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『クレア・ベネット』は攻略対象その2であるノアのルートに入った時にライバルとして登場する。

ノアと同じ年で幼馴染の令嬢だ。

のんびりした性格で少し間延びした喋り方、いつもふわふわニコニコしている少し天然な女の子だったはず。

ちなみにクレアとエレノアとの違いは、どのルートに入っても破滅しないところ。

性格も優しく、見た目も垂れ目で可愛らしく、ライバルと言ってもヒロインを虐めたりもしない。

性格がきついのも、つり目なのも、虐めるのも、どのルートにおいても全てそれらはエレノアが担当している。



攻略対象の可能性があるノアに出会った後で、ライバル令嬢と同名のクレアにも出会うなんて偶然とは思えない。

見た目と名前からいっておそらくこの女の子がクレア・ベネット(ライバル令嬢)であるのは間違いないだろう。


それにしても、ノアにしてもクレアにしてもゲームではエレノアと接点が無いはずなのに学校に入学するよりも前に出会うとは思いもよらなかった。




そう考えていると、クレアは不思議そうに首を傾げた。


「エレノア様、どうかされました?」


わたしはゲームのことを考えて頭をフル回転させていたものの、それをなんとか隠して笑顔で首を振った。


「いいえ、なんでもありませんわ」


そう言って謝ってからふたりでベンチに並んで腰掛けた。


「クレア様は研究所にはよくいらっしゃるのですか?」


尋ねるとクレアは静かに頷いた。


「クレア様もご家族の付き添いでいらっしゃっていて、今はお待ちになっていらっしゃるのかしら?わたくしはそうなのですが・・・」


「いいえ、私自身が研究室に通っているんです」


「まあ、研究をしていらっしゃるの?」


「お手伝い・・・?という感じですね」


疑問符が多少気になったが、わたしは笑顔で頷いた。


「どちらにしろ、素晴らしいことですわね。中々出来ることではないでしょう」


言うと、クレアは大きく首を振った。


「誰にでも出来ます、たぶん。わたし特別力が強いわけではないですし。だからこそのお手伝い、というか・・・」


たどたどしい話し方で、どんどん声が小さくなっていくクレアに疑問が生まれる。


「力が弱いからこその研究、ですか?」


尋ねると、クレアは素直に頷いた。


「そうです。魔力を増幅させるんです」


「まあ・・・!」


心底驚いた。

魔法持ちの誰もが魔力を上げたいと思っているに違いない。

その研究が成功すると世界の力関係が変わってしまう恐れがある。

でも弱い力しか持たないわたしにとっても、是非知りたい研究内容だ。


そういえば、ゲームのライバル令嬢クレアは魔力が強かったと記憶している。

後に研究は成功したということだろうか。


「それは夢がありますわね」


「はい。でも結構大変です。お勧めはしません」


そう言ったクレアの表情は暗い。

研究は辛いのだろうか。


「どんな研究内容なんですか?」


思わず心配して聞くと、クレアは首を大きく振った。


「言えません。ごめんなさい」


言われ、わたしはハッとした。

守秘義務という事だろう。

研究途中にあることを簡単に外部に言うことが許されないのは当たり前だ。

自分の迂闊な発言に恥じ入る気持ちで謝った。


「申し訳ございません。初対面のわたくしなんかに言えるはずありませんよね。聞かなかったことにしてください」


「いえ、言えないというのはそういう意味では無くて・・・」


そうクレアは小さな声でそう言ったきり、黙ってしまった。

その表情は暗い。

わたしはそれ以上聞いてはいけないとわかっていたので、話題を変えることにした。


「このお庭、なんだか落ち着きますわね」


なんとか捻り出した言葉に、クレアは少しほっとしたような表情になった。


「はい。ここに来る時にはわたしもよく立ち寄ります」


「ではクレア様は研究の休憩の度にここへ?」


「いいえ、偶に母が来てくれるので、外でお話ししたりもします」


「お母様が?」


「はい。今は一緒には住んでいないので・・・」


その言葉にやっぱり、と思った。


「もしかして、クレア様のお母様はテイラー夫人では?」


突然の問いに、クレアは言葉通り跳ねるように驚いた。


「母を知っているんですか?」


驚きで、大きな瞳がこぼれそうな程見開かれている。

わたしは安心させるように微笑んで見せた。


「はい、先日一緒に慈善活動で教会に行きましたの。そのときにお子様がこちらに通っていてよく会いに行っているのだ、とおしゃっていたものですから、もしかしてと思って・・・」


突然ごめんなさい、と謝ったが、なおもクレアは驚いた表情をしている。


「母から聞いています。領主様の奥様と、お嬢様と教会へ行ったと。もしかして・・・」


「ええ、わたくしがそうですわ」


答えると、クレアは突然立ち上がった。


「ご無礼を、申し訳ございません。侯爵令嬢でいらっしゃったのですね」


最初にちゃんと()()()()()と名乗っていたが、どうやら聞いていなかったらしい。

もしくは「フローレス=侯爵家」とは思わなかっただけか。

話していてゲームのクレアの印象よりも利発そうに感じていたが、やはり「うっかり天然さん」であるのは間違いないようだ。


「そんなに畏まらないでください。わたくし自身が侯爵である訳でも領主である訳でもありませんわ」


苦笑して再度座るように促すと、クレアは恥ずかしそうに顔を歪めてからゆっくりと座った。


「よく母からも言われるんです。人の話はちゃんと聞きなさい、よく考えて話しなさいって。だから今日もちゃんと考えながらお話ししていたつもりだったのに、わたしったら・・・」


たどたどしかったりもしたが、それでも会話からは利発そうに感じたりしていたのだが、それは彼女がしっかりと考えながら話をしていたためらしい。

そう考えると微笑ましくなる。


「子ども同士でお話ししているだけでしょう。そんなに難しく考えなくてよろしいのでは?勿論、社交の場では別かもしれませんけれど・・・。今は子どもが二人、休憩に訪れた場所でしている他愛のない会話ですもの」


そう伝えると、クレアは少し考えた顔をしてから、少し表情を緩めた。


「母が言っていた通りの方ですね」


「え?」


「いえ、なんでもありません」


クレアが呟いたことが聞き取れず尋ねたが、首を振って否定されてしまった。

気になったが、言うつもりがないらしいことをしつこく聞く気も無い。

とりあえず、クレアが元の可愛らしい表情に戻っていたので、良しとすることとした。



そうしていると、父とハンス氏、ヘレンが視線の端に映った。


「父が来ましたわ。それではわたくしはこれで・・・」


立ち上がると、クレアも立ち上がった。


「一緒に過ごせて楽しかったです。またお会い出来たらお話していただけますでしょうか」


尋ねられ、わたしは微笑んで頷いた。


「勿論ですわ、クレア様。また・・・」




こうして、思いがけずライバル令嬢仲間であるクレアと出会った。

まさかテイラー夫人の子どもがクレアだとは思わなかったが、ゲームの印象通り良い子であるようなので会えて良かったと思う。

ゲームの登場人物である以上は彼女ともあまり積極的には関わらない方がいいだろうが、これからもわたしはここに来るだろうし、会って挨拶したり少し話するぐらいはいいだろう。

なにせ、相手は攻略対象やヒロインではないのだから。


そんな風に、自分がどんどんとゲームの登場人物との関り方についてのハードルを下げつつあることに、わたしはまだ気づいていなかった。




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