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『マジック☆カルテット』はフォースブルグという国の魔法学校が舞台だ。

この世界は日本よりも中世ヨーロッパに近い異世界で、発展した文明がない代わりに魔法がある。

そして魔法を使える者は15歳の時に魔法学校に入学して2年間通うことを義務付けられている。

そんな中でヒロインは異例の転入生として2年生の時に入学してくるのだ。

このゲームは、ヒロインと4人の麗しい攻略対象との嬉し恥ずかし楽しい1年間の物語である。



そして、わたしエレノア・フローレスは、そんなヒロインとメイン攻略対象であるリアム王子との恋路を邪魔するライバル役だ。

しかもエレノアの役割はそれだけではない。

ほかの3人の攻略対象のときにもヒロインをいじめる嫌な令嬢役として必ず登場する。

ゲームを通してエレノアは完全なる悪役なのだ。




わたしは『エレノア』がゲームのキャラクターの中で一番嫌いだった。




つり目を限界まで吊り上げて扇子で口元を隠しながら、ヒロインを理不尽に詰るエレノアには、ゲームをしているときに腹を立てたものだ。

さらに、ルート分岐に失敗して攻略対象たちが死んでしまうときには必ずと言っていいほどエレノアが関わっているということも、エレノアを嫌う理由の一つだった。

このゲームに対するトラウマの原因であるともいえるのだから無理もないと思う。



それなのに、なぜ。

よりよってその『エレノア』に転生してしまったのだろうか。




リアム王子と会ったあとの帰路、馬車の中でもどんどんと記憶が戻って、自室に戻った頃にはゲームについての知識のほとんど全てを思い出していた。

そしてそこから一週間部屋に引きこもった。

最初の1日は『なぜエレノアなのだ』という嘆きからだったが、あとは違った。



自分がエレノアであることは紛れもない事実。

そのことを受け止めたあとにやってきたのは、恐怖だった。



エレノアは最悪の悪役令嬢。

だからこそ、エンディングではそれまでの行いに対する報復を受ける。

ヒロインを虐めたり、自棄になって大きな事件を起こしてしまったりして、ほとんどの場合死ぬ。

一番軽い処分で身分剥奪の上で国外追放。重くて処刑。

ちやほや育てられた侯爵令嬢が国外追放されてまともに生きられるはずがない。

軽い処分とは言ったものの、考えようによっては処刑よりも辛い目にあうこともあるだろう。

さらに恐ろしいことに、ヒロインがどの攻略対象を選んで分岐していったとしても、エレノアは必ずこういった報復を受けるということだ。

つまり、エレノアには破滅するシナリオしかないのだ。


ゲームをしているときには考えなかったことだが、許されるなら是非ともこのゲームの脚本家や制作会社に問いたい。

『あなたたちはそれ程までにエレノアが嫌いなのか』と。


このことを思い出して、わたしは死ぬのだと、破滅するのだと、そのあんまりな運命とそのことへの恐怖から泣いて泣いて3日間泣き続けた。




婚約が嫌で塞ぎ込んでいるのだろうと考えているらしい両親は扉の向こうから何度も様子をうかがってきたが、話をする気にもならなかった。

ただ両親の様子やかけられる言葉から婚約自体を解消する気は全くないことがうかがい知れた。

そんな中で計4日も泣きはらしたその後、わたしはペンを一心不乱に走らせた。



自分で自分の身を守るしかない。

破滅フラグを回避するんだ。



魔法学校に入るまでにあと約9年、ヒロインが現れるまでに約10年、今の自分に何ができるのかを考えるため。

ゲームの内容で覚えていることをすべてノートに書き出していった。

さらには、今現在エレノアとして生きてきた約6年間のうちにこの世界や自分のことについて知っていることも書き出した。

そうすることで、現状と今後の対策が見えてくると考えたからだ。

不思議と頭が整理されるというこの方法は、前世でもよく行っていたことだ。





『エレノア』について考えるとき、欠かせない要素に『魔法』がある。


魔法と一言で言っても属性といういくつかの種類に分類される。

魔法の代表的な属性は『火』『水』『風』『土』の4つであるが、100年に1人現れるかるどうかという頻度で希少な属性を持つ者が現れると言われている。

中でも「昔『光』の力を持つ聖女が現れてこの国を守った」という伝説があることから、『光』は他と比べ物にならない程に特別視される傾向にある。

それはその力の大小に関わらず、だ。



エレノア・フローレスは生まれた時に『光』の才を発揮した非常に希少な存在であったのだ。



母より産み落とされた瞬間、赤ん坊が眩いほどに光り輝いたらしい。

さらにその産声は天使の歌声かのように美しく清らかで、母からはその神々しさに感動して涙を流したのだと何度も繰り返し教えられた。

そして父からも兄からも、侍女も執事も、繰り返し繰り返し、わたしがいかに特別で素晴らしいかを伝えてくれた。


生まれてから約6年、毎日、ずっとだ。

自惚れないわけがなかった。



さらに侯爵家令嬢として生を受けたこと、美しく輝く長いブランドの髪と深い青の瞳、何もしなくても頬と唇はほんのり色づいており、つり目以外はお人形のように愛らしいこの見た目も相まって、出会う全ての人にちやほやされてきた。

その結果、幼いながらも自惚れと我儘が過ぎる気の強い悪役令嬢が出来上がっていったのだ。


さらには王位継承権一位であるリアム王子の婚約者とくれば、無敵の一言。


魔法学校に入って16歳になる頃には天狗の鼻が完全に伸びきっていても無理はない。

本人になったからこそなのだろうが、()()ゲームの悪役令嬢は成るべくして成ったのだと言っても過言ではないように思うのだ。



しかしそのことを肯定的に捉えていてはいけないということを、今のわたしは知っている。


それまでの我儘放題であった悪役令嬢から変わらなくてはいけない。

気持ちを新たにして今後は生きていかなければならない。

幸い、前世の記憶から生粋の庶民気質が、そしてゲームの記憶からは反面教師たる行いがどんなものかが、すでにこの身に染みているのだ。

これまでと全く同じではないことだけは確かなのだ。


そうして自信を奮い立たせながら書き出すことに3日を費やし、部屋に籠ってから一週間してようやく、わたしは部屋から出た。


『新生・エレノア』のはじまりだ。




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