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菓子先輩のおいしいレシピ④

 次の日。夕陽に赤くそまった田んぼ道を、私は歩いていた。


「うわあ、夕焼けきれい……」


 山の稜線のむこうに、赤く熟れたトマトみたいな太陽が沈むのが見える。菓子先輩は毎日、こんな景色を見ているんだな。


 お見舞いに行きたい、と言うと柿崎先生は快く菓子先輩の住所を教えてくれた。その住所を見たときになんだか嫌な予感がしたのだけど、菓子先輩の家は桃園高校からバスを乗り継いで一時間以上走ったところにあった。

 バスの窓から見る景色はどんどん田んぼや畑ばかりになっていくし、山に近付いて行ったときはまさか登山をするはめになるんじゃ、と心配になった。結果、山のふもとで降ろされたけれど、もうこれはほとんど山と言ってもいいんじゃないか。

 バスの運転手さんに住所を見せて尋ねたら「あの道をま~っすぐ行ったら、でっけえ家が見えっからあ」と言われたのでもう十分も歩き続けているのだが、民家の建ち並ぶ通りからは外れて行くし、田んぼの中に大きい家なんて見えないし、だんだん疲れてきた。

 田んぼ道をこんなに歩いて、一時間以上もバスに乗って、菓子先輩はこんなことを三年間も繰り返していたのか。心底すごいと思う。


「あら~、お帰りなさい」


 柴犬を連れたおばさんが和やかに挨拶をしてくれる。地元の高校生だと思われたのだろうか。知らない人にもお帰りって言ってもらえるなんて、ちょっといいな。


「こ、こんにちは。あの、学校の先輩の家を探しているんです」


 住所を見せると、おばさんはん~っと眉間を寄せて紙を凝視した。犬がしっぽを振りながらこちらを見ているので、なでさせてもらった。人懐っこくてかわいい。


「ああ~、百瀬さんちね。昔はこのへんの地主だったから、おうちも大きいのよぉ」

「へえ……」


 バスの運転手さんも大きい家と言っていたし、やっぱり菓子先輩はお嬢様だったのか。


「でもバス停からだったら、もう通り過ぎてるはずだけど?」

「ええっ……。全然気付かなかった……」

「ちょっと分かりづらいのよね。一緒に行ってあげる」


 恐縮する私に、いいのいいの、どうせ散歩コースだからと言っておばさんは案内をしてくれた。


「ここ、ここ。この細道を入って行くの。確かに道路からだと家は見えにくいかもねえ」


 隣の家と竹林の間にある細い道を入ると、急に拓けた土地が現れた。


「家、でかっ」


 私の中で菓子先輩は、洋風の豪邸に住んでいて、ふりふりのネグリジェを着て紅茶を飲んでいるイメージだったのだけど、これはちょっとイメージとは違っていた。

 瓦屋根に歴史を感じる、平屋の日本家屋。ガレージにはトラクターが何台も置いてあって、家の横にはトトロで観たようなポンプ井戸がある。

 コケーッ、コケーッとどこからか鶏の声がするけれど、確かめに行く勇気はない。


「百瀬さ~んっ、お客さんよ~っ!」


 なぜか庭の中までついて来てくれたおばさんが、玄関をガラガラと開けて声を張り上げる。

 鍵はかかっていないのか? とびっくりした。田舎特有の大らかさなのだろうか。おばさんは上がり縁に座り込んでいるし、犬は勝手に庭で遊んでいるし。


「はい~、お客さんかね?」


 廊下の奥のほうからのそのそと、子熊のようなかたまりがやって来る。一瞬ビクッ! としたが、よく見ると腰のまがったおばあちゃんだった。茶色のふさふさしたベストのせいで見間違えた。


「こ、こんにちは。菓子先輩の部活の後輩の小鳥遊こむぎです……。今日はお見舞いに来ました。これ、つまらないものですけど」


 以前柚木さんの家にお見舞いに行ったときにスコーンを持って行ったので、今回はカップケーキを焼いて持ってきた。果物籠は大げさになってしまう、という菓子先輩の言いつけはちゃんと守っている。


「あら~、菓子ちゃんの! それは遠いところどうもねえ。上がってくださいな」


 おばあちゃんは、カップケーキの袋を開けて「おいしそう。いい匂いねえ~」と喜んでくれた。


「じゃ、私はこのへんで」


 とおばさんは腰をあげた。


「あ、わざわざどうもありがとうございました」

「なんでぇ、木村さん、案内してくれたんけ? じゃあ待ってな、白菜持ってくっから」


 おばあちゃんはまるまる太った白菜を渡して、木村さんは白菜と犬を抱えながら帰って行った。田舎のおばちゃんはたくましい。


「じゃあ、そこに座って待っとってなあ。お茶淹れるから」


 家に上がると、広い畳の部屋に通された。テーブルが宴会ができそうなくらい大きい。


「あの、その前に仏壇にお線香を上げてもいいですか」


 私が訊ねると、おばあちゃんは目を細めてくしゃっと笑った。


「ありがとうねえ。それなら、襖を開けた隣の部屋だよ」


 仏壇の部屋は薄暗くてしっとりしていて、静謐な空気が漂っていた。

 黒塗りの立派な仏壇の前に正座する。遺影が二枚飾ってあって、一枚はたぶんおじいちゃん、もう一枚が菓子先輩のお母さんだった。菓子先輩がそのまま大人になったような優しそうな美しい人で、訊かなくてもすぐ分かった。


 お線香を上げて手をあわせていると、おばあちゃんが戻ってきた。

 ふた付きの湯飲み茶碗に入った緑茶と、おいしそうな和菓子を出してくれる。


「あんまり若い人が好きそうなお茶菓子がなくてねえ、すみませんねえ」

「いえ、甘いもの大好きなんです。いただきます」


 私がお茶と和菓子をいただくのを、おばあちゃんがにこにこして見ている。菓子先輩も歳をとったら、こんなおばあちゃんになるのかな。しわくちゃの菓子先輩を想像しようとしたけれど、うまくいかなかった。


「わざわざ菓子ちゃんを心配してお見舞いに来てくれて、ありがとうねえ。昨日学校の先生に送られてきたときは、ばあちゃんもたまげたよぉ」

「菓子先輩の様子はどうですか?」

「昨日は顔色も悪かったけれど、今は落ち着いてるねぇ。自分の部屋で寝ているから、それを食べたら見に行ってあげてねぇ」

「はい……」


 寝ているのに起こしたら悪いなあ、と思いながら緑茶をすすっていると、柱時計がぼーんぼーんと鳴った。おばあちゃんが時計を見て心配そうな顔になる。


「こむぎさん、ここからはどうやって帰るのかね?」

「え、来たときと同じバスで……」

「もう最終バスは行っちまったよぉ。ここのバスは一時間に一本もないからねえ」

「ええっ!?」


 おばあちゃんの言葉に驚く。私が甘かった、帰りのバスの時刻表なんて見ていなかった。


「どうしよう……。どうやって帰ろう……」


 タクシー代なんて持ってないし。親に電話して来てもらうと言っても、ここの場所が分からないと思うし。


「泊まっていけばいいよぉ」

「えっ、で、でも」


 初めて来たおうちで、しかも先輩は具合が悪くて寝ているし、さすがに身の置き場がない。


「どうせ息子は仕事で遅いし、部屋は余ってるし。菓子ちゃんがずっと寝ていてばあちゃんもさびしいから、こむぎさんが泊まってくれたらみんな嬉しいねぇ」

「は、はぁ」

「そうと決まったら、ばあちゃん夕飯の準備しないとねえ」


 おばあちゃんはうきうきして台所行ってしまった。押し切られた格好だけど、実際他の方法が思いつかないし、ここはおばあちゃんに甘えるしかないかも。

 とりあえず家に連絡しなければ。お母さんにメールを打ちながらちょっと迷って、みくりちゃんと柚木さん、浅木先生にも送ることにした。


『菓子先輩によろしくね。みんな心配してるって伝えてね』とみくりちゃん。

『ばあちゃんのキャラうけるんだけど』というのは柚木さん。

 浅木先生からは『何か解決の糸口になるものがあるかも。がんばってね』と激励をいただいた。


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