第二十六話 帝都空襲邀撃戦
ウー!ウー!ウー!
「敵機来襲!」
鳴り響く空襲警報とサイレンの音。
「回せ―!」
わたしはサクラに飛び乗ると、エナーシャスターターレバーを引いた。
「オイル温度、エンジン音ともによし・・・・・・・・出撃準備完了」
タキシングに移ろうとした時、主翼に上がってくる人影があった。
「山ノ井一飛曹!」
「七日町一整曹じゃないですか。どうしたんですか!?」
七日町一整曹はニヤリと笑って言う。
「山ノ井一飛曹。お前の機体にだけ、秘密装備を付けておいた」
「秘密装備?」
「ああ、前々から使ってみたいと言っていただろう。三号爆弾だ」
(三号爆弾・・・・・・・・!!)
ラバウルで岩本さんが使ってた装備だ!
「ありがとうございます!」
わたしのお礼を聞いた七日町一整曹は翼から降りる。
「チョーク外せ!」
わたしが合図すると、整備兵が車輪止めを外した。
「行くよ・・・・・・・サクラ・・・・・・」
ヴァラララララララ・・・・・・・・・・・
スロットルを押し込んで出力を上げ、操縦桿を手前に引く。
ふわっ
地面からの振動が消えた。即座に脚をしまう。脳内でラバウルのころに教わったことを思い出していた。
(いいか・・・・・・・・山ノ井二飛曹)
懐かしい岩本さんの声。
(三号爆弾は敵機より高いところから投下しないと意味がないんだ。だいたい敵機の上方千メートルで待ち構え、敵機が来たら投下する。いいな?)
「敵機の上方千メートル・・・・・・・高高度からくる敵機相手じゃ少し厳しいね」
わたしは酸素マスクを装着すると、唇の間から舌を出した。ひんやりとした感触。
「酸素供給は問題無し」
機銃の試射も終え、一機の操縦桿を引き、スロットルを押し込む。
《哨戒艇からの報告。敵機は米軍B29と認む。高度八千、機数は六十》
無線機から聞こえてくる声。ラバウルのころは無線はほとんど使えないほど調子が悪かったけど、最近は調子がいい。
「ありがとう、七日町一整曹」
そっとつぶやくと、高度を上げた。
「サクラ、行くよ!」
「りょーかいりょーかい!」
スロットルを最大に押し込み、操縦桿を引く。フラップと脚を上げて、飛行眼鏡を付けた。
グァァァァァァァ
栄エンジンがうなりを上げる。
「くっ、苦しい・・・・・・・」
サクラがうめき声を上げた。わたしはチラッと高度計を見る。
(現在高度約六千メートル・・・・・・)
零戦が最も活躍できる高度四千メートルはとうに超えている。機体の動きも鈍くなり始めた。
「ごめんね・・・・・・もう少し、B29を撃墜できるまで頑張って・・・・・・・・」
何回もつぶやきながら、さらに高高度を目指す。
ぎゅん!
目の前に四機の零戦が入り込んできた。濃緑色に塗られた五二型。先頭を行く機の風防内に端正な横顔が見える。
「小町飛曹長!」
同じ横空の小町定飛曹長だ。
小町機はわたしの目の前に入ると、翼を小刻みに降る。
《敵機発見だ!山ノ井一飛曹!》
「了解です!」
わたしはぐるりと首をめぐらすと、列機たち三機がついてきていることを確認した。
上を見上げると、きらきらとした点が見える。銀色に塗られた米軍機だ。
「サクラ、行くよ!」
「りょーかい!」
操縦桿を引き、さらにスロットルを開く。
グォォォォォォォォォォ・・・・・・・
栄エンジンがさらにうなり、敵機がだんだん大きくなった。
グァァァァァァァァ!
米軍機より高い高度に到達すると同時に取っ手を引く。
ガコン!
三号爆弾が翼下から切り離された。
パン!
光の尾が敵機を包んでいく。
ボッ!
B29のエンジンから火が噴き出したが、すぐに消えてしまった。
《山ノ井一飛曹!》
小町飛曹長が無線機で叫ぶ。
《コイツは自動消火装置がついている!コックピットを狙え!》
「わかりました」
わたしはそう言うと、列機とともに四機編隊を組んでB29に向かった。
ヴァァァァァン!
栄エンジンは限界近くまで回転し、B29が近づく。
相手前上方に躍り出た。
「喰らえ!」
ドドドドドドドドドド!
敵機のコックピットに二十ミリを撃ち込んでそのまま下方に離脱。
ドドドドドドドドドド!
タタタタタタッ!
列機たちもB29の風防に機銃弾を撃ち込んで離れる。
ヴァラララララ・・・・・・・・!
護衛のP51が三機追ってきた。
タタタタタタッ!
後方から米軍機の十二・七ミリの音が聞こえる。
「こなくそ!」
機体を横滑りさせて機銃弾をかわし、操縦桿を引いた。
「猿島二飛曹!ちゃんとついてきてよ!」
「わかってますよ!」
二人組を組む猿島二飛曹機がついてきてるのを確認すると、マスタングの後ろにつこうとする。
ドドド!
二十ミリを撃ち込んだ瞬間、敵が離脱するのが見えた。
「クソ!」
敵機は宙返りし、わたしの後ろについた。その瞬間・・・・・・
「えいやっ!」
ぐるん!
わたしは操縦桿を右に倒してロール。
「今だよ!猿島二飛曹!」
ドドドッ!
猿島二飛曹が二十ミリを撃ち込む。
バキッ!
風防を撃ち抜かれたP公が最期の降下に入った。
《まだ三機!後ろから来てます!》
猿島二飛曹の声。
「了解!」
ドドドッ!
米軍機が機銃を発射する。
「そぉれっ!」
機体を横滑り。地上には田んぼが広がり、その合間に農機具小屋や雑木林が点在していた。
「猿島二飛曹!」
わたしは高度を下げると無線を入れる。
「あの農機具小屋より低く飛ぶよ!」
《わかりました!》
一気に高度を下げ、地面すれすれを飛ぶ。
ザァァァァァ!
眼下の稲が風圧で押されて靡いた。
ヴァラララララ・・・・・・・・!
P公たちも追ってくる。
「よしよし。ついて来いついて来い・・・・・・・」
この辺の地形はよく知っている。
すぐ目の前に雑木林が見えた。
「今だ!猿島二飛曹!上昇!」
《はい!》
ヴァラララララ・・・・・・・・!
操縦桿を引くと同時にスロットルを開いて急上昇!
ヴァァァァァン!
敵機も急いで上昇しようとしたものの、先頭の一機は間に合わなかった。
ドガァァン!
雑木林に突っ込む。
「搭乗員は・・・・・・生きてはいないね」
心の中で合掌すると、あと二機残っているP公に目を向けた。
「あいつらを洋上に誘い出すよ!」
《了解です!》
わたしはそう言うと、一気に操縦桿を引く。
グァァァァァァァァ!
機体が一気に宙返りした。猿島二飛曹も続く。
「喰らえ!」
ドドドッ!
発射把柄を握りしめる。
ボッ!
「よし!これで後は一機!」
《観音崎が見えました!》
猿島二飛曹が叫んだ。
「じゃあ、三、二、一で一気に上がるよ!」
《はい!》
観音崎の先にある第三海堡が近づいてくる。
ヴァラララララ・・・・・・・・!
栄エンジンがうなりを上げた。
「行くよ!三、二、一!それっ!」
わたしと猿島二飛曹が機首を上げて宙返りをした瞬間、第三海堡の高角砲弾が炸裂した。
ボン!
敵機には当たっていない・・・・・・・・・でも・・・・・・
くるっ
敵機が機首を翻して帰っていく。
「燃料切れ・・・・・・・?」
おそらく帰路の燃料が心配になったんだろう。
「ん!」
サクラの燃料計も、かなり低い数値を指していた。
「帰投するよ!」
わたしは猿島二飛曹にそう言うと、機首を横須賀に向けた。




