26
ノックの音に目を覚ますと、すっかり日が沈んでいた。
どれくらい寝てしまったのだろうか。
少し皺になってしまったドレスを見て後悔する。
せめて外出着を着替えてからベッドに横になっていたら良かったのに・・・。
わたしの返事が無いためか、もう一度ノックがあった。
慌てて髪と衣服を整えて寝室から出ると、目の前にジェーンが立っていた。
「エレノア様、お休みのところ申し訳ございません。お食事のお時間ですがいかがされますか」
「ありがとう、すぐに行くわ」
そう言って、急いで皺々の外出着から着替えて身だしなみを整えてから食堂へ向かった。
食堂には、すでに父と母がテーブルについていた。
兄の姿はまだない。
「遅くなって申し訳ございません」
そう言ってテーブルにつくと、母は機嫌の良い笑みを浮かべた。
「いいのよ、エレノアちゃん。今日は本当にありがとう。あれだけ動いたのだから、疲れたわよね」
「・・・と言うと、エレノアも今回の慈善活動はしっかりと参加できたのかな?」
「それはもう!私がテイラー夫人達とお話ししてる間も、ずっと動いてくれていたのよ。あなたも褒めてあげて」
わたしが答えるよりも早く、かつ熱く語る母に、恐縮してしまう。
父は母の話に驚いてから、ニッコリと微笑んで「良くやったね」と言葉を掛けてくれた。
父はわたしに甘いし過保護だと思うけど、なかなか褒めてはもらえない。
なんだか気恥ずかしくなったが、心から嬉しい。
「テイラー夫人達もまた参加すると約束してくれて、私嬉しくて!また良い考えがあったら教えてちょうだいね」
「はい、お母様」
そうして話しているうちに、兄が遅れてやって来た。
兄がテーブルについたところで、待ち構えていたように食事が運び込まれる。
食事をしながらも今日の話を笑顔で話す母は、成功したことが余程嬉しかったと見える。
兄も家名が傷つくことが無かったことに安堵したようだった。
「成功したなら良かったよ。しかしあのエレノアがそんなに奉仕活動を積極的に行うようになるとはね」
一言余計である。
確かに自分が特別だと思い込んでいた以前のわたしからは想像もつかないことだとは思うけれども、はっきり言われるとやはり良い気持ちはしない。
反論は出来ないため、せめてもの抵抗として兄を睨んでみたが、特に気にした様子はなかった。
わたしたちの様子を見た両親が、顔を見合わせて苦笑いしている。
「ウィル、そんなことを言うのなら、次はあなたも一緒に教会へ行く?」
「いやーそれは・・・俺も何かと忙しいからさ。ね、父上」
「一日くらい構わないさ」
「・・・これは藪蛇だったな」
両親にやり込められて肩を竦める兄を見て、少し気を良くする。
すると、改めて兄がこちらを見て笑顔になった。
「それにしてもエレノア、毎日勉強に奉仕活動に頑張ってるみたいで、兄は嬉しいよ」
結局、家族はみんなわたしに甘い。
兄の優しい言葉に、笑顔を返した。
「お兄様こそ、いつもお父様のお仕事をお手伝いされてて・・・。妹として誇りに思いますわ」
そこまで言って、ふと「あれ?これってチャンスかも」と閃いた。
教会に向かう馬車の中で思いついた、父へのお願いを伝える絶好のチャンスかもしれない。
そう思い、わたしの言葉に照れている兄を放置して、しょんぼりとした顔を作った。
「わたくしなんて、お父様がいつもどのようなお仕事をしていらっしゃるか全く知らないんですもの・・・」
独り言の振りをして、しっかりと家族みんなに聞こえるようにはっきりと呟いた。
「エレノア・・・」
あまりのわたしの落ち込み様に、兄が声をかけてくれたが、今はスルーだ。
「わたくしも、お父様のお仕事をもっと知りたいです。・・・いけませんか?」
ここで父に上目遣い。
健気で可愛い娘を演出だ。
どうだ、とばかりに反応を伺うと、案の定父は嬉しそうに、そしてどこか照れたように笑った。
「エレノアがそんなことを言ってくれるなんて・・・!勿論、良いとも。次にこの近くで視察に行くときには一緒に行こう!」
兄もそれがいい、なんて同意している。
流石に商談は無理でも、視察なら大丈夫だろうという判断になることは想定済みだ。
むしろそれが狙いである。
「エレノア、行ってみたいところはあるかい?」
思惑通り、父が希望を聞いてくれるので、少し思案するそぶりを見せつつも、用意していたお願いを告げた。
「わたくし、今日魔法研究所にテイラー夫人のお子様が出入りしていらっしゃるとお聞きしましたの。年齢の近い方が研究所で何をしているのか興味があります。出来れば研究所に行ってみたいです」
以前からわたしは光の魔法について調べる機会が欲しいと思っていた。
わたしの力は非常に弱く、光ることしか出来ない。
でもゲームの中のヒロインの光の力は強かった。
持って生まれたものだとわかってはいるのだが、せめて自分にも弱く光る以外のことが出来ればと思っていたのだ。
周りに同じ光の魔法を持った人がいれば相談出来るが、それも叶わない。
我が家にある本でそれらしいものは読み漁ったが、どこにも光の魔法について詳しいことは書かれていなかった。
あとは、王宮の図書室か魔法研究所しか無いかと思っていたが、どちらも関係者の立ち入り以外は禁止されている。
手詰まりを感じていた矢先のテイラー夫人のこの話だった。
テイラー夫人の子どもの話を聞いたときに、わたしが魔法研究所に興味を持つ自然なきっかけに使えると思ったのだ。
「魔法研究所か・・・。近々行く予定があったな」
父の呟きから察するに、拒まれることは無さそうだとわかり、心の中でガッツポーズ。
父が魔法研究所に定期的に視察や商談に行っていることぐらいはわたしも知っていた。
「その時で構いませんので、是非連れて行ってください」
重ねて言うと、父は少し考えてから承諾として笑顔で頷いてくれた。
「いいだろう。一緒に行こう」
「ありがとうございます、お父様。楽しみにしています」
可愛い娘作戦で、見事言質取りました。
父よ、チョロい、チョロ過ぎるよ。
そう思っていると、視線の端に母が神妙な顔をしているのが映った。
母にしては珍しくこの会話に入ってこなかったことが、急に不気味に感じてくる。
母が入ってきていたら、こんなに直ぐには話が纏まらなかったと思う。
順調すぎて怖くなってきた。
そう考えて、意を決してチラリと母に視線を移すと、目があった瞬間にはすでにいつもの笑顔に戻っていた。
ともすると、あの母の表情はわたしの気のせいであったかのようだが・・・。
「子どもが出入りしているなんて、俺も知らなかったな」
「ええ、わたくしも驚いてしまって。訪問した時にちょうど会えたりすればお話が聞けるかしら」
兄との会話を続けつつ、先程の母のことは頭の隅に無理やり追いやった。




