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夕食の時間になり、わたしは早速両親に王子の手紙について相談をした。
すると両親はともに表情を曇らせた。
「そう・・・王子がエレノアを見にいらっしゃるのね。約束していたことなら、お受けするしかないわよねえ」
「そうだな・・・婚約も継続しているし、本来は断る理由もないからな」
「そうですわよね・・・」
両親の言葉に、あからさまに項垂れた。
わたしたち3人の諦め顔と溜息に、兄は不思議そうな顔をしている。
「王子が来るってだけで、なんで皆そんなに嫌そうなんだよ」
兄はわたしの婚約に対する気持ちを知らない。
むしろ手紙のやり取りが続いていることから、円満だと思っている節がある。
当然の疑問であるだろう。
でも今、兄にまで説明する必要は感じられない。
わたしが何も言わずにいると、母が兄の言葉を無視して話を始めた。
「エレノアの咲き始めはあとふた月というところね。見頃はそのさらに半月後からふた月後までかしら」
「では今からふた月半後くらいにとお誘いしたら良いでしょうか」
意外と先だな。
早く終わらせてしまいたいという気持ちもある。
急に誘うなと言ったのはこちらだが、先過ぎるのも困るとは、自分のことながら勝手だ。
父は少し思案した顔をした。
「そうだな。王子のご予定にもよるだろうが、こちらから日程をいくつか提案しよう。私が居る日に来ていただきたいからね」
父は王子とわたしがふたりきりにならないように考えてくれているのだろう。
相変わらず過保護だとは思うが、今回の場合は非常に助かる。
「はい。ではお父様のご予定が分かり次第、教えていただけますか。その上で王子にお返事を出しますわ」
「ああ、早急に確認しよう」
力強く頷いてくれ安堵する。
すると、さらに母がにっこりと微笑んだ。
「薔薇をご覧になりにいらっしゃるのだから、私も居るようにするわね。せっかく来ていただくのだから、せめて失礼の無いようにお手入れだけはしっかりしておかなくちゃ」
「お母様・・・ありがとうございます」
わたしがお礼を言うと、母は優しく微笑んでくれた。
「あら、薔薇を育てているのはあくまで私の趣味なのだから、それをご覧になりたいとおっしゃるのであれば当然のことよ。だからエレノアちゃんは気にしなくていいの」
母もわたしが王子とあまり一緒にいなくて良いように考えてくれているらしい。
さらにわたしが気にしなくて良いようにとも気遣ってくれていて有難い。
王家との婚約に対して、本人だけでなく父母までこうも乗り気でないのは珍しいのではないのだろうか。
まあ当の本人であるわたしが嫌がっているからこそなのだろうが。
とにかく、両親としては表立って反対したり断ったり出来ない代わりに親密になる機会を潰す方向で考えているようだ。
両親が味方でいてくれる事はこの上なく心強い。
わたしたち3人だけで話を進めていて、兄はよくわからないという顔で、わたしたちを交互に見回している。
「え、何?俺もその日居た方がいい?」
会話に混ざろうとでも考えたのか兄がおどけて言うと、両親は冷めた目を兄に送る。
「お前はどちらでもいい」
「いいえ、ややこしくなるかもしれないから出掛けていてもらいましょう」
両親に即答され、兄は目に見えて落ち込んでいる。
父よ、母よ、さすがに兄がかわいそうだよ。
わたしは心の中で兄に謝罪する。
両親としては王族に対して不敬とまでは言わないまでも、躱すような態度を取る場面に、世継ぎである兄を同席させたくないのだろう。
しかし何の説明も無いためこれでは兄は完全に蚊帳の外だ。
わたしに責任の多くがあるため申し訳ない気持ちになる。
でも兄まで巻き込みたくないのはわたしも同意見であるため、黙るほかない。
父はこの場でこれ以上この話はしないと決めたらしく、さて、と息を吐いた。
「ところでウィル、お前に任せていたあの件だが・・・報告を聞こう」
この言葉には、兄もわたしも驚いた。
父は食事の場で仕事の話を一切しない。
家族の時間に仕事を持ち込まないという父の信念があるらしい。
特にわたしの前では殆ど仕事の話はしない。
仕事の話をするのは、決まって執務室や書斎だ。
それなのに兄にそういった類の話をここで振るとはどうしたのだろうと思ったからだ。
兄はそれまでの情けない顔から緊張感のある表情に一瞬で切り替わった。
仕事モードだ。
「父上、その件は後程報告すると・・・」
兄は父の真意を探るような表情をしている。
すると、父は真剣な瞳で兄を見つめ返した。
「ここで話して問題ない。特に・・・」
父はここで言葉をきって、わたしに視線を移した。
「エレノアはそろそろ気になって仕方がないはずだからね」
その言葉に、わたしはもしや、と思った。
それと同時に、兄は合点がいったようで頷いた。
「そういえばクラーク男爵はエレノアの懸念事項だったね」
「クラーク男爵・・・!」
思わず声を上げてしまい、わたしは部屋にいる者全員の視線を集めてしまった。
わたしのこの反応に、兄は大きく頷いた。
「父上からの指示で、俺は暫く、秘密裏にクラーク男爵について調べていたんだ」
ここしばらくの間でわたしが一番求めていた話題だ。
わたしは少し身を乗り出した。
「どんな事をお調べに?」
「人となり、研究内容、その他諸々・・・とにかくクラーク男爵に関することはなんでもさ」
その言い方と表情から、多少の疲労を感じる。
父にノアの話をしてから暫く経っているが、他の仕事や自身の学習や鍛錬の時間を取りつつ、クラーク氏について調べるのは大変だったのだろう。
「ただ、この件は食事しながら話すことではないから、食後に報告するよ」
兄はそういったきり、黙々と食事を始めた。
わたしたちは兄が今はそれ以上話すつもりが無いことがわかり、兄に倣って食事を済ませることに専念した。




