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どうにかして王子から適度に嫌われる方法はないものかしら。
嫌われすぎると家に迷惑がかかるかもしれない。匙加減が難しい。
手紙に飽きてくれることを願ったが、それはあまりにも相手次第で不確定だ。
どうしたものか・・・。
そう思案していると、誰かが部屋を訪ねてくる音がした。
「はい」
「レベッカでございます」
令嬢スイッチを入れてから部屋に入るよう伝えると、紅茶のセットとおいしそうなクッキーを持った給仕係のメイドがゆっくりと入ってきた。
レベッカはいつもわたしにお茶や食事を用意してくれる。
年齢も10代と若く、そばかすが可愛い新人のメイドである。
「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」
「ありがとう」
テーブルに移動して紅茶が入るのを待っていると、先にクッキーを目の前に置いてくれた。
「今日はクッキーね。お花の形が凝っていてとても可愛いわ」
にこやかに言うと、レベッカもにっこりと笑んだ。
「そちらはリアム王子より本日送られてきたものですよ。そうそう、お手紙もお持ちしました」
そう言って封筒を渡された。
「そう、王子から・・・」
「はい。リアム王子はすっかりお嬢様の好みをご存知ですね。こんなに可愛らしいお花形をお選びなのですから」
羨ましいですわ、と笑って、紅茶を出してくれた。
普通であれば、婚約者が自分のことを思って選んでくれたと喜ぶところなのだろうが、正直言って複雑だ。
先ほどの考えが再び頭を擡げる。
「このように毎回何かしら送っていただくのは、本当は申し訳ないと思うのだけどね」
思わず本音を呟くと、レベッカは心底驚いた顔をした。
「レベッカ、どうしたの?」
不思議に思って声をかけると、レベッカは首が取れそうなほど激しく首を振った。
「いいえ、いいえ。・・・本当にお嬢様は変わられましたね」
「どういうこと?」
重ねて尋ねると、思わず言ってしまったという顔をした。
怒らないわと笑顔で示す。
「その・・・お嬢様は数か月前からずいぶんとお変わりになられたものですから、思わず。以前でしたら、プレゼントをいただくこともそれが毎回であることも当然のように感じておられていたのでは、と・・・」
不敬だと思ったのだろう。
言い切ってから深く頭を下げてきた。
でも、わたしはそのことを咎めるつもりはない。
事実だからだ。
すぐにレベッカに頭を上げるよう伝えた。
「わたくしも自分でそう思うわ。少し前までのわたくしはあまりに傲慢だったもの。もし王子からプレゼントをいただいても、当たり前のように思っていたでしょうね」
そう言って落ち着いて紅茶を飲むわたしに、レベッカは「やはり変わられましたね」と呟く。
「わたくしは今のわたくしの方が好きなのだけど、レベッカ、貴女はどうかしら?正直に言ってくれていいのよ」
小さく首を傾けて尋ねると、力強く頷かれた。
「もちろん、私も今のお嬢様の方が好きです!!こんなにお優しくて、努力家でいらっしゃるのですから!」
さらには、ほかの使用人もみんなも言ってます!とまで告げられると、思わず苦笑いしてしまう。
以前のわたしは6歳の子どもということを差し引いたとしても驚くほどに傲慢で我儘だったのだから、優しくしてくれていたけれどやはり裏では使用人たちから嫌われていたのだろう。
この2ヶ月ほどの間に家族や使用人たちがわたしの変化に順応してくれているのは感じていたけど、こんな風に正直に言ってもらえるのであれば『新生エレノア・フローレス』としての再出発は成功していると言えるだろう。
そう考えてレベッカには素直にありがとうと伝え、そのあとも紅茶を飲む間表情豊かなレベッカとの会話を楽しんだ。
お茶の時間が終わり一人になってからやっと、テーブルに置いたままにしていた王子からの手紙に手を伸ばした。
質の良いほのかに青い封筒。封蝋も青く、シンプルに王家の鷹の文様が刻まれてる。
封をあけると、封筒とおそろいであろう便箋が一枚、入っていた。
相変わらず短い文章で、いつものように他愛のない話題、今回は馬で遠乗りをしたというものが書かれていた。
さすがに王子ともなると子どものころから遠乗りとか行くのね。
ふうん、と無感情に読み飛ばすと、最後の一文に驚くべきことが書いてあった。
『迎えに行くので、一緒に出掛けよう』
さらに驚くべきは、そこに記された日付だ。
なんと、明日だった。
いやいや、急すぎるでしょう!
フローレス家の領がいくら王都に近くて日帰り可能な距離だとしても、さすがに手紙が届いた翌日は急すぎる。
馬車での移動になるのだから、前世のちょっと近所の友達の家へ・・・という気軽なレベルじゃない。
そうは言っても、王子に対して来ると言っているものを来るなとも言えないわけで。
一緒に出掛けるほかないだろう。
ついでに手紙の頻度やプレゼントについて話をするよい機会ととらえる方が前向きだ。
それに加えて、こちらの予定を聞かずに一方的に誘って来るのもやめてほしいと言おう。
すでに今日は午後を回ってほぼ夕方に差し掛かっている。
準備期間はもうわずかしかない。
少しも時間を無駄にできない。
すぐにでも父に今回の手紙の内容を報告するほか、外出の準備を手配をしなければいけない。
わたしは、こうしてはいられない、と部屋に置かれているベルを鳴らした。
わたしには母のように専用の侍女がいないので、ベルを鳴らすことでメイドを呼ぶ。
呼びつけるみたいであまり好ましくないのだが、今回は急いでいるのだから仕方がない。
夕食前の忙しい時間にうろついて使用人を探す時間がもったいない。
ベルの音から間もなく、扉をノックする音が聞こえた。
「お嬢様。お呼びでしょうか」
入室を促すと、メイド長のメアリが入ってきた。
メアリはスマートで少しツンとした表情の美人で、少し苦手だ。
しかし仕事が早く正確なので、今回のように急ぐ要件のときには適任であると言える。
「メアリ、突然ごめんなさいね」
「とんでもございません」
「お父様にお伝えしたいことがあるのだけれど、すぐにお会いできないか確認をして欲しいの。それと、外出の準備をお願いしたいわ」
「畏まりました。いつ、どのような場所にお出かけでしょうか」
「それがとても急なのだけど、明日よ。王子のお迎えでお出かけするから馬の必要はないのだけど、行先は伺っていないの」
メアリが思案する表情をしたのはほんの一瞬のことで、すぐに心得たとばかりに美しい礼をした。
「すぐに手配いたします」
そう言って部屋をでた後、再び部屋がノックされてわたしが父の部屋まで向かうまでに、多くの時間を要しなかった。




