オシドリのアフタヌーンティー①
今年の夏休みはとても楽しかった。去年まではスカスカだった夏休みのスケジュール帳が埋まって行くのは嬉しくて、思わずペンやシールでデコったら、とても見にくくなってしまったのはご愛嬌。
まずは、みくりちゃんと夏祭り。学校近くの神社で毎年開催されている、大きな夜祭りに行った。この日ばかりは滅多に着ない浴衣を着て行ったら、途中で二人とも鼻緒擦れを起こしてしまった。「慣れないものは着るものじゃないね」と言いながら、境内に座って焼きそばやりんご飴を食べまくった。帰り道は足を引きずっていたけれど、いい思い出。
そして、柚木さんと映画。好きな作家さん原作の映画が公開ということで、大型ショッピングモールにお出かけした。映画を観て、柚木さんのお買いものにも付き合って、生まれて初めてギャル服のショップに入ったりもした。面積の狭い服ばかりでびっくりして、試着させられそうになったときには必死で拒否した。
週に一回は部活に行って、後半は全員参加の課外授業。
ほとんどの部活の三年生が夏休み前には引退している中、菓子先輩は変わらず部活に顔を出してくれていた。三年生は毎週のように模試があり、夏期講習に行く人もいて忙しいのに。
何度か大丈夫なのか訊いてみたら「志望校A判定はキープしているから大丈夫」と言われた。菓子先輩は成績はいいらしい。
「夏休みが終わったら引退するわ」といつ言われるかドキドキしていたのに、新学期に入ってもまだ、菓子先輩は毎日調理室にいる。
*
「もうすぐ文化祭ね。料理部もなにか出展しましょうか」
このところ菓子先輩はうきうきしている。文化祭の準備が学校中で始まったからだ。お祭りがあると浮かれ出すなんて、まったく菓子先輩は予想を裏切らない。
「たった二人でですか? ちょっと無理があるんじゃ」
「あら、二人じゃないわ。御厨さんと柚木さんも、いつも遊びに来るお礼に手伝いますって言ってくれたわ。だから四人よ」
「いつの間に……」
「そういえばこむぎちゃんのクラスは何をやるの?」
「飲食店の抽選に外れたので、映画館になりました。映画のDVDを流しているだけの、簡単なお仕事です」
歩き疲れた先生や保護者の憩いの場になること間違いなし。椅子は埋まっているのにいまいち盛り上がらない教室の姿が今から目に浮かぶ。
「菓子先輩のクラスは?」
「うちはお化け屋敷よ。脱出ゲーム風にすることになって、みんなはりきっているわ~」
桃園高校の文化祭は毎年レベルが高い。飲食店やお化け屋敷ひとつとっても意趣やテーマが凝らされており、クオリティは大学にひけをとらないのではないか。進学校生が勉強のストレスと、男子のいないことで持て余された情熱のありったけをぶつけるからだ、と私は思っている。サボる男子がいなくて統率が取りやすいというのもあるかもしれない。つまり文化祭は私たち桃園高校生の魂の叫びなのである。
「本当は飲食店をやりたかったのだけど。抽選に負けるよりはってことでお化け屋敷になっちゃったの」
「うちのクラスもそうすれば良かったのに……」
「こむぎちゃんたちはまだ二年あるもの! それに映画館だって工夫をすれば楽しいわ、きっと」
文化祭で、出展数が決まっているジャンルは三つある。まず、自分たちで調理したものを出す飲食店。おなじみ、カレーとかクレープとかのアレである。次に、包丁や火を使わず、買って来たものを盛り付けて出すだけの、食べもの販売。アイス屋さんやジュース販売など。最後にお化け屋敷系。迷路や脱出ゲームもそれに当たる。
飲食店はほぼすべてのクラスが希望するため、抽選が苛烈な争いになる。それを見越して最初から食べもの屋さんかお化け屋敷を希望するクラスもあるので、抽選に負けるとそれ以外の地味な出展になってしまうのだ。
「まあ、準備も当日も楽だからいいんですけどね。みくりちゃんと柚木さんも余裕あると思うので、確かに料理部で何かするにはいいのかも」
「うんうん。クラス出展の雪辱をここで晴らしましょう!」
「そこまで悔しいわけじゃ」
菓子先輩はすっかりやる気になっているけれど、受験勉強は大丈夫なのだろうか。
「菓子先輩……」
「あ、そろそろシフォンケーキが焼けるみたい。こむぎちゃん、生クリームを泡立てる準備をしてもらっていい?」
「はい……、そうじゃなくて!」
大事な話をしようとするといつもはぐらかされる気がする。単に私のタイミングが悪いからで、菓子先輩に当たってもしょうがないのは分かっているんだけど。
「どうしたの、こむぎちゃん」
「菓子先輩は受験生なのに、こんなに毎日部活に来ていていいんですか? 顧問の先生は何も言わないんですか?」
菓子先輩はシフォンケーキをさかさまにしながら「う~ん」と口ごもった。
「実は、せめて週に一回くらいの活動にしろって言われているのよねえ。もともと料理部の活動は水曜日だけで、それ以外は私が自主的に活動していただけだし」
「え、そうだったんですか?」
「部活説明会のときにもらった冊子に、書いてあったでしょう?」
部活なんて縁がないと思っていたから、ろくに読まず捨ててしまった、なんて言えない。
「料理部自体を週に一回くらいの活動にするのは、かまわないの。でも私が引退するとこむぎちゃんが一人になってしまうでしょう」
「あ、それだったら、みくりちゃんと柚木さんに入部してもらいます。みくりちゃんも週一だったらバレー部と兼部できるって言っていたし」
「そう……。そうよね、こむぎちゃんにはもう、お友達がいるんですもんね」
菓子先輩はさびしそうにつぶやいて、私は胸がチクンと痛んだ。本当は菓子先輩がいないとさびしいし、引退なんてして欲しくない。でも、菓子先輩が私を心配してずっと部活に残ってくれていたのは分かっていた。これ以上先輩に迷惑をかけたくないし、私のせいで受験に落ちて欲しくない。
「あっでも、引退するのは文化祭が終わってからにしてくださいね。せっかく出展することに決まったんだし」
わざと元気に答えながら、菓子先輩が卒業するとき、私はちゃんとお別れできるのかなと今から考えていた。




