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それから数日してヘレンから手紙が届いた。
是非研究所に来てほしい、というのだ。
父に相談するとさっそく予定を調整してくれ、わたしは父と共に再び魔法研究所にやって来た。
「よく来てくれたね、エレノア様」
大歓迎の様子のヘレンのお迎えで、研究室へ向かう。
その道すがら、ヘレンは父を半ば無視しているかのようにずっとわたしに話しかけてくれる。
「あれからエレノア様の助言通りにいろいろと工夫してみたんだ。その成果を早く見せたくてさ。早速来てくれて嬉しいよ」
「そうでしたの、とても光栄ですわ」
父はそんなわたしたちの様子に苦笑しながらも、黙って後ろをついてきてくれている。
「この前の部屋とは別に、一つ部屋を使ってるんだよ。今日はそこを見てもらいたかったんだ」
そう言って案内されたのは、屋上だった。
屋上の扉を開くと、わたしは思わず声を上げた。
「素敵・・・」
そこはガラス製の温室が建っていた。
わたしの日光を効率的に取り込む、という話から、すぐに作ったらしい。
「見た目もちょっと良いでしょ、これ。ハンスの力作だよ。勿論、他の魔法持ちにも手伝ってもらったけどね」
さすがだ。
前世の世界であれば、これだけのものを作ろうと思うと、何か月も、もしかしたら何年もかかるだろう。
しかし、強い魔法持ちであれば、これを数日で作ってしまえるらしい。
「室内にいては日光を取り込めないからね。外に作っちゃった」
どうかな、と聞いてくるヘレンは無邪気な笑顔をしている。
自分たちが考え、作ったものに自信があるのが窺えた。
「ええ、とても素敵です。わたくしのイメージはもっと簡易なものだったので、想像以上ですわ」
正直な感想を述べると、ヘレンは嬉しそうに笑った。
「良かった。それじゃあ、早速中に入ってみてよ」
誘われて、わたしと父は一緒に中に入った。
中は冬が近いと言うのに温かく、少しムワッとするぐらいだった。
本当にビニールハウスのようだ。
中もイメージ通りだ。素晴らしい。
「研究室にあったものの中からいくつかをこちらに移動させたんだ。そしたら数日で研究室にあったものと違いが出てね。ハンスも納得したよ」
得意げに言うヘレンは少し子どものようだ。
わたしも嬉しくなってくる。
「これは素晴らしい成果だな」
父も元気に成長している野菜たちをみて感嘆の声をあげた。
「でしょ、領主様。エレノア様のおかげだよ」
「そんな、わたくしは何も・・・」
「何言ってるんだよ。発想はエレノア様なんだから、エレノア様のおかげなんだよ」
そう言われると照れてしまう。
あまり否定してもいけないと思い、曖昧に頷いた。
「領主様、こんな感じで研究は少しずつ前に進み始めたよ。まだ日照時間が少ないところや室内でも育てられるような案は出てないけど、今は私もハンスも前向きだから、期待しててよね」
ヘレンの力強い言葉に、父は嬉しそうに頷いた。
「期待している」
父もヘレンも嬉しそうで、わたしも嬉しくなってくる。
ニコニコと笑っていると、父がおもむろに辺りを見回し始めた。
「ハンスにも会いたいのだが、どこにいるかな」
ハンス氏を探していたらしい。
「研究室の方だよ。今から行こうか」
ヘレンの言葉に、父は頷いた。
「ああ、エレノアも行くかい?」
父に尋ねられ、わたしは少し考えた。
ハンス氏にも挨拶するべきだとは思うが・・・。
「わたくし中庭に行きたいので、そこで待っていてもいいですか」
尋ねると、父はレオにちらりと視線を移した後に頷いた。
「いいとも。中庭でレオと待っていなさい。くれぐれもレオから離れないように。少し寒いから気を付けるんだよ」
「はい、お父様」
そうして、わたしはレオと中庭に、父はヘレンと研究室に向かった。
ヘレンからは後から私も中庭に行くからね、と声を掛けられた。
ハンス氏への礼儀を考えると良くないとは思ったが、どうしてもこの中庭に来たいと思ってしまった。
前に研究所に来た時に、なぜかとても気に入ってしまったのだ。
クラーク氏と鉢合わせする可能性も過ったが、会ってしまったら会ってしまったで、もしかしたらノアのことを上手く探れたりするかもしれないと考えた。
中庭に着くと、確かにこの前よりも少し肌寒いが、相変わらず緑が生き生きとしていて心地良く思う。
一つ大きく息を吸って瞳を閉じる。
木々が風に揺れる音に癒される。
そうして心が穏やかになるのを感じながら、ゆっくりできそうな場所を探した。
すると今日はこの中庭に先客がいるのに気付いた。
この前わたしが使っていたベンチに、女の子が一人座っていたのだ。
臙脂色のワンピースを着た灰色の髪を肩口で切りそろえた可愛らしい女の子。
わたしが驚いてその女の子を見ていると、女の子もこちらに気づいて目線が重なった。
魔法研究所にわたしと同じ年くらいの女の子、という時点で、もしかしてテイラー夫人の子どもだろうかと考えた。
そう思うとこの子の大きな垂れ目もテイラー夫人譲りに見える。
同じ空間にいて、挨拶もしないのは却って気まずいと感じて、わたしは意を決して話しかけてみることにした。
女の子に近づいてみると、少し驚いた顔をしていたが、そのままベンチから動かずにわたしを見ていた。
「こんにちは。もし良かったら少しお話しいたしませんか?」
前世を含めて、初めてのナンパだ。
どのように声をかけたものか思案したが、結局シンプルな言葉しか出てこなかった。
せめて怖がられないようにと、つり目をできる限り下げて微笑んでみた。
結果、怖がらせていないとは言えないかも知れないが、女の子は黙って頷いてくれた。
「わたくし、エレノア・フローレスと申します」
「・・・クレア・ベネットです」
令嬢の礼を行うと、クレアもゆっくりと立ち上がって同じように礼を返してくれた。
クレアは大きな灰色の瞳を真っすぐにわたしに向けてきた。
灰色の髪、灰色の瞳。
この世界の中でも珍しい色合い。
そして、わたしと違って可愛らしい垂れ目。
クレア・ベネットという名前・・・。
もしかして————。
脳内のゲームの記憶を思い返す。
『クレア・ベネット』
ライバル令嬢その2だ。




