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身支度が終わり暗い気持ちのまま朝食に向かうと、席には母がいるのみですでに食後のお茶を飲んでいた。


「お母様、おはようございます」


「おはよう、エレノアちゃん。良い夢は見られて?」


「はい」


答えつつ椅子に座る。


「お父様とお兄様は?」


「二人とも早くから出掛けているの」


「そうですか」



この世界で成人と見なされるのは18歳だ。

兄はまだ13歳であるが、将来のことを考えて早くから父とともに仕事に出かけている。

領内の視察や様々な交渉に同席したり、デビューはまだだが付き添いとして社交の場に出たりもしている。

ここ最近では父の代わりを務めることもあるらしく、一人で出掛けることも増えてきた。

前世で考えると中学生くらいの年齢なのに、我が兄ながら本当に素晴らしいと思う。

わたしも何かお手伝いできればと思うのだが、今のところは何もない。

本来は王子と婚約したことで十分に家や領に対し貢献できるはずなのだが・・・。

この話自体を拒否したいわたしとしては他のことで役に立ちたいところだ。



「今日は領内の視察だけだから、夕食までにはお帰りになると思うわ」


「はい」


昨日の夕食の時には、わたしが無事に帰ってきたことを喜んだあと、大はしゃぎで王子とのお出掛けがどうだったのかと根掘り葉掘り聞いてきていた母だったが、今朝は落ち着いた様子だ。

我が家では母が一番明るく元気で、話していると時々前世の中高生の頃を思い出す。

そんな母が静かだと、かえって不気味だ。


そんな風に思いながら食事をしていると、母が突然人払いをした。

メイドたちが下がり、部屋にわたしたち二人だけになった。

静まりかえった部屋に、カチャリとカップを置く音が響いた。


「エレノアちゃん、食事中にごめんなさいね。ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」


落ち着いた声で母が話し出す。


「はい、なんでしょうか?」


改まった雰囲気に、わたしも食事をする手を止めて背筋を伸ばした。

母はわたしたちの視線が真っすぐに結ばれたことを確認し、口を開いた。


「エレノアちゃん。正直に答えてほしいのだけれど」


「・・・はい」


なんだろう、ドキドキしながら続きを待つ。


「あなた、何か悩み事があるんじゃないの?」


「え・・・」


「ここしばらくあなたの様子がおかしいこと、私だって気づいているわ。母親ですもの」


当然でしょう?と目が語る。


「驚くほど謙虚になって、なんだか物言いも優しくなったわ。最初は手紙を交わしていくなかで王子に恋をしたからかしらと思っていたけど・・・昨日の話を聞いているどうもそうではなさそうだし」


そう言われて昨日の夕食の会話を思い出す。

確か・・・到着したのが草原でそこに簡易のサロンが用意されていて王族すごいと思ったこと、王子に狩りの獲物を見せられてショックだったこと、そのあとラベンダー畑を見て落ち着いたこと、帰りの馬車では王子と会話していていつもはする馬車酔いをしなかったこと、を淡々と言った気がする。

特に狩りの下りは心の底から「あんな生々しいものを見せるだなんて驚きました」と苦々しげに言った。


振り返ってみて、「楽しいデートでした」という感じではなかったのは自分でもわかる。

だってあの時はちょうど後悔の真っ只中で、楽しく会話したことすら無かったことにしたいと感じていたのだ。無理もないと思いたい。


「そう考えてから、あなたとの時間を思い返して私なりに考えてみたの。そうすると、そういえばいつも何か言いたそうにして、でもそれを言わずに飲み込んでる・・・そんな気がしたのよ。まるで、突然大人になってしまったような・・・そう考えて不安になったわ」


魂の年齢を考えると確かに大人です、とは言えない。

「新生エレノア」は良いことばかりではなかったようだ。

現に、母を悩ませてしまった。


「あなたはまだ子ども。そして私はあなたの母です。悩んでいることがあるのであれば、抱え込まずに言って欲しいわ。それがどんなことでも私は受け止めるから」


優しい。母の深い愛情を感じる。

涙が出そうだ。

前世のことで思い悩んでるこの数か月のことを考えて、すべてを言ってしまいたい気持ちになる。


わたしは前世を知っている。この世界のことを知っている。

そして、これから自分がどうなってしまうのかも知っている。

それを回避したいと考えているけど、全くうまくいっていない。

それらを全て打ち明けてしまいたい。



でも、信じてもらえるはずがない。



考えて、わたしは父に話しているのと同じ内容、王子との婚約についての部分のみを話すことにした。

母はわたしの婚約を心から喜んでくれていたから伝えるつもりは無かったのだけど、こうなってはそこだけでも正直に言うべきだろうと感じた。


「王子との婚約ですが・・・なんとか解消できないものかと考えています」


言ってからすぐに後悔した。

母がこの世の終わりかのように悲しそうな顔をしたから。


「お母様、ごめんなさい」


そう言おうとして、口を開いたが、母の声に遮られてしまった。


「ごめんなさいね」


母から発せられたのも謝罪の言葉だった。

なぜ謝られるのかわからず、驚いた。


「何をおっしゃるのです、お母様」


「いいえ、あなたが婚約に対してそんな風に考えているのに、私ったらあんなにはしゃいで・・・。それではあなたは私に何も言えないに決まっているわ!私があなたを悩ませていたのね」


優しい母は自分を責めている。

本当に申し訳ない気持ちになる。

わたしは弁解したくて早口になる。


「そんなことはありません。お母様が心からわたくしの婚約を喜んでくださっているのはわかっていましたもの。わたくしの方こそ、そんなお母様を悲しませることになって申し訳なく思っています」


「そんな・・・エレノアちゃん」


「お母様、改めてお気遣いとご心配をおかけしたこと、お詫びいたしますわ」


座ったままではあるが、丁寧に頭を下げた。

母は黙っている。


「もしも、お母様がこれまでのことに対して申し訳なく思っていらっしゃるのであれば、これからはお母様に王子とのことを相談させてください。実はどうしたらいいのかわからず煮詰まっていたところなんですのよ」


そう笑ってみると、母は弱々しいながらも微笑みを取り戻した。


「ええ、なんでも聞いて頂戴」


「ありがとうございます。では早速なのですが・・・婚約解消を両家ともに言い出すことが現状として無い事は理解しています。そうであればせめて、王子ともっと距離をとりたいと考えているのですがどうしたら良いと思いますか?」


「距離?」


「はい。例えば、手紙の頻度が多くて困っています。それに昨日のように出掛けたりも出来ればご遠慮したいと考えているんです」


真剣に伝えると、母は不思議そうな顔で首を傾げる。


「そのままお伝えすればいいじゃない」


何を悩んでいるのと言わんばかりだ。


「でも、不敬になるのでは?」


そう言うと、終いにはクスクス笑いだした。


「エレノアちゃん、あなたって真面目ね!勿論そこもとても可愛い所ではあるけれど。そんなことぐらいで不敬にならないわ」


「そう、なのですか?」


「お相手が余程の自分勝手な我儘人間でない限り、大丈夫よ!それにこれまではあなたが王子のことを好きだと思っていたから気にしなかったけれど、今の手紙の頻度や直前のお誘いなんかは間違いなくお断りを入れても良いレベルなんだから」


やはりそうなのか。

恋愛経験がない上に、連絡手段と言えば携帯やスマホの世界しか知らないため、貴族の手紙でのやり取りについて勝手がわからなかった。


「でももし万が一、そうすることで我が家や領に迷惑がかかったりはしないでしょうか」


「そうね・・・そんなにあなたが心配しているのであれば、私から根回しをしておくわ」



ウィンク付きで可愛らしく言う母は、何か方法があるのか自信たっぷりだ。

根回しの方法は教えてくれなかったが、その表情に妙に安心したのは事実。




こうして、簡単に解決策を提示され、前世の記憶が戻ってから初めて、少しではあるが気持ちが軽くなったのだった。




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