隣には、同じ赤い瞳が、こちらは強い視線を持ってこちらに向けられていた。
「エレノア様、私たちがついております。何があってもお守りいたします」
「レオ・・・」
レオも頼もしく声をかけてくれた。
わたしは心強く思って、少し心が軽くなるのを感じた。
「今日はまたわたくしの我儘に付き合わせてしまってごめんなさい。よろしくお願いしますね」
言うと、すぐに二人は礼をとった。
三人でゆっくりと玄関先まで進んでいき、レオがドアノッカーを持った。
わたしはふうと一つ大きく息を吐いてから、レオに視線を向けて頷いた。
それを合図に、レオはドアノッカーを鳴らした。
兄の話では、今もクラーク邸に使用人はいない。
出てくるとしたら男爵夫人であるだろう。
最初からラスボスが出てくるようなもの。
わたしは緊張しながら待った。
ドアノッカーを鳴らしてから、どれくらいたっただろうか。
もう一度鳴らそうかとレオがドアノッカーに手を伸ばした時に、レオとジェーンが同時にピクリと反応した。
レオがわたしの前に立ち、ジェーンがわたしの体を引いて一歩下がらせたのは同時だった。
驚いていると、玄関の扉がゆっくりと開いた。
「どちら様ですか」
出てきたのは、質素な服装に身を包んだ女性だった。
訝しむような目線は、わたしたちを無遠慮に値踏みしている。
すぐに危害を加えられることはないと判断したジェーンが、わたしを包んでいた腕を緩めたところで、わたしは一歩前に進んだ。
「初めまして、わたくしエレノア・フローレスと申します。突然の訪問申し訳ございません」
淑女の礼を丁寧に行い、挨拶をした。
勿論笑顔も忘れない。
「エレノア・フローレス・・・」
女性はわたしの名前を呟きながら、わたしを頭からつま先まで見た。
「光の・・・?」
「はい、そのエレノア・フローレスですわ。先触れを出していたかと思いますが、ご覧にはなっておられないようですね」
独り言が口に出ている程度の呟きだったが、わたしは微笑みながら答えた。
女性は驚いて目を見開いた後、にやりと嫌らしく笑った。
瞬間、背筋にぞわりと冷たいものが走った。
この感覚はクラーク男爵と会った時と同じだ。
「アンナ・クラークです。主人が出ておりまして、内容を確認しておりませんでした」
クラーク夫人はやっと名乗って、礼を返してくれた。
しかし慣れていないのかその振る舞いはあまりに粗野であった。
わたしはそれに対し笑顔を返した。
「どうしてあの有名な光の魔法持ち様が我が家へ?」
ニヤニヤと笑いながら尋ねてくるクラーク夫人にぞわぞわしたが、今回は誰かの後ろに隠れるわけにはいかない。
わたしは自分を奮い立たせた。
「友人のノア様に会いに来ましたの」
「ノアに?」
わたしの発言に、クラーク夫人は嫌らしい笑みを引っ込めて、眉を顰めた。
「ノアとはどこで会ったんです」
「教会で。わたくし、母と共に奉仕活動の一環として教会に度々出向いておりますの」
嘘ではないので、すんなりと答える。
教会にいた間のことをこの人は知らない。
本当はわたしとノアは一度会っただけであるが、友人だと言い切ってしまっても、それが真実かどうかはわからないはずだ。
それならば、わたしがノアのことを知っている時点で、友人であるという発言が真実であると思うだろうと踏んだのだ。
「そうでしたか、教会にいる間に・・・」
クラーク夫人は思った通り、友人であることについて疑いはかけてこない。
「ノア様がお家にお帰りになってからは会えなくなってしまったので、こうして今日参りましたの。ノア様に会わせていただけますか?」
精一杯の無邪気な笑顔を向けてみる。
ただでさえクラーク夫人も家も不気味なうえ、冬に玄関先に立っている時点で寒いのだ。
気を抜くと表情がこわばってしまう。
クラーク夫人は少し考えた後、レオとジェーンに視線を移した。
「お付きの方が一緒なんですね」
「はい。両親が過保護なもので、一人で出歩くことはありませんの」
そうでなくても、令嬢の一人歩きは無いだろう、とは言わない。
わたしは困っています、という表情で肩を竦めて見せた。
クラーク夫人は瞳を閉じて首を振った。
「ノアは大勢いるところでは緊張してしまうので、会わせることはできません」
これは断られる流れだ。
少しでもノアの様子を知りたい。
このままでは何の情報も得られないままになってしまう。
焦ったわたしは、そうとは見せないように気を配りながらも、一歩前に出た。
「わたくしひとりであれば、お会いできますか」
「「エレノア様!」」
レオとジェーンが同時に声を掛けてきたが、わたしは無視した。
わたしの発言に、クラーク夫人は再びにやりと笑った。
「ええ、ええ勿論。エレノア様おひとりであれば、ノアを連れてきましょう」
「レオ、ジェーン。あなたたちは馬車で待っていてくれるかしら。わたくし、ノア様にお会いしてきますわ」
「いいえ、私たちはエレノア様と共に」
「レオ、それではノア様にお会いできないのです」
「しかし!」
レオとジェーンは父から話を聞いているのだろう。
心から心配してくれているのがわかる。
それでも、このチャンスを逃す手はないのだ。
わたしは肩から掛けていたストールを預けるためにジェーンに近づいた。
「ジェーン、これを預かっていてくれるかしら」
わざとらしくならない程度の声で話し、ストールを手渡す。
その際に、背を向けているクラーク夫人には聞こえないくらいの小声で呟いた。
「ジェーン、クラーク邸に入って半刻経っても出てこなければ・・・そのときはお願いね」
するとジェーンはストール越しにわたしの手を握った。
「お預かりいたします」
視線はわたしの要望をしかと聞いたということを告げていた。
にこりと微笑んでから、レオに視線を向け、レオにも笑顔を向ける。
レオには聞こえていなかったはずなので納得していない顔をしているが、ジェーンの様子から何か感じたのか、何も言わなかった。
「それでは、クラーク夫人。ノア様に会わせていただけますか」
「ええ、ではお入りください」
そうして、わたしは一人、クラーク邸へと足を踏み入れた。




