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わたしたちは教会の中に入り、入口近くのイスに並んで座った。


落ち着いたところで、シスターは静かに話し始めた。


「あの子は、名前をノアと言います。元は、ここの子だったんです。・・・と言っても、ここに来たのはつい1年前の話です。来た時の身なりはボロボロで、それまでどうやって生活していたのかわからない程でした。名前はかろうじて教えてくれました。でも他には何も話してくれませんでした。神父様がひとまず面倒を見ようとお決めになって、孤児院で一緒に生活するようになりましたが、誰も寄せ付けないように隅の方で小さくなっている、そんな子でした。何度も何度もみんなで話しかけて、そうして漸く子どもたちとも私たちとも少しずつではありましたが、話をしてくれるようになりました。笑顔はまだ見られなかったけど、私たちはそれだけでもとても嬉しかったのです」


話しているうちに思い出したのか少し笑顔になったシスターだったが、直ぐに暗い表情になってしまった。


「その時に知ったことなのですが・・・あの子は私たちと話さなかったのではなく、話せなかったのです。それまで人とほとんど会話をせずに過ごしてきたようで、どんなふうに会話をしたらいいのかわからないと言っていました」


「そんな・・・」


「私も驚きました。ただ、それ以上に驚いたのは、あの子の頭の良さです。私たちが話しかけるうち、あの子は言葉を、会話を覚えていきました。どんどん流暢に話せるようになり、難しい言葉はまだ無理だったけど、少なくとも会話に不自由はしなくなりました」


先ほど話した男の子が、数か月前まで会話ができなかったなんて、想像も出来ない。

わたしは驚いて何も言えなかった。


「読み書きもすぐに覚えました。気づいたら難しい本を読んでいる、なんてこともありました。そうして、あの子がやっとここでの生活に慣れてきたほんの数か月前。・・・あの日、私たちは嫌がるノアを引っ張り出したんです。外で遊ぼう、と。その時に、やっと少しだけあの子の笑顔を見ることができました。私たちは・・・本当に嬉しかった。やっとこの子は()()()()になったのだと思いました」


シスターは視線を宙に向けた。

わたしはそんなシスターの横顔を黙って見つめた。


「・・・その時に見られていたようで。暫くして、あの人たちがやって来ました」


「あの人たち、とは誰ですか?」


聞くと、シスターは悲しそうにきつく瞳を閉じた。


「ノアの、ご両親です」


わたしたちしかいない教会に、声が響く。


「ノアのご両親は魔法研究で成功したことが認められて爵位を与えられ貴族となった方でした。ただ、爵位を得ても研究員が本分であることは変わらなかったようで、研究が一番という方々でした。・・・子どもは二の次なんでしょう。ノアは誰にも世話されることなく、使用人もいない、研究で両親ともに帰ってこない、そんな家にひとりきりで生活していたようです。その時に知りました。」


「そんな・・・」


言葉を失った。

前世の言葉で言うなら、ネグレクト、立派な虐待だ。


「でも、それならなぜノアのご両親はノアを迎えに来たんですか?」


放っておいていたのだから、そのまま孤児院に預けてしまおうと考えそうなものだが、なぜ。

その疑問には、直ぐに答えが返ってきた。


「ノアが魔法持ちだったからです」


「魔法持ち・・・」


呟くと、シスターは小さく頷いた。


「私たちは知りませんでした。あの子は私たちには何も、話してくれませんでしたから」


シスターは涙を一粒、落とした。


「ご両親のお話から察するに、どうやら家を出るときに魔法を使ったようでした。それまでにご両親の前で魔法を使ったことが無かったようで、ノアが魔法持ちであることを知らなかったとおっしゃっていました。ご両親はそれまで興味が無かったのが嘘のようにノアに執着している様子でした。ノアは帰るのを嫌がって、私たちも必死に止めました。せっかく心を開き始めてくれたのに・・・。実のご両親とはいえ、返すわけにはいかない、そう思いました。でも・・・」


そこから、シスターは黙ってしまった。

大粒の涙が、一粒、また一粒と落ちていく。

結局ノアは家に帰ることになったのだろう。

その時のことを思って、今のノアの現状を慮って、涙しているのだろう。

わたしはハンカチを取り出してシスターに手渡した。

恐れ多いと拒否されたが、無理やり渡す。

観念したシスターはハンカチを受け取り、涙を拭った。


「エレノア様、申し訳ございません。このような話を一方的にした上、涙まで・・・」


「いいえ、心のうちに溜め込むのはさぞお辛かったことでしょう。わたくしでよければ、どんどんお話しください」


にこりと微笑んで見せると、シスターがクスリと笑った。


「これではどちらがシスターかわかりませんね」


「そんなことはありませんわ。ノアのことを心から案じていらっしゃるあなたこそ、真のシスターですわ」


なんの慰めにもならない、そう思ったが、思わず口に出ていた。

シスターは力なく、微笑んだ。

その顔を見て、力になりたい、と思った。

わたしは、シスターの手にそっと触れた。


「・・・何ができるかわかりませんけど、わたくしもノアに何かしてあげられるかしら」


「エレノア様、私はそんなつもりでこの話をしたのではありません」


焦って言うシスターに、わたしは首を振った。


「わたくしが、ノアのために、そして貴方のために、何かしたいと思ったのです。貴方に求められたとも強いられたとも思ってはいないわ。わたくしが勝手にすること。・・・いいわね?」


そう言うとシスターは黙った。

そして、ぽつりと「不思議・・・」と呟いた。


「どうかして?」


「いえ・・・エレノア様が不思議な方だと思いまして」


「変わり者、ということかしら?」


にやりと笑って聞くと、大きく首を振って否定された。


「違います!とんでもないです。エレノア様は・・・私なんかよりもずっとずっとお若いのに、なんだか大人ですね。なんでも、話してしまいたくなります」


前世を合わせると、40間近ですから。とは言えない。

わたしは笑顔でその言葉をかわした。


暫くそうして二人で並んで座っていると、日が真上に上がり、外が騒がしくなってきた。

おそらく、みんなでご飯を食べる時間になったのだろう。

そう考え、さあそろそろ行きましょうと声をかけ、立ち上がった。




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