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母に相談をしてから気持ちが軽くなったわたしは、その後直ぐにペンをとった。
今のこの気持ちのまま、勢いに乗って手紙を書いてしまいたかった。
書き出しは勿論、昨日のお礼から。
そして直ぐに本題だ。
「お願い」というややマイルドな表現にはしたものの、手紙の頻度をもう少し減らして欲しいこと、わたしや家族にも予定があるので急な誘いはやめて欲しいことなど、正直に書いた。
書いているうちに弾みがついてしまって、狩りの獲物を見たときに衝撃を受けたことも書いてしまったけれど、まあご愛嬌だろう。
とにかく、ずっと伝えたかったことが書けて満足だった。
どんな返事が来るのか少し不安はあったが、数日後に返ってきた手紙を見て胸を撫で下ろした。
王子が了承してくれたからだ。
父と母に早速報告をして、喜び合った。
それからのわたしは、日々の生活に対し前よりも明るく前向きになったように思う。
勉強も今まで以上に楽しく感じた。
すると不思議と覚えも良くなり、進むペースが上がった気すらしてくる。
マリア先生に褒められることも増えてきた。
王子の手紙は適度に日をあけて返事を出すようにしている。
すると王子も同じくらいの日数をあけて返事をくれる。
日数をあけるようになったからだろうか、手紙の内容が完結なだけだったものからやや手紙らしい書き方に変わった。
でもだからといってただ長くなったということではなく、単語から文章となり、便箋1枚分というちょうど良い長さに収められているので、負担が少ないのは変わらなくて助かっている。
手紙によると王子はこれから暫く忙しいらしくお誘いが無さそうなこともわたしにとっては朗報だった。
気持ちに余裕が出てきて、母の行う慈善活動や奉仕活動に参加したりもした。
母は貴族の中では珍しく、資金を出すだけの活動ではなく、実際に自分自身が奉仕活動を行うことを良しといている。
その方が、領民のために本当の意味で寄り添うことができるのだというのが信条なのだそうだ。
そんな母に賛同して、お願いをしてお手伝いをさせてもらっているのだ。
領のために、家族のために、自分にもできることが少なからずあることが嬉しかった。
それに、貴族という立場からではあったが領民たちの生活がわかってきたし、そういった意味でも見聞を広める良い機会となった。
充実した日々はあっという間に過ぎる。
数か月が過ぎて、冬が近づいてきていた。
「次の奉仕活動は、また教会に行こうかと思っているの」
いつもの通り、今日も夕食時の話題の中心は母だ。
「次は何をするんだい」
父の問いに母は笑顔で答える。
「本を持って行くのよ。これから冬になると寒くなって室内で過ごすことも増えるでしょう。以前本を持って行ってから随分たったから、そろそろ新しい本が必要になる頃かと思ったの。今度は絵本や図鑑をたくさん持って行くわ。字が読めない子がほとんどだけど、絵本や図鑑なんかは読みやすいから評判がいいのよ」
「へえ、それはいいね」
この世界の教会は孤児院が併設されているものが多い。
孤児院にいる身寄りのない子どもたちはそこで生活しながら簡単な読み書きを覚え、社会に出ていく。
未だ印刷技術が進歩していないこの世界では本が高価であり、近隣に住む平民で教育を受けることが難しい子どもたちの中には、教会にやって来て簡単な読み書きを学んだりもしている。
そんな子どもたちのために、母は定期的に教会へ本を贈っているのだ。
「そうでしょう。ところであなた、本の入手方法なんだけど、どうしたと思う?」
突然母に問われ、父は当然のように「新しく買ったんだろう?」と答える。
「もちろん、買ったものもあるけれど。それだけじゃないのよ。ウィル、あなたはどうしたと思う?」
「え、俺?・・・買う以外に何があるの?」
父も兄も不思議そうだ。
その様子をみて、母は満足そうに微笑む。
「エレノアちゃん、説明してあげて」
その言葉で、両親と兄の視線がわたしに集中した。
このタイミングでわたしに話を振られるとは思ってなかったので驚いた。
「えっと・・・。お母様から我が領に住むお知り合いにたくさん声をかけていただいたの。要らなくなった子ども向けの本や絵本、図鑑などを譲ってほしいって。そうすれば、低予算で色々な種類の本を用意できると思って」
前世では学校の図書室には寄贈の本がたくさんあった。
だからただの受け売りなのだ。
でもこの提案をすると、母は大喜びしたのだ。
「ね、斬新な発想でしょう?」
「確かに斬新だよ。でもね、母上。貴族として、古くなったものを周りから集めるなんて恥ずかしいことだと言われたりはしないかな」
「あらウィル。あなた本当に頭が固いわ!もっと柔軟にならなくては女性には好かれないわよ。古くなったものを私たちが使うという話ではないのだから、そんな心配は不要よ」
いたずらっぽく反論した母に、兄は悔しそうに口をつぐんだ。
心当たりがあるのかもしれない。
「私前々から思っていたのよ。ただ新しいものを買い与えるだけで本当にいいのかしらって。勿論、資金を出すのも大切で必要なことではあるけれど。でも資金を出すことだけをしていたのでは、万が一その資金が出せなくなったら終わりってことでしょう。そうならないために、違う方法も考えていかなければいけないわ。そしてさらに、できるだけ多くの人に奉仕活動に目を向けてもらうことも必要。その二つを同時に実現する方法をエレノアちゃんが考えてくれたの」
母の言葉に、わたしも続ける。
「本はとても高価なものでしょう。本を買う資金を出せと言われれば嫌がる方も少なくはないのではないかしら。でも、要らなくなったものを出していただくのであれば、本を出す側も金銭的な痛手は少ないはずだわ。さらにその本を慈善活動に使うのだとなれば、家名が上がりこそすれ傷つくこともないと思ったの。それなら慈善活動に気軽に参加をしてくれる人が増えるんじゃないかと思って・・・」
「そうかもしれないけど・・・父上はどう思う?」
問いかける兄は、まだ不服そうだ。
確かに、これまでにこういった活動をしている貴族はいないと聞く。
どんな反応をされるか不確定である以上、兄のように考えても仕方は無いだろう。
「ウィルの懸念もわかる。が、すでに本を集めてしまっているのだから今更だ。発想や行い、それ自体は悪いことではないのだから、堂々としていればいいだろう」
家長からの承認も得て、母は嬉しそうにしている。
わたしも父に言わないままで母が準備を進めていたことに動揺したが、ほっとした。
兄はひとり「父上は母上とエレノアに甘すぎるよ」とぶつぶつ言っているが、それ以上反対することは無かった。




