閑話2
惚れさせる、とは言ってもその方法について、僕には案が全くなかった。
当たり前だ。
僕は婚約者がいるとずっとずっと思ってきたし、王子という立場もあって年の近い女の子に気軽に話せる知り合いなど1人もいない。
そこで僕は友人に相談をしてみることにした。
もちろん、僕のどす黒い計画は秘密だ。
単に婚約者と仲良くなりたいと伝えてみた。
すると快く相談に乗ってくれた。
彼はそんなの簡単だといった。「手紙」だと。
なるほど、と思った。
確かに簡単に会えるわけではないのだから、手紙でやり取りするのことは必要なことのように感じた。
さらには頻度も大切だ、と言われ、僕は素直に頷いた。
さらにほかの友人にも相談した。
「手紙を送るなら一緒にプレゼントを付けろ」とアドバイスしてくれた。
選ぶのが面倒だと否定したところ、それは違うと言うのだ。
プレゼントを喜ばない女はいないと言うのだ。
面倒なら花やお菓子ならどうだ、と言う。
そんなものでいいのかと問うと、子どもだから問題ないとのことだった。
さらには、プレゼントをつければ必ずお礼のために返事が来ると言う。
なるほど、と思った。
そしてそのアドバイスにも最後には頷いた。
ひとまず、プレゼントを適当にメイドに用意させ、手紙を書く。
書くことが思いつかなかったので、今日あった出来事を書いてみた。
まあ簡潔でいいだろう。
そしてそれを送ったところ、友人の言う通り、お礼の手紙が来た。
僕は内心ほくそ笑んだ。
なんだ、簡単じゃないか。
内容は僕が書いたのと同じようなものだったが、たくさん書かれても読む気はしないからちょうど良かった。
そしてすぐにペンをとる。
「手紙の頻度が大切」というのであれば、きっと多いほうがいいのだろう。
そうして手紙が届いたら、プレゼントを手配して手紙を書いてその両方が用意出来たらすぐに手紙を送る、ということを繰り返した。
そんなことをしばらく続けていたとき、再び、プレゼントを贈るようアドバイスをくれた友人に会った。
その後相手とはどうなったのかと聞かれたので、順調だと笑って答えた。
友人が詳しく話せと言うので、彼女からの手紙の束を見せてやった。
驚かれたのはその量で、手紙の頻度を考えれば普通だろうと考えていたが、そういうことではなかったらしい。
試しに手紙を出す頻度を言ってみるとさらに驚かれた。
どうやら多すぎたらしい。多ければいいのではない、と諭された。
それならそうと初めから言ってくれればよかったのに。
彼女からの手紙を見せてくれと言われて、束の中から適当にいくつか抜き取って渡した。
手紙を読んだ友人は僕を馬鹿にしたように笑った。
「どこが順調だ」と。
返事はちゃんと来ているじゃないか、そう言うと、それは毎回手紙に添えているプレゼントに対するお礼だからだと言うのだ。
この手紙の様子では相手から義務感しか感じない、と。
さらにはプレゼントを毎回送れとは言っていない、とまで言われた。
驚いた。
それではこれからどうしたらいいのか。
さらなるアドバイスを求めたところ、友人は言った。
ふたりで出掛けてみろ、と。
そこで相手に好意を抱いてもらえるようにすればきっと挽回できるだろうということだった。
そしてそのときに手紙のことについて不快感がないかをさりげなく確認しろと言うのだ。
なかなか高度だと焦った。
どうしたら好意を抱いてもらえるのかを聞いてみると、友人はふいにいつもと違うところを見せることで相手はときめくのだと言う。
さらに高度だ。迷宮入りだ。
どういうことか尋ねたが、あとは自分で考えろと投げられてしまった。
悩んだ結果、もう一人の友人に相談することにした。
最初に手紙を送るよう言った友人だ。
その友人はそんなの簡単だ、と笑う。
僕が最近狩りに行くようになったことを挙げた。
「狩りに行く男は男らしくてかっこいい」のだと言う。
なるほど手紙には狩りに行くことは書いていなかった。
彼女に合わせて、本の話をしてみたりと大人しい話題を主としていた。
確かに普段とは違う姿となるだろう。
名案だと感じた。
ちょうど彼女の領の近くに狩場の一つがある。
そう考えて、すぐに手紙を書いた。
ただ、手紙は交互、と考えているので書いたまま置いておく。
こんなに手紙を待ったことがない、というくらいに待って、数日後、彼女からの手紙が届いたのを確認してからすぐに手紙を出した。
その結果、日程が随分急になってしまったが、手配は全てこちらでするのだから問題無いだろうと考えた。
当日、彼女の迎えを従者に任せ、僕は狩りに出掛けた。
獲物を何にするかで悩み、珍しいものの方がいいだろうと、この時期にしか見られない鳥に狙いを定めた。
ただ、鳥は的が小さい上飛ぶので、まだ自分で狩ったことはない。
なんとか自分で狩りたいと頑張ったが、結局あまり待たせてもいけないということで、一緒に狩りに来ていた他の者が仕留めたものを持って行くことにした。
僕が狩ったのでなくても、狩りに行くというだけで十分だろうと自分を納得させた。
狩りから戻ると、彼女はもう来ていた。
声をかけると、思いのほか嬉しそうな顔をされたように感じて驚いた。
しかも髪や服がこの前と雰囲気が違う。
可愛い、と思ってからすぐに否定する。
いやそんなことはない。違う、僕は今何も考えていない。
そう思って急いで狩りの戦利品を見せてみた。そして狩りについての話をたっぷりと話す。
これで「王子って男らしくてかっこいい」となるだろうと彼女の方を見ると、浮かない顔だ。
予想と違うことに動揺した。
しかし食事が進んでいなかったところを見て、もしかしてと尋ねてみると、やはり体調が悪かったらしい。
なるほどそれなら納得だ。
馬車酔いとは案外繊細なんだなと思い驚いたが、会話もままならないこの感じは非常に困る。
このままでは惚れさせることができない。
そう思って思案していると、ふとひとつ良いものを思い出した。
紫色の花畑だ。
先ほどの狩りの途中で休憩した場所が、よくよく考えてみれば彼女が好きそうな場所だ。
そう思い、連れ出した。
果たしてこの作戦は成功した。
しかも馬車酔いは落ち着いたようだ。
ただ、会話の引出しを狩りしか用意してなくて、さらにそれを先ほど使い切ってしまったため話題がなく、ただぼんやりと座っている以外できなかった。
帰る段になって、クリフからこっそりとラベンダーの花束を用意したこと、彼女が花が好きなのであれば花の話題を投げかければいいだろうとアドバイスをもらった。
花のことはわからないが聞くならできると思い、馬車に同乗する。
結果は大成功だ。
これまでで一番会話が弾み、思いのほか楽しく過ごすことができた。
そして。
気になっていたことも確認でき、大満足で1日を終えた。
最後の最後で挽回できたと思う。
手紙をまた送ろう。
またどこかに誘ってみよう。
彼女を惚れさせるために。
そう、思っていたのに------
これまでのことが、そして今日のことも、全て失敗だったことを知ったのは、それからたった数日後のことだった。




