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翌朝、いつもより早くメイドに起こされた。
早めに食事を済ませ、出掛ける準備をするためだ。
朝目が覚めたら、熱でも出ていれば良かったのに・・・。
健康な自分が恨めしい。
「お嬢様、顔色が優れませんね」
わたしの長い髪を櫛で梳きながら、鏡越しに声をかけてきたのは、いつも身の回りの世話をしてくれているメイドのジェーンだ。
ジェーンはしっかり者でどちらかというと落ち着いた雰囲気のメイドだ。
髪はこの世界で一番多い茶色できっちりと纏められている。
瞳は髪とは対照的に珍しい赤だ。
「そうかしら」
力なく答えると、ジェーンはさらに心配そうに見つめてくる。
「今日は王子と出掛けられる大切な日ですもの。緊張なさっているのでは・・・?」
「そんなことは・・・。いえ、やはりあるのかしらね」
そんなことはないと言おうとしたが、できなかった。
王子と会うことで破滅フラグ回避がどうなるのかに影響すると思うと、やはり緊張する。
前回お会いした時に焦って行動したことにより、現在思ってもない状況になってしまっているのだ。
今度は慎重に言葉や行動を選ばねばならない。
なんとか笑顔を作ってみたが、ジェーンは納得していない様子だ。
代わりに、鏡越しにも力強いジェーンの瞳がわたしを射抜いてきた。
「お任せください。今日は私がお嬢様を飛び切りのお姿に仕上げてご覧にいれます」
張り切るジェーンにされるがままになり、わたしは髪を結われていった。
わたしは前世の記憶が戻る前から「子どものうちはメイクしない」と公言している。
この世界の貴族令嬢は割と早くからメイクをしているようで、初めて言った際は驚かれたものだ。
ちなみに言い出した当初は「メイクなしでこんなに可愛いのだから必要ない」と考えての発言であったと記憶している。改めて我ながら本当に性格の悪い子どもだと思う。
ただ、メイク道具や化粧落としが発展していないこの世界で子どもの頃から肌を酷使することに対し恐怖すら感じるので、この件に関しては「以前のわたしグッジョブ!」と言いたい。
そういったことから、わたしはいつも身支度に時間がかからない。
服を着替えて髪を櫛で梳くぐらいで終了だ。
でも今日は張り切るジェーンにより、髪がハーフアップに結われている。
可愛らしい濃い青のリボンが一緒に結われていて、動くたびに揺れるのが可愛い。
「いかがですか、お嬢様」
自信満々といったジェーンに尋ねられ、わたしは心からの賛辞を贈る。
「素敵よ、本当にジェーンは器用ね」
首を何度か振ってみて、鏡の中の自分と揺れるリボンを確認する。
すると自然と笑顔になった。
「そう言っていただけると光栄です」
ジェーンにも笑顔が浮かび、ほっこりした気持ちになる。
やはり、おしゃれは楽しいものだ。
緊張で落ち込んだ気持ちが少し浮上する。
そうしていると、部屋にメアリがやって来た。
「お嬢様、ドレスをお持ちしました」
手には、ブルーの可愛らしいドレスがある。
外出用なのでレースや装飾は少なめだが、薄い生地が幾重にも重ねられてふんわりと女の子らしいラインを出している。
「初めて王子にお会いした時、前回フローレス家にお越しになった時、どちらもお嬢様の可愛らしさを引き立てるためピンクをご用意いたしました。しかしどうやら王子は青がお好きなご様子。今回はこちらをご用意いたしましたがいかがでしょうか」
おそらく、メアリはわたしに届く手紙が青を基調としていることから、王子の好きな色を青と考えたらしい。
そしてそれは当りだ。
ゲームの知識を持つわたしは、リアム王子の好きな色を知っている。
わざわざ好きな色の服を着ていくことに抵抗がないでもないが、せっかくメアリが考えて用意してくれたのだから断ることはない。
「ありがとうメアリ。とても可愛いわ。素敵なドレスね」
そう言って、ドレスに袖を通す。
ドレスは膝よりやや下ぐらいの丈で足さばきが良く動きやすい。
それでいて、ドレスの素材やデザインはほどよく華やかでどこに着ていっても恥ずかしくない。
足元には外出用の中でも履きなれた靴を選んだので、万が一には全力で走れるだろう。
髪も服も完璧に準備してもらった。
鏡の中の自分を見て、可愛らしいその姿に心が跳ねあがった。
これで王子と出掛けるのでなければテンションはもっと上がっただろう。
準備が終わると、メアリより父からの呼び出しを告げられた。
特にすることもないので、すぐに応じるため、父が待つ庭へ移動した。
「お父様、エレノアです」
庭にあるサロンに父は母とともにいた。
「エレノアちゃん、可愛いわ」
笑顔の母に褒められ、悪い気はしない。
「メアリとジェーンが準備してくれましたので」
照れて小さく礼をすると、母はさらに嬉しそうに微笑む。
「これだけ可愛いなら、リアム王子もイチコロね」
表情だけ笑顔を作り、しかし何も答えずその発言をかわすと、父が立ち上がった。
「エレノア、少しいいかな」
母に断りを入れて、二人でサロンを出る。
サロンから少し離れたところに、二人の使用人が立って待っていた。
ひとりはジェーンで、もう一人は普段あまり関わらない従僕の一人であるレオだった。
レオとジェーンは双子で、揃いの茶色い髪と赤い瞳をしている。
レオとは関りが薄いため性格はよく知らないが、背が高いことと切れ長の瞳を理由にわたしは少し怖い印象を持っている。
「今日はこの二人を付けようと思っている」
父の発言に、ジェーンとレオが同時に礼をとった。
きびきびとした動きに少し圧倒される。
「実はね、ほかの使用人たちにも公にしていないことなのだが、二人は共に火の魔法持ちだ。その力は、二人合わせれば我が領にある森を焼き切る程のもの。護衛として付けるに申し分ない」
ジェーンにはいつも世話をしてもらっていたが、魔法持ちであることを全く知らなかった。
ほかの使用人たちも知らないということは、魔法持ちとしての仕事はしていないということだ。
せっかくの魔法持ちでかつその力も強いとなれば、活用しない手はないだろうに。なぜだろうか。
おそらく何かしらの事情があるのだろうが、今はそのことを尋ねるときではないので、疑問を飲み込む。
「たったの二人であれば王子も拒否はするまい。それでいて、これなら身の回りの世話もできる。万が一のときの連携も抜群だ。エレノア、どうかな?」
「ありがとうございます。これ以上ないほど適任ですわ」
そう父に感謝を告げてから、二人に向き直った。
「レオ、ジェーン。今日はわたくしにつき合わせてしまってごめんなさい。頼りにしてますので、よろしくお願いしますね」
微笑むと、再度、二人同時に礼をとった。
「有難きお言葉です。しかと」
レオは力強く言い、その言葉にわたしは安心した。
準備はできた。
あとは王子を待つばかりだ。




