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あれから、ネグレクト(こちらではこの呼称はないが)についての前世の知識を思い出しつつ、ノアやその家族への対応策を考えているうちに日々が過ぎ、あっという間に魔法研究所に行く日になった。

父が直ぐに手配してくれたので、考えていたよりも早くこの日がやって来たのだ。


視察とはどんなものかよくはわかっていなかったが、ちょっと魔法研究所の研究員に質問をしたり、ちょっと書庫を覗いてみたりできるかなと軽く思っていた。

しかし、着いて直ぐにその考えが甘かったことがわかった。





「要塞みたい・・・」


建物を近くで見た感想がこれだった。

大きく高い塀に囲われたそこには、大きな門が一つある。

入り口はそこ一つしかない。

そこでは貴族や商家、庶民によらず、出入りするものは全員が名前や身分などを証明し、場合によっては馬車内や持ち物の検査をして問題がなければ通ることが出来る。

そして100メートル程の道のりに馬車寄せや簡易のベンチなどのある小さな広場があり、その先に重厚な建物が建っている。

施設の中に入ろうにも簡単ではない。

扉の前に小さなカウンターがあり、そこに受付の女性が立っている。

そこで最初と同じように名前や身分などを証明し、アポイントがあるかを聞かれた。


「領主様、こちらでお待ちください」


受付の女性に促され、少し待つ。

待つ間、わたしたちと同じように受付で話した後に中に入らず直ぐに帰ってしまう人が何人もいた。

わたしたちは視察だったので中に入ることが出来るのだろうが、どうやら中に入ることを許されない人も多くいるようだ。

むしろ、ほとんど全ての人が建物の中に入ることが出来ないのかもしれない。

もしかしたらテイラー夫人もここまで来て、外のベンチで子どもと会っているのかもしれないと思った。


「お父様、ここは警備がしっかりされているのですね」


小さな声で話しかけると、父はうむと頷いた。


「一番の理由は研究内容を外に出さないためだが、研究内容によっては危険と隣り合わせのものもあるらしい。だから入る者を制限する必要もあるんだよ」


成る程、納得だ。

しかしそう聞くと、やはり領主の娘でなければ入ることが難しかっただろうと思う。


そんな風に考えていると、扉が開いて、ひとりの小柄な男性がやって来た。

年齢は40近いのではないのかという感じで、身だしなみに気を使っていないのか、髪も肌も、服ですらくたびれて見える。


「お待たせしました。領主様、ようこそおいでました」


眼鏡をくいと上げながら話すその男性は、敬語こそ使っているが貴族への挨拶をするつもりはないらしい。

礼もない。

面食らっていると、父がにこやかに挨拶を始めた。


「やあ、ハンス。忙しいところ悪いね。今日は先に伝えていた通り娘も一緒なんだ。エレノアと言う。よろしく頼むよ」


「エレノア・フローレスです。本日はよろしくお願いいたします」


紹介されて慌てて挨拶をした。

ハンス氏はチラリとこちらを見たあと「どうも」と一言だけ言って視線を元に戻した。

ちょっとどころではない無愛想ぶりだ。


「それでは案内しますので、こちらへどうぞ」


そう案内されて扉を抜けると、飛び込んで来たのは視界いっぱいの緑だった。

中に入ってみると、この建物が丸いドーナツのような構造をしているとわかった。

真ん中に広い中庭があり、木々や草花が森のように生い茂っている。

真ん中の壁がガラスになっているので、通路のどこからでも中庭が良く見えるようになっている。

そのため、外側から見ると要塞のような武骨な建物であったが、中はとても開放的に感じる。


「すごい・・・」


思わず出た感嘆の声。

令嬢らしからぬ言葉に慌てて見渡すも、父にもハンス氏にも聞こえていなかったらしい。


ハンス氏は後ろを振り返ることなく、目的地に向かって真っ直ぐ歩いているらしく、余所見をしていると置いていかれてしまいそうだ。

それでも好奇心には勝てないので、逸れないように気をつけながら周囲に視線を巡らす。


「エレノア、離れてはいけないよ」


「はい、お父様」


父はそんなわたしの様子に苦笑して、手を引いて歩き出した。

迷子対策だ。

少し気恥ずかしいが、これで安心して余所見できるというもの。


通路は真っすぐの一本道であるが、中庭と反対の面に数えきれないほどの同じような扉が並んでいる。

その扉、壁は非常に重厚であり、研究内容によって危険が伴うという話からも納得の造りだ。

この世界でも前世でも、このような建物を他では見たことが無く、異質だ。

その異質さに拍車をかけているのが、この施設に入ってから誰とも出会わないということだ。

人の気配や音はしているのだが、ハンス氏以外で誰も見かけない。

皆、研究室内で研究に没頭しているのだろうか。


暫く歩いて、ハンス氏が一つの扉の前で立ち止まった。


「領主様、こちらです」


促されて部屋に入ると、また驚いた。

そして研究室内には部屋いっぱいに、所狭しと鉢に入った野菜が並んでいた。

どうやらハンス氏はここで野菜を育てているらしい。


「相変わらずここの野菜は室内だというのに生き生きしているね」


「いやー、しかしなかなか思うようにいかず・・・」


「いやいや、前回来た時よりも・・・」


父とハンス氏が話し出した内容によると、どうやらハンス氏は野菜を環境の劣悪な地域でも作ることができるよう、栽培方法を考えているらしい。

環境や天候、災害などに左右されないように、室内で作る方法を考えているという。

魔法の力で、土を肥やしてみたり、水を特殊なものにしてみたりと工夫をしているらしい。

二人の話が盛り上がっているので、少し離れて研究室内をぐるりと見渡す。

確かに、父の言うように、ここにある野菜たちは生き生きとしていて、非常に美味しそうに見える。

種類も豊富で、色々な方法を試しているのだろう。

そう考えて部屋の奥まで歩いていると、しゃがみ込んでいる人影に気づかず、ぶつかってしまった。


「も、申し訳ございません」


軽く蹴飛ばしてしまったことを直ぐに謝罪した。

すると、その人影がむくりと起き上がった。

緑色の長い髪を一つにまとめた、美しい女性だった。



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