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一匹狼の親孝行サンド⑥

「こむぎちゃん、良かったわね」

「……はい」


 とっぷり日の暮れた帰り道を菓子先輩と二人で歩く。

 あのあと柚木さんのお母さんが無理して部屋から出てきてくれて、私と菓子先輩はお礼を言っておいとました。お母さんは、化粧気のないさっぱりした美人だった。病気で弱っているのに力強い雰囲気とか、包容力とか、理想の看護師さんという感じ。

 スコーンとホットサンドには驚いていたみたいで、ぜひ娘を料理部に……と直々に頼まれたけど、柚木さんは「部活に入るより家でやりたいことがある」と言ってきかなかった。柚木さんが家事をマスターしてお母さんを驚かせる日は、そう遠くないような気がしている。


「菓子先輩……」

「ん?」


 街灯に照らされた菓子先輩の腕は、昼間よりも青白く、透けてしまいそうに見えた。夏服になってから余計に目立つようになった、菓子先輩の細さ。

 ちゃんとごはんは食べているのだろうか。いつもおいしいもので誰かを幸せにしている菓子先輩自身は、ちゃんと幸せなのだろうか。


 もうすぐ学校に着いてしまう。少しでも先送りにしたくて歩くペースを落としたら「どうしたの?」という顔で菓子先輩が振り向いた。


「あの、私……」

「――こむぎちゃん!」


 聞きなれた声にさえぎられ、校門の方角に目をやると、みくりちゃんがこちらに向かって走ってきていた。

 そういえば、やっぱり身体を動かしたいからバレー部に入ると言っていたっけ。それでこんな時間まで学校にいたのかな。


「御厨さん、久しぶりねえ。元気だった?」


 私たちの前まで走ってきたみくりちゃんは、はあはあと肩で息をしている。


「は、はい……。おかげさまで……。あの時はありがとうございました」

「いえいえ。御厨さんが彼氏とうまくいってるなら何よりだわ」

「は、い……。あの……」

「じゃあ私は先に帰るわね。あとはふたりでごゆっくり」


 菓子先輩はにっこり微笑んでから、ふわふわした足取りで去ってしまった。みくりちゃんとちゃんと向き合うのは数日ぶりで、お互い何を話していいのか分からず、沈黙だけが夜の帳に降り積もっていった。


「……こむぎちゃん、ごめんね」


 先に沈黙を破ったのはみくりちゃんだった。


「えっ、なにが?」


 てっきり、ここ数日避けていたことを問い詰められると思っていたのに。


「あの子たちに事情は聞いたよ。ひどいこと言わせちゃって……聞かせちゃって、ごめん。こむぎちゃん一人だけにつらい思いさせて、私はのうのうといつも通り過ごしてて、何もできなくて、ほんとに、ごめん……」


 みくりちゃんは、泣いていた。暗くても分かるくらい、盛大にしゃくりあげていた。


「えええ……。どうしてみくりちゃんが謝るの? 私、みくりちゃんにつらい思いさせたくなくて、それで……」

「それが一番つらいんだよ、バカッ!」


 いきなり怒鳴りつけられて固まってしまう。あの優しいみくりちゃんが、バカと言うなんて……。思わず私の目にも涙がにじむ。


「ご、ごめん怒鳴って。でもその、バカっていうのは本音。こむぎちゃんは何も分かってないよ。自分が離れれば解決するなんて、私の中でこむぎちゃんはそんなに小さな存在じゃないよ……」

「みくりちゃん……」

「もう、そのくらい大事な友達に、なってるの! そのくらい気付いてよ!」

「でも私、何もみくりちゃんに返せてない……」

「……こむぎちゃんはさ、私のこといつも褒めてくれるよね。でもさ、私もこむぎちゃんが思ってるほど立派な人間じゃないんだ。卑怯なとこも、黒いところもあるよ。普通の女の子と変わらないんだよ」

「私、負担になってたかな」

「ううん、逆だよ。こむぎちゃんが私のいいところをいっぱい見つけてくれるから、いつもきらきらした瞳で慕ってくれるから、こむぎちゃんが思ってくれているような私になろうって、そんな私でいたいなって、頑張れるんだよ。何も返せてないなんてこと、ないんだよ」


 気付いたら私の頬にも大粒の涙が流れていた。でもそれは今まで感じたことのない、熱い涙だった。


「みくりちゃん……!」


 思わずもたれかかってしまった私を、みくりちゃんは優しく抱き締めてくれた。


「みんな同じだよ。だからこむぎちゃんも、自分のことを好きになってあげて。自分のいいところも、見つけてあげて」

「うん。がんばってみる」


 チャリンチャリン、とベルを鳴らしながら、部活帰りの自転車が通り過ぎていった。正門近くの歩道で抱き合っていたことを思い出し、あわてて離れる。なんだかおかしくなってしまって、みくりちゃんと二人、涙まみれの顔を見ながら笑いあった。


「でも、グループの子たちが気が合わないって感じるのは、どうしようもないよ。私が悪いわけじゃないっていうのは分かったけど、向こうが悪いわけでもないと思うの。だってそれは素直な気持ちだし、しょうがないことだもん」


 みくりちゃんとは気持ちが通じ合ったけれど、だからと言ってはい元通り、とならないのが友達関係の難しいところ。


「う~ん。でもこのままでいるのはあの子たちのためにも良くないよ。明日から、どうしよう」

「どうしようね」


 菓子先輩がいれば何か名案でも授けてくれただろうか。そう思っていたけれど、次の日私たちの問題は、意外なところから解決することになる。



「小鳥遊さん、ちょっといい?」


 お昼休み。いつもだったらチャイムが鳴ってすぐ席を立つのだが、それよりも先に柚木さんが話しかけてきた。


「え、うん。どうしたの?」

「昨日教わったホットサンド、いろいろ作ってみたんだ。お礼に食べてくれない? あーでも、自分のお弁当あるか、そういえば」

「ううん、お弁当だけじゃお腹いっぱいにならないし、大丈夫。ありがとう」


 そう言ってホットサンドを受け取ろうとしたけれど、柚木さんは「じゃあ、あたしの机で食べよう」と言って机の上に置いてあった私のお弁当を持って行ってしまった。

 柚木さんの机の近くは、いつもみくりちゃんたちがお弁当を食べるのに集まっている場所で。どうしようと思いつつも、お弁当箱を人質に取られた私は困惑しながら付いていくしかなかった。


「柚木さん、あまり人とつるむの好きじゃないって言ってたから、食事は一人でしたいのかと思った」


 椅子だけ持っていって、柚木さんの机におじゃまする。なんだか不思議な気分。外では一緒にいたけれど、教室で柚木さんと話すのは、そういえば初めて。


「ちがう。あたしは、気の合う人と、必要なときに一緒にいたいって言ったの」


 柚木さんが、「気の合う人」に自分を選んでくれたことがとても嬉しかった。


「今はその必要なとき?」

「うん。やっぱり食事は誰かと一緒に食べたほうがおいしいなって気付いた。それに、自分で料理するようになるとなんだか、人に食べてもらいたくなるね」

「うんうん、分かる」

「小鳥遊さんと百瀬先輩を見ててさ、食事のときくらいにぎやかでもいいのかなって考えるようになったよ。――ねえ!」


 柚木さんが急にみくりちゃんたちに声をかけるから、びっくりしてお尻が数センチくらい浮いてしまった。みくりちゃんたちも、何事だという顔でおそるおそる柚木さんを見つめている。


「あのさ、ちょっと作りすぎたから食べてくんない? このホットサンド」

「な、なんで私たちに?」


 急にフレンドリーになってどうしたんだ、柚木さん。私が驚いているのだから、みくりちゃんたちが半ばおびえたようになっているのも無理はない。


「ん~、食事くらいはさ、ふだんつるんでなくても一緒に食べていいのかなって思って。昼休みだけだったら、にぎやかでもいいじゃん」

「――私もそう思う!」


 みくりちゃんが柚木さんの目配せに反応して、ぱっと顔をかがやかせた。


「ふだん一緒にいない人とも話せるからいいよね、お弁当って。あっ、こっちに机くっつけなよ~」


 わざとらしい口調で私たちの移動をうながすみくりちゃん。グループの他の子たちも意図に気付いたみたいで、


「そ、そういうことなら」

「うん、お弁当の時間だけなら全然、いいかな」

「小鳥遊さんと柚木さんも、おいでよ」


 ぎこちなくも私たちを誘ってくれた。


「だってさ。良かったじゃん、小鳥遊さん」


 柚木さんが私の頭にぽんと手をおく。まったくもう、この人は、柄にもないことをして。涙をひっこめるのが大変じゃないか。

 なんだか少し居心地が悪そうにそわそわしている柚木さんと、それをからかうみくりちゃん。少しずつ会話に加わるみんな。ランチタイム限定のちょっとでこぼこグループは、おいでおいでと私に優しく手招きしてくれた。


 一匹狼のホットサンドは、親子をつないで、友達をつないで。そうしていつの間にか一匹狼は、ただの狼になっていたのでした。


 雨上がりの空からひょっこり顔を出した太陽。ななめに射し込む金色の光が、祝福のように私たちに降り注いでいた。


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