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気まぐれ猫とあったかスープ①

 どうしてこんなことになったのだろう。

 薄暗い非常階段、右手にはお弁当箱、左手には謎の先輩の手。

 お人形さんのような顔をした先輩は、期待のこもったきらきらした瞳で私を見つめている。

 空気の読めない春風が、制服のスカートを揺らしながら私たちの間を通り抜けて行く。



 どうしてこんなことになったのだろう?

 そもそも私の人生、後悔ばかりだった。

 人見知りなのに気が強くてプライドが高いから、友達がうまく作れなくてクラス替えの日はいつも憂鬱だった。

 人に優しくされても上手にお礼が言えない。両親には小さいころから「こむぎは素直じゃないね」と言われてきた。

 私の人生あまのじゃく。まるで演歌のタイトルみたい。泣ける曲が書けそう。


 誰かに誘われたら部活に入ろうと思っていたけれど、最後まで誰にも誘われなかったので中学三年間ずっと帰宅部だった。仲の良い友達もいなかったから暇で、休みの日も勉強していたから成績だけは良かった。

 無事に県で一番偏差値の高い女子高に入学できた。女子高だったら同性ばかりだし、友達もできやすいのではという期待もあった。校風も穏やかだし、進学校だったら私みたいな人間でもいじめられることはなさそう。


 高校生になったら、ちゃんと友達を作ろう。勇気を出して部活にも入ってみよう。人並みに人付き合いのできる、新しい私になるんだ。

 ――そう、思っていたのだけれど。


 入学して二週間。私は相変わらずひとりぼっちだ。

 何度も周りの子に話しかけようとしたけれどダメで、それでも気のいい子が話の輪に入れてくれようとしたんだけれど、緊張して仏頂面で返事していたら「あの子もしかして一人でいるのが好きなのかな」と誤解されてしまったみたいだ。


 ちがう、ちがう。本当は仲良くしたいのに言えない。ありがとうって言いたいのに言えない。嬉しいって思っていても、伝えられない。ひとりぼっちなんて好きじゃない。こんな自分も全然、好きじゃない。

 一番つらいのはお昼休み。お弁当を一緒に食べる友達というのは高校生にとってものすごく大事なことで、クラスでは数日でグループが定着していた。もうできあがっているグループに入れてもらうなんて、私にとってはエベレスト登山より難しいことだった。


 とは言ってもプライドが邪魔をして、教室で一人で食べることができない。いかにも「他のクラスに友達がいますよ」という体で教室を抜け出していたけれど、どこにも行くところがなく、どこに行っても人がいる校内をうろうろしていた。


 お弁当を食べられないからいつも午後の授業はお腹がすいて大変だった。何も手をつけていないお弁当箱を持ちかえったら母に追及されるし、家に帰るまでお腹がもたないし……ということで、放課後の非常階段でお弁当を食べるようになった。


 にぎやかな昼休みと違って、放課後はまわりに誰もいないから落ち着く。

 石造りのひんやりした階段に腰をおろして、母お手製の卵焼きやハンバーグを食べていると、自分が情けなくて涙がこぼれた。


 どうしてこんなことになったんだろう。

 私の十五年の人生ってなんだったのかな。人より秀でたいとか、目立ちたいとか、そんなことは望んでない。一緒においしいごはんを食べられる友達が欲しい。それだけなのに――。


 涙をぬぐっていると、突然頭上の扉がガチャリと開いた。


「え」

「あら」


 顔を出したのは、きれいな女の子。長い髪と色白の肌がお人形さんみたい。ほっそりしていて手足も長くて、みんなと同じ制服を着ているのに一人だけ世界が違うみたいだ。

 泣いてるところ、見られてしまった――。早く出てってよ、と思うのにその人は私のそばまで階段を降りてきた。

 上履きの色を見ると、三年生だった。同学年じゃなかったことにほっとしたけれど、先輩相手じゃどっか行ってなんて失礼なことも言えない。


「ここでなにしてるの?」


 先輩は隣に座って、にこにこしながら私の顔を覗きこむ。初対面なのにやたら距離が近い。

 見れば分かるでしょう、一人でお弁当を食べてるんですよ――とは言えなかった。


「えっと、その……」

「あら、おいしそうなお弁当」


 先輩が、私の涙が落ちた冷え冷えのお弁当を見下ろす。恥ずかしくて、早くこの場から逃げ出したかった。


「私、帰ります」


 慌ただしくお弁当を包み直して立ち上がる。誰なのか知らないけれど、放っておいてほしい。


「ちょっと待って」


 強めに言ったのに、先輩はにこにこした顔のまま私の腕をつかんでくる。


「こんな寒いところで食べていたから、身体が冷えちゃったでしょ? 今から調理室に行きましょ? お弁当に合う、あったかいスープをごちそうしてあげる」

「はぁ……!?」

「ほらほら早く」

「あ、ちょ、ちょっと」


 顔に似合わず強引な先輩は、手を繋ぎ直すと問答無用で階段を上っていく。抗議の言葉なんてうまく出てこない。転びそうになりながら後をついていくのでせいいっぱいだ。


「私は百瀬(ももせ)菓子(かのこ)。お菓子って書いてかのこ、って読むのよ。料理部の部長なの。あなたのお名前は?」

小鳥遊(たかなし)こむぎです……」

「かわいくて、おいしそうな名前!」


 百瀬先輩は私の手を引きながら、非常階段の重い扉を開け放ってくれた。私よりももっとおいしそうな名前をもつその先輩の手は、びっくりするくらいあたたかかった。



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