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「エレノア、よく来たね」


書斎を訪れると、父は笑顔で招き入れてくれた。

ちらりと机を見ると書類が山積みになっていて、仕事中であったとわかる。

無理を言ってしまって心から申し訳ない気持ちだ。

ソファに促されて、お互いに腰かける。


「お父様、お忙しいところ無理を言ってごめんなさい」


「いいんだよ、私が家族との時間を大切に思っていることはお前も知っているだろう」


「ありがとうございます」


心からのお礼を言って、父から奪う時間を可能な限り少なくするためにさっそく本題に入った。


「お父様、実はお時間をいただいた理由はこの手紙なんです」


わたしたちの間にあるテーブルに、王子から届いたばかりの手紙を置いた。

父はそれを手に取り、目を通した。

そして、おそらく最後の文章を読んだときだろう。驚きの声をあげた。


「急だな!」


「はい。本当に急なことなので、わたくしもお断りのお手紙を書くのは難しいかと思っております」


「お断りって・・・。エレノア、やはり王子と仲良くやってるわけではないのか?」


わたしの言葉に、父は悲しそうに眉を寄せる。


「この手紙も・・・まるで報告書のように完結だ」


「いつもこういった手紙ですわ。それにわたくしからの手紙も同じようなものですから問題ありません」


にこりと微笑むわたしとは対照的に、父は深く息を吐いた。


「手紙の回数が多いから、もしかして手紙で心を通わせ始めているのではと思っていたが・・・やはりそうではなかったのだな」


「ご期待に沿えず申し訳ございません」


「いや、もとよりお前の気持ちは聞いていたのだから、わかってはいたのだ」


手紙をテーブルに置いてから、父はわたしに改めて向き直った。


「それで、明日王子と出掛けるのか」


「致し方ないかと」


「準備はどうだ?」


「メアリにお願いしておりますので、抜かりなく整うはずですわ」


「そうか。そうであれば間違いはないな」


さすがメアリ、父からの覚えも良いようだ。

父は目を閉じて両腕を組み、少し考えこんだ。


「王子と出掛けるとはいえ、お前ひとりで行かせるわけにはいかない。誰か付けようと思うのだが、希望はあるか」


「いえ、お父様やお母様以外の方とのお出掛けは初めてなので・・・」


どこへ行くのかわからない以上、いくら王子と一緒とはいえ、わたしの世話や護衛をする者が一緒の方が安心だ。

しかしあまりにも人数を用意すると、移動に困ることになるし、何より王子を信用していないととられそうで、難しいところだ。


「そうだな。ではその件は私に任せてもらおう」


父が力強く頷いてくれたので、胸を撫でおろす。


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


これでわたしにできる準備は終わった。

申し訳ないことだが、あとは父とメアリにお任せしよう。


手紙を回収し、もう一度お礼を言ってから書斎を辞した。






我が家の夕食は、4人家族が揃ってとることにしている。

毎日その日あったことを話し合う、大切な団欒の場だ。

大抵は母が話し、それに対して兄やわたしが応じることで会話が成立し、父は笑顔でその様子を見守るのが常である。


そして本日の夕食は、王子とわたしの初めてのお出掛けで持ちきりとなった。

勿論、主に話すのは母だ。

母は父からこの婚約に対するわたしの考えを聞いていないらしく、手紙が届いた日は決まって夕食の話題が王子とわたしの話になる。


「エレノアちゃん、楽しみね。リアム王子はどちらにお連れしてくださるのかしらね」


無邪気に笑う母に、わたしは笑顔だけを向ける。


「でも、どこに行くのかわからないって、女性は嫌なんじゃないの?行先や目的がわからなければ準備に困るだろう」


冷静に言うのは兄だ。

13歳になる兄に婚約者はまだいないが、最近近隣の領とのお茶会で数人の令嬢とお知り合いになったようで、こういった話題に興味がある様子だ。

わたしは心の中で兄に同意する。

急な上に行先がわからないので本当に困っている。

とはいえ、実際には準備はメアリに任せきりなのだが。


「あら、ウィル。大変なのは当たり前よ。でも、ある意味では誘う側の方も大変なのよ」


「どういうこと?」


兄が目を丸くして尋ねる。


「まず第一に、お相手のことをしっかりと考えて行先を選ばなければいけないわ。お相手は行先を知らない分、知っている場合よりも道中期待にドキドキするものよ。そうして着いた場所が期待外れだったら、秘密にするほどのことじゃないのにって困惑させるだけだし、もしかしたら嫌われてしまうかもしれないでしょ」


「なるほど」


「第二に、もちろん当日はちゃんとエスコートしないといけないわ。何も言わずに誘ったのだもの。お相手が準備不足で不快にならないように、恥をかかないように、お相手以上に準備をしておかなければならないわ」


「確かに、誘われた方が準備不足でも誘った側は文句言えないもんな。自分が言わなかったのが悪いんだから」


「そういうこと。文句を言おうものなら確実に嫌われちゃうわ」


「うわ、本当に大変だな」


「そう。でもその分成功するとお相手の気持ちをグッと掴むことができること請け合いよ。この上なく男の度量が試される方法だから、よほどの自信がないとできないけれどね。あなたが同じことをしようと考えているなら、よく考えることね」


そう言って、母は可愛らしくウィンクをした。

兄は「俺は絶対そんなことしないよ」と笑って首を振った。


そんな二人の会話の端で、わたしと父は黙々と食事をしていた。



王子は母の話のように、わたしのことを考えた行先を検討して、当日もしっかりとエスコートしようと考えているのだろうか。

いや、相手が同等であれば母の言うように相手に任せていてもいいかもしれないが、わたしの場合は相手が王子なのだから、準備不足であればわたしが悪いということになるのではないだろうか。

わたしとしては二人で楽しく過ごすことを期待しているわけではないから、本音を言うと当り障りなくその日を終えられれば文句は無い。

準備を人任せにしているので、あとは当日のわたしの行い次第だ。

嫌に緊張感が増した。


そんな中、当の本人であるわたしよりも楽しみにしている母は、食事の間、微笑みが途絶えることはなかった。


そんな母を見て複雑な思いを抱えながら、その日の食事を終えた。




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