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オシドリのアフタヌーンティー④

 文化祭の準備は着々と進み、いよいよ一週間前になった。三日前からは授業が短縮になり、授業時間をクラス出展の準備に当てられる。それだけで終わらない場合は放課後に持ち越しだし、部活出展の準備もあるのでこれからどんどん忙しくなってくる。

 その前に心にサプリメントをあげたくて、私は久しぶりに浅木先生のお店にやって来ていた。


「はい、どうぞ。ふわふわ卵のオムライス」

「わあ、おいしそう」


 チキンライスの上にお行儀良く乗ったオムレツをスプーンで割ると、ふわりと花が咲いたように半熟卵が広がった。わあ、と感嘆の声をあげている間に、浅木先生が卵の上からデミグラスソースをかけてくれる。このパフォーマンスのようなひと手間があるので、ついついここに来るとオムライスを頼んでしまう。好きな人に手をかけてもらうのは嬉しい。ひとときだけでも、自分が特別な女の子になったような気持ちになれるから。


 浅木先生との出会いから約半年。一人で訪れたときはカウンターに座って、浅木先生とおしゃべりしながら食事できるようになった。最初は至近距離で話すだけでドキドキしていたのに、我ながら成長したものだ。


「ここで夕飯食べて行っちゃって大丈夫なの?」

「はい。文化祭の準備で遅くなるから、夕飯は食べてくるって母に言っておいたので」

「そっか。そろそろ文化祭だもんね」

「今年は料理部で、本格的なアフタヌーンティーをやるんです」

「ああ、菓子ちゃんから聞いたよ」


 いつの間に。菓子先輩だってここのところ、寄り道している様子はなかったのに。私の視線に気付いたのか、浅木先生は


「メールで連絡取ってるんだ、たまにね」


 と説明してくれた。私は浅木先生のメールアドレスすら知らないのに、と余計に悲しくなる。もっとも、理由もないのにアドレスを聞く勇気もないけれど。

 浅木先生と接していて気付いたことだけど、いくら二人が仲良くしていても菓子先輩に対して嫉妬の気持ちが湧かないのは不思議だった。自分が恋に狂う姿はあまり見たくないので、幸いと言えば幸いなのかもしれない。


「浅木先生も時間があれば、文化祭にいらしてくださいね」


 文化祭は土日をまたいで開催され、保護者だけでなく一般の人も自由に参加できる。


「そうしたいんだけど、土日にお店は閉められなくてね……。終わったあとに話を聞くのを楽しみにしているよ」

「そうですか……」

「ぜひ打ち上げに使ってやってね」

「あはは、そうします」


 すごく残念だけど、浅木先生が文化祭に来たらどうなるのか、なんとなく想像がつく。ファンに囲まれている姿を見てショックを受けるよりはいいのかな、と自己完結してスプーンを取った。


「はぁ~、オムライスの卵、ふわふわでおいしい。中のチキンライスも、ケチャップじゃなくてバターライスなんですね」


 浅木先生の料理は何を食べてもおいしい。ビーフシチューも家庭では出せない味だったし、このオムライスのふわふわ卵も、私は家でやってもいつも失敗してしまう。


「上からかけるのがデミグラスソースだから、ケチャップライスにするとくどくなりすぎちゃうからね。あとはカレー風味のチキンライスにしたり、卵にほうれん草を入れたり、色々アレンジしても楽しいよ」

「へ~、今度部活で作ってみます」


 そう答えてから、もう文化祭の準備で手一杯なので、引退までに菓子先輩と一緒にごはんを作ることはないんだなと気付いた。


「……そういえば、新しく部員が二人入ったんだってね。今度紹介してね」


 黙りこんでしまった私を気遣って、浅木先生が話を振ってくれた。


「あ、はい。たぶん一人は見たことあるかも。前に一緒に来たので」


 答えながら、浅木先生がいつもより心配そうな顔をしていることに気付く。


「こむぎちゃん。……菓子ちゃんは、引退してもなんだかんだ理由をつけて遊びに来ると思うよ。心配しなくても、大丈夫」

「……そうですね。菓子先輩ですもんね」


 なぐさめるような笑顔で、言い聞かせるような口調で、浅木先生が話す。私はむりやり作った笑顔で、胸の中がとてもつめたいのをごまかす。

 浅木先生も、菓子先輩も、いつも私の気持ちを先回りして優しくしてくれる。だから私は甘えてしまうし、ふたりのそばにいるのが心地いいんだ。

 私が浅木先生のことを好きな理由が、なんとなく分かった。菓子先輩に似ているから、だなんて誤解されそうなこと、誰にも言わないけれど。


 浅木先生みたいなふわふわ優しいオムライスを口に運びながら――明日からの文化祭準備、頑張ろう。そして絶対に文化祭を成功させて、笑顔で菓子先輩の引退を見送るんだ――と心に決めた。



 あわただしく過ごす間に時計の針は進み、十月になった。季節的には秋だけど、まだまだ夏が名残惜しそうにしっぽを残している。衣替えをしたけれど、文化祭当日はクラスで作った半袖のTシャツで動き回る生徒がほとんどだろう。


 文化祭前日。私たちは、明日出すメニューの作り置きをしていた。


「えっと、スコーンとアップルパイは今日作っちゃって、サンドイッチは明日の朝作るんだよね。で、明日の放課後は明後日の分の焼き菓子を作って……」


 文化祭前日の雰囲気にのまれてしまったのか、私は分かりやすくあたふたしていた。教室でも廊下でも、至るところで生徒が忙しそうに動き回っていると、なぜだかこちらまで焦ってしまう。


「こむぎちゃん。予定表を作って来たから大丈夫よ。個人でやることには名前を書いてあるから、チェックしておいてね」


 菓子先輩が私の様子を見てくすくす笑いながら、きっちりと作られたタイムスケジュールを全員に配った。


「おお……前日からきっちり時間制で書かれていて分かりやすい。百瀬先輩って有能なんですね」


 柚木さんが感心したように菓子先輩を見つめている。


「まあ、くさっても部長ですから」


 菓子先輩は胸を張ったあと、


「な~んてね、毎年使っている予定表をちょこっと変えただけ。先輩たちが残していったそういうものがいろいろとあるのよ」


 いたずらっぽく種明かしをしてくれた。

 菓子先輩が指揮を取り、予定表も見ながら最後の準備を開始した。アフタヌーンティーの会場として使う調理室の飾り付けは終わっており、調理場とテーブル席はホワイトボードでうまく区切ってある。


 明日出すメニューは、スコーン、サンドイッチ、アップルパイ。スコーンはトランプの模様の型で抜いて、アップルパイにもアリス風に工夫がしてある。ハロウィン前だからパンプキンパイもありかなと思ったのだが、菓子先輩に却下されてしまった。

 サンドイッチの具はきゅうりとレタス、チーズとハム。BLTサンドとか、もっと華やかな具のほうがいいのではと提案したのだが、きゅうりサンドにはアフタヌーンティーの歴史がつまっているらしく、あえてスタンダードなものにした。


「どう? はかどってる?」


 準備も終盤に入ったころ、柿崎先生が様子を見に来てくれた。


「材料、足りないものはない? 今のうちなら買ってこれるけど」

「大丈夫です、ありがとうございます」

「じゃあ、あとは当日の様子を見てって感じかしらね。七時には教室の鍵閉めるらしいから、それまでには帰りなさいね」


 はーい、と全員で答えたあと、手を洗いながら菓子先輩がさりげなく先生を誘った。


「あ、先生良かったら休憩して行きませんか? 明日のために買った紅茶、これからちょうど味見しようと思ってたんです。先生、この銘柄お好きでしたよね」

「ああ、うん……。せっかくだからいただきたいのだけど、まだまだやることがあってね……。明日の本番も見に来るから、準備頑張ってね。それじゃ」


 先生は一瞬迷ったそぶりを見せたものの、そそくさと帰ってしまった。やっぱり、何か変だ。みくりちゃんと顔を見合わせる。


「柿崎先生、何かそっけなくない? 授業の時とか、もうちょいフレンドリーじゃなかったっけ」


 部活中に先生と会うのは初めての柚木さんも、首をかしげていた。


「う~ん……」


 菓子先輩だけがなぜか紅茶の缶を凝視しながら、何か考え込んでいた。


「菓子先輩、どうしたんですか?」


 当日使う茶葉は、ストレート用のアールグレイ、レモンティー用のダージリン、ミルクティー用のアッサムを用意した。柿崎先生はアッサムをロイヤルミルクティーで飲むのが好きで、菓子先輩はよく淹れてあげていた。


「ちょっと思いついたことがあって」


 菓子先輩は紅茶の缶から顔を上げて、私たちに向き合った。その顔が何かを発見したときの名探偵みたいな笑顔だったから、私はまた密かな期待と胸の高鳴りを、この先輩に感じてしまうんだ。


「――みんな、ちょっと提案があるんだけど、聞いてくれる?」

 

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