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オシドリのアフタヌーンティー⑥

 二日目の午前中はクラス出展の係もなかったので、同じく非番だったみくりちゃんと他の出展をまわった。

 菓子先輩のクラスの脱出ゲームにも挑戦したし、本格的でおいしいと評判になっていたクラスのピタパンも食べた。料理部としてライバル視してしまうくらいにはおいしいピタパンだった。

 中庭でアンサンブルをしていた吹奏楽部の演奏も聴いたし、合唱部のアカペラも聴いた。秋空に吸い込まれていくような透明な歌声はなかなか感動的で、思わず最大限の拍手を送ってしまった。おいしい出店と文化的な出し物。たった数時間だけど文化祭の醍醐味は味わえたんじゃないかなと思う。


 みくりちゃんと仲直りしていなかったら。友達ができていなかったら。菓子先輩に出会っていなかったら。きっと人気(ひとけ)のない展示を一人でめぐりながら、必死に存在を消そうとしているむなしい文化祭だっただろう。

 中庭のベンチに座り、移動販売で買ったラムネを飲みながら「この高校に入って良かったな」とつぶやいたら、みくりちゃんが「私もだよ」と言ってくれた。


 そしてアフタヌーンティー二日目。一回目は、何の問題もなく大成功で終わった。昨日は保護者が多かったけれど、口コミを聞きつけたのか、今日はたくさんの生徒が並んでくれていた。六月にうまくいかなくなって、今はクラスメイトとして上手く付き合っている元グループの子たちも来てくれた。気遣いやお世辞じゃなく、心から楽しんだ様子で私にも声をかけてくれた。今まで私、どうして人付き合いが苦手だと思っていたのかな。素直に心を開けば、私のまわりはこんなにも優しい人たちであふれていたのに。今は、いろんな人たちが楽しそうに話しかけてくれるのがこんなに嬉しい。


「さあ、次の回でラストよ。気合いを入れて頑張りましょう」


 菓子先輩が、頬を紅潮させながら握りこぶしを作る。


「はい!」


 事実上、今日で菓子先輩は引退なので、みくりちゃんも柚木さんも俄然気合いを入れてくれている。もちろん、私だって。

 でも、不安なことがひとつだけ。みくりちゃんには昨日ああ言ったけれど、実際本番になると緊張してきた。やっぱり私のチキンなところは変わってない。


「柿崎先生、来てくれるでしょうか」


 二人のやる気を削がないように、菓子先輩にだけこっそり耳打ちをする。


「昨日、整理券は受け取ってくれたわ。大丈夫、きっと来てくれるわよ」


 菓子先輩は、何も心配なんてしてない、って感じの軽やかな笑顔。やっぱり先輩には私には分からないものが見えているのだろうか。

 昨日、菓子先輩が提案したことはふたつ。顧問の柿崎先生を今までのお礼に招待すること。招待については私たちも賛成だったが、先生の様子を考えると本当に来てくれるのかだけが不安だった。そしてふたつめは――。


「あっ、柿崎先生、来てくださったんですね!」


 テーブル席の準備をしていたみくりちゃんのはしゃいだ声が聴こえる。


「ご招待ありがとう。ちょっと早く来すぎちゃったかしら。まだ準備中?」

「いえ、大丈夫です。お好きな席にかけて待ってらしてください」


 みくりちゃんは一礼したあと、調理場の私たちに目配せした。


「じゃあ、先生のオーダーを取ってくるわね。こむぎちゃん、柚木さん、あとはよろしくね」

「はい」


 菓子先輩はさっそうと先生のもとへ向かっていく。あとの準備はよろしくと言われたけれど、気になってそれどころじゃない。ホワイトボードの隙間からちらちら様子を伺っていると、


「そんなに気になるなら近くに行ってくれば? こっちの準備はもう終わりそうだからさ。ほら、台拭き」


 柚木さんがやれやれ、という様子で背中を押してくれた。


「うう、ありがとう。お言葉に甘えてテーブル拭いてきます……」


 隣のテーブルを拭くふりをして、柿崎先生と菓子先輩に近付く。ふたりが楽しそうに談笑する声が聴こえる。


「それは楽しみね。どんなアップルパイなのか期待してるわ」

「はい、自信作なんです。ぜひ先生に食べていただきたくて。――そうそう、紅茶のオーダーを取りに来たんでした。いろいろと茶葉を選べるようにしたんですよ」

「あ、そうなの……。でも私、紅茶は……」


 柿崎先生が言い淀み、顔色を曇らせる。やっぱり、と思ってテーブルを拭く手が止まる。ドキドキして成り行きを見守っていたら、菓子先輩が私に気付いてにっこりと微笑んだ。


「ええ。だから今日は先生のために、茶葉の種類を増やしたんです」


 菓子先輩が柿崎先生に告げたそれは、昨日計画したふたつめの提案だった。


「え? 私のために?」

「はい。これです」


 戸惑った様子の先生に、菓子先輩は茶葉の入った缶を差し出す。蓋を開けると、紅茶よりも赤みがかった、細い松葉のような茶葉が顔を覗かせた。


「これって……、ルイボスティー……」

「やっぱり、ご存じだったんですね。先生は食べ物や飲み物にも気を遣っていらっしゃったから、きっと普段から飲んでいらっしゃるだろうと思って。先生にも安心してアフタヌーンティーを楽しんでいただきたいから、ノンカフェインのルイボスティーをご用意したんです」


 柿崎先生はしばし呆然としたあと、前髪をかき上げながらあはは、と笑った。その笑顔は以前の男勝りで明るい柿崎先生そのものだった。


「まいったわ。百瀬さんには全部お見通しだったのね。教師として恥ずかしいわ」

「そんなことないです。先生にお世話になった部員の一人として、とても嬉しいニュースです。おめでとうございます」

「ありがとう。まさか結婚する前に妊娠するなんて、バツが悪くて生徒には言えなくて」


 ん? と私の思考回路が一瞬停止した。柿崎先生は拒食症ではなかったのか? 妊娠ということは、つまり先生のお腹に子供がいるということで。じゃあみくりちゃんが言っていたトイレでの様子は、つわり?


「ええ~っ」


 声を出してしまってから慌てて口を押さえたが、遅かった。私の声にびっくりしたのか、みくりちゃんと柚木さんも調理場から顔を出し、何事かという様子でこちらを見ている。柿崎先生は驚いた様子で私を見つめ、菓子先輩はあちゃーという顔で額を押さえていた。


「百瀬さん、小鳥遊さんたちには教えなかったのね」

「はい……。先生から言ったほうがいいのかなと思って。後輩が失礼ですみません……」

「いいのよ。みんなにはちゃんと事情を話さなきゃね。今日の片付けが終わったら、打ち上げで浅木先生のお店に行きましょうか。おわびに私がごちそうするわ」


 柿崎先生に向かって頭を下げると、先生は首を傾けながらウインクしてくれた。大人の女性のそんなお茶目な仕草を見たのは初めてで、先生が急にとても色っぽく見え、なんだかすごくドキドキしてしまった。


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