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父と母との暫しの別れを済ませ馬車に向かうと、従者が馬車の前で一礼をし出迎えてくれた。


「改めて、エレノア様。わたしはリアム様の従者、クリフでございます。本日はエレノア様の護衛をさせていただきます。よろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしくお願いいたします」


わたしもドレスの裾をついと上げて令嬢らしい礼を返す。


「ほかにも三人おりますが、三人とも王族の近衛騎士です。馬で馬車の周囲を守りながら同行しますので、安心してお任せください」


「ありがとうございます」


紹介された騎士もクリフの後ろに並び、騎士の礼をしてくれているので、わたしも彼らの方を向いてからよろしくお願いしますと礼をした。



挨拶を終えて、馬車に乗る。

馬車の外観は豪奢なものではなく、一般的な貴族が乗るものとそう変わりがないものに見えたが、内装はやはり王族のものであると感じる造りになっていた。

上品な赤を基調に、所々金の装飾がされている。座席のクッションもふかふかだ。

防犯として外観を抑えたものにしているということだろう。



わたしが馬車に乗ると、続いてジェーンが乗り込み、わたしの前に座った。


「ここからそう遠くはありませんが、もしご気分が悪くなったりすれば休憩を入れますのですぐにおっしゃってくださいね」


気遣いの言葉とともに扉を閉められた。

暫く護衛とレオの間で簡単に話し合ってから、レオは馬車の右側にクリフは左側に並び、近衛騎士たちは馬車の前方後方に分かれた。

そして、馬車はゆっくりと動き出した。




実のところ、わたしは馬車が苦手だ。

独特の揺れがあって直ぐに酔ってしまう。

あまり外出しないために乗る機会も少なく、慣れていないのもあるのだろう。

前世では馬車に乗ることも無かったし。


前世で車酔いしたたとき、窓から外の景色を見たり窓を開けて外の空気に触れたりしていたが、馬車から同様のことをすることができない。

危ないことは勿論、令嬢の行為としては不作法なのだ。


当然ながら、酔い止めの薬なんてものもない。


遠くないとは言われたものの、所要時間がはっきりしないため、どのくらい我慢すれば良いのかわからないのは辛い。



せめて気を紛らわせようと深呼吸を繰り返していると、ふわりと柑橘系の良い香りが鼻を擽った。



「エレノア様、よろしければこちらを」


見ると、ジェーンがお茶を差し出してくれている。


「ありがとう」


飲むと後味にふわりと檸檬の風味が広がり、少しすっきりした。


「奥様より、お嬢様が馬車が苦手でいらっしゃると伺ったものですから。いかがですか」


「少し良くなったわ。ありがとう、ジェーン」


「たくさん用意しておりますので、いつでもお申し付けください」


さすがジェーン。

彼女は普段からこのように気を回してくれるのだが、そのタイミングが絶妙なのだ。

手先も器用だし、しっかりものだし、今日はジェーンが一緒にいてくれるだけで安心感が違う。

さらには魔法持ちだったなんて・・・。


そう、ジェーンにはいつも身の回りの世話をしてもらっていたが、魔法持ちであることは先ほど初めて知ったのだ。



このまま無言で馬車に乗ると馬車酔いが酷くなると考え、丁度いいとばかりにジェーンに話しかけた。


「ところでジェーン、あなた魔法持ちだったのね」


言うと、ジェーンは少し表情を曇らせた。


「・・・はい。お嬢様に黙っているつもりはなかったのですが」


「黙っていたことを責めるつもりはないわ。それにお父様のお話だと力も強いのでしょう?素晴らしいことだわ」


火の魔法持ちはこの世界でも一番多いと言われている。ただその多くはそれほど大きな力を持っていない。

大きな力を持つ火の魔法持ちはその攻撃力から国からも貴族からも非常に重用される存在だ。

我が家にそんな強い力を持つものがいるとは知らなかったので、誇らしさを感じる。

子どもらしく無邪気に笑って見せたが、ジェーンの表情は暗いままだ。


「素晴らしいだなんて・・・私たちは思ったこともありません」


私たち、とはジェーンとレオのことだろう。

その力でこれまでに何かあったのだろうか。

まだ年若いというのに、いつも大人しく落ち着いているのはそういった経験からきているのだろうか。


いつも顔を合わせているジェーンにどのような過去があるのか、これまで気にも留めてこなかったが、今のこの表情を見ていると気になって仕方がない。

ただ、興味だけで踏み込んでいいものではない。

わたしは詮索するような言葉は心に封じた。


それからどのくらい馬車に揺られただろうか。

どのように声をかけるべきかを思案しているうちに時は過ぎ、重苦しい空気のまま馬車はゆっくりと止まった。



「エレノア様、到着いたしました」


馬車の扉が開き、クリフの手に支えられ馬車から降りる。

すると直ぐに心地よい風が頬を撫でた。

目の前に広がるのは広い草原だ。奥の方には森らしきものも見える。

風と風景のおかげで、馬車酔いと先ほどまでの重苦しい空気がスッと拭い去った気がした。


「リアム様はまだ戻られていないようなので、あちらにてお待ちいただくことになります」


クリフの指した方に目を向けると、優雅なティータイムを過ごせそうなテーブルとイスがあり、ご丁寧に日よけまで施されていた。

そこにはメイドが数名待機していた。

即席のサロンのようだ。


その近くに、わたしたちが乗ってきた馬車とは別の馬車が一台と大きめの馬車が二台ある。

王子はたくさんの荷物と使用人を運んできたらしい。


子どもが二人で会うだけにしては仰々しい気がして少し驚いてしまったが、相手が王族だと思いなおす。



クリフに案内され、即席サロンに向かう。

王子の使用人たちが揃ってお辞儀をして迎えてくれた。


「エレノア・フローレスです。今日はよろしくお願いします」


略式の礼をして挨拶をすると、使用人の中で数名、驚いた様子をしてそわそわした。

しかし、それをほかの使用人に目で窘められ、皆一様に再びお辞儀した。


一列に並んだメイドの中からひとりが一歩前に出た。

わたしの父母よりも年上に見える女性で、40代くらいだろうか。

ベテランの風格がある。


「エレノア様、ご機嫌麗しゅう。ここにいるメイドの責任者、エマでございます。本日は私共が誠心誠意尽くさせていただきます」


「ご丁寧にありがとうございます」


イスに案内され、座る。

ジェーンとレオはわたしのやや後ろに並んで控えている。



「どうぞ」


エマがお茶を出してくれた。焼き菓子付きだ。

ティーセットもちゃんとしたもので、至れり尽くせりという感じだ。


「美味しいわ。ありがとうございます」


にこりと微笑むと、エマは恭しく礼をした。

わたしの傍に控えているのは、今はエマだけだ。

クリフたち護衛はもちろん、メイドたちもやや遠巻きに控えている。

まだ王子の姿が見えないが、どうやらエマがわたしの相手をしてくれるらしい。


エマをちらりとみると、表情が硬く、少し苦手なタイプだ。

でも無言でいるのも気まずい。

話題を探し、意を決して話かけた。


「外でサロンのように寛げるなんて思ってもみませんでした。これだけのものをここに運ぶのは大変だったのではないですか?」


「いえ、たいしたことではありません」


はい、会話終了。いいえ、めげないわ。


「王子は今どちらにいらっしゃるのですか?」


「間もなくお戻りになりますので、今しばらくお待ちください」


会話終了。


この後も、ここは王都のなかなのかどこかの領なのか、よく王子がここに来るのかなど質問してみたが、どれも明確な回答も無くかわされてしまった。

初めて会ったのにすでに嫌われているのか、それともこういう女性なのか。

判断が難しい。



まさかわたしが早く王子に来てほしいと思うとは思わなかった。



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