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前世の記憶が戻ってみると、これまでの違和感のすべてに納得がいった。


今となっては、自分のことを「わたくし」、両親のことを「お父様」「お母様」と呼ぶことにも違和感を感じる。

変に思われるだけだから喋り方を突然変える気はないのだが、6歳の小さな子どもがこんな喋り方をしているということに頭の中の前世の自分がムズムズしてしまう。


それにしても、だ。

ちらりと廊下に備え付けられた鏡を見る。

金色の髪は腰まで綺麗なストレート。

目は父親譲りの深い青で、少しつり目ではあるが、にらみつけたりしなければ意地悪さは薄まるように思う。

頬はうっすらと色づいており子どもらしく丁度良い血色。

唇はふっくらとしており、ほんのりと赤い。

前世の記憶がある分、自分のことを客観的に見ることができるためだろう。

自分の姿を見ているはずなのに、「さすが悪役令嬢とはいえ、乙女ゲームのキャラクターだな」という感想が浮かんだ。

前世は黒髪黒目で平凡な日本人だったのだから、大きく変わったものだと思う。

違和感を感じるはずだ。

ただ、この目尻のホクロだけは・・・。

そう思い、鏡に手を伸ばす。

記憶が戻る前は気に入らなかったこのホクロは、前世の自分と共通している唯一のもの。

そう思うと、安心と懐かしさを感じる。


つい、鏡の中の自分のホクロを撫でる。

今はこの顔がわたし。

前世はあくまで前世だ。

今の自分を頑張って生きよう。

破滅なんかしない。

自分の運命を切り開くのは、自分自身だ!



奮起して再び歩きだすと、数日ぶりに部屋から出てきたわたしを見つけた母が涙を流して喜んで声をかけてきた。


「エレノアちゃん、まあ!まあ!!出てきてくれたのね!」


わたしと同じ金色の髪は少しふわふわと自然に巻いていて、大きな茶色の瞳は少したれ目で少女のように可愛らしい母。

兄が7つ上の13歳だから、成人した後18歳ですぐに兄を生んでいたとしても30オーバーのはず。

前世では同じアラサーであった自分の姿を思い浮かべ、心の中でそのあまりの違いに嘆息した。

さすがゲームの世界。

美形揃いだわ。


「ああ、エレノアちゃん。良かったわ。ずっとちゃんとした食事をとらなかったから、すっかり痩せてしまったわね。ディアナ、何かエレノアちゃんに食べやすいものを用意して頂戴」


「はい、奥様」


母に付き従っていた侍女のディアナは恭しく礼をし、わたしを食堂へと案内してくれた。

そしてわたしと母が席に着いたのを確認してから、深々と礼をしてすぐさま厨房に指示を出しに行った。

この数日間部屋に籠っている間、メイドたちが食事を部屋まで運んできてくれていた。

それでも泣いていた間はあまりに辛く悲しくて、ゲームの内容を書き出している間は集中しすぎて、まともに食事をしていなかったのは事実だ。

言われてみれば確かにお腹がすいてきたので、ひとまず母に促されるままに食事をとることにした。

食事を待つ間、母は正面の椅子に座って涙を拭きながら綺麗な眉を下がらせた。


「それにしても、エレノアちゃん。本当に良かったわ。突然の婚約のお話、驚いたわよね。ごめんなさいね」


やはり未だに婚約の話で塞いでいたのだと思っているらしい。

6歳の子供がそんなことで一週間も泣きわめくなんて、前世の感覚が否定している。

しかしこの世界では婚姻は令嬢にとって重要な仕事の一つでもあるため、婚約に対する考えは前世とは違うのだろうと納得するしかない。

わたしは出来るだけ可愛らしく見えるように笑顔を作った。


「お母様、ご心配をおかけしてしまってごめんなさい。我ながら引き籠るだなんて間違っていましたわ」


これまでのエレノアであれば「ご心配おかけしました」「ごめんなさい」なんて言わなかったはずだ。

まして、間違いを認めるなど皆無。

母は驚いたご様子で目をぱちくりとさせて右手を頬にあてたまま黙ってこちらを見つめている。

その仕草すらも可愛らしい。

悪役令嬢の母はゲームに出てこなかったが、こんなに可愛らしいものなのかと驚く。

この母に似れば、ゲームのエレノアももう少し可愛いげがあったはずだ。

そうして浮かんだ考えを、目的のために今は振り払う。


「ところでお母様、お父様はいつお帰りかしら」


部屋を出て最初にしようと思ったのは、父との会話だった。

先ほども父の書斎に向かって歩いていたのだが、辿り着く前に母に出会ったのだ。

しかし、娘にベタ甘なあの父がすぐにこの場にやって来ないところを見ると、残念ながら仕事に出かけているようだ。

そうなると帰宅後すぐに捕まえるしかない。


「え、ええ。あなたが部屋から出てきてくれたんですもの。今日は早く帰ってこられると思うわ」


今頃ディアナが連絡してくれてるはずだもの、と母は続けた。

優秀なディアナであれば確かにそうだろうと納得する。

父との話は父が帰ってきてから、今は他のことを進めなくては。

わたしは母を安心させようとにこりと微笑んだ。


「そうですか。では食事のあと、籠っていた分を早く取り戻したいので、出来ればすぐにロン先生を呼んでいただけないでしょうか」


ロン先生というのは、わたしの家庭教師の一人だ。

貴族は魔法学校と騎士学校以外には学校はなく家庭教師から多くを学ぶ。

魔法持ちであるわたしも魔法学校に行くまでの間、一般的な教養について学ぶため家庭教師に教わっている。

わたしにはロン先生とマリア先生という二人の家庭教師がいる。

ロン先生は読み書き算術といったことから語学歴史政治などの教養全般を、マリア先生には礼儀作法やダンス裁縫などの女性として貴族としての教養全般を教えてもらっている。


子どものわたしが自分でこの世界の様々なことを学ぶのも、情報を得るのも、簡単ではない。

ロン先生からこの世界のことをできるだけ多く教えてもらうことが最優先事項であると考えたのだ。

せっかく今6歳で、学校に入学するまでに10年近くあるのだから焦ることはない。

じっくりと破滅フラグ回避に向けた対策を考えることができるはずだ。

そしてそのためにまず初めにより多くの知識を味方につける必要がある。


もとよりエレノアは学ぶことが嫌いではなかったため、この発言自体は母の疑問にはならなかったようだ。

もう一日ぐらいゆっくりしたらどうかとの提案に一度首を振っただけで、すぐに家庭教師の手配をしてくれた。





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