第二十五話 空の防人たちの肖像
わたしが十二試艦戦と出会ってから一週間後のこと・・・・・・・・
「敵機来襲!」
聞こえてきた叫び声。わたしは列線に向かって走り出す。
「回せ―!!」
整備兵に向かって叫びながらコクピットに飛び込み、安全縛帯を締めた。
「コンターック!」
バタバタバタバタ・・・・・・!
エンジンが回り始めると同時に地上移動開始、わたしの後ろに続くように十二試艦戦も続く。
「山ノ井一番!出撃します!」
ヴァァァァァァァァァァ・・・・・・!
スロットルを押し込むと、サクラのエンジン音が一段と高くなった。
「今日も頑張ろうね!彩音っち!」
「うん!行くよ、サクラ!」
ぐいっ
操縦桿を引いて離陸。十二試艦戦をはじめとした列機たちがついてくるのを確認。
グォォォォォォォォォォォォォォォ・・・・・
紫電、紫電改も次々に離陸していく。
ぎゅん!
目の前をずんぐりむっくりした機体が通り抜けた。
「三〇ニ空ね・・・・・・・」
近くの厚木基地を本拠地とする第三〇ニ航空隊の局地戦闘機「雷電」たちだ。
雲間に目を凝らし、敵機の影を探す。
「!!」
雲間に見える光の粒。雷電に似ているけど違う!敵機だ!
「サクラ、敵機発見!行くよ!」
「オーライオーラーイ!」
サクラが笑って言う。翼を二回振って列機に知らせると、スロットルと操縦桿を操って高度を上げた。
《わたしだって負けてないよ!》
脳内に響いてくる十二試艦戦の声。彼女もまた、わたしと同じように高度を上げていた。
「今回は、敵に対して有利な斜め後方上からの編隊一撃離脱をかけます!各機一機は補足するように!」
わたしが無線を出すと、みんなが翼を振って答えた。
敵機上空に到達!
「F6F十二機ね・・・・・・・・・・・行くよ!」
操縦桿を横に倒して背面飛行、手前に引いて敵機に向かって降下する。
ヴァァァァァァァァァァ!
エンジンがうなりを上げた。
ヴァァァァァァァァァァ
わたしの横に並ぶようにして十二試艦戦も飛行する。
「確かにわたしたちは旧式の型落ち品かもしれない!」
サクラが叫ぶ。
「でもさぁ!」
十二試艦戦が言葉を継いだ。
「こんなわたしたちも十分に戦えるっての、証明してあげるよ!」
グァァァァァァァァァァ!
敵機の大編隊が目の前一杯に広がった。
「てぇっ!」
引き金を引く。
ドドドドッ!
タタタタタタタタタッ!
機銃が火を噴いた。
バキッ!ボン!
爆発四散した敵機の横を通り抜け、機首を翻す。列機たちも続いた。
敵機が編隊を解いてわたしたちに向かって吶喊する。
「行くよ!」
わたしたちはいっせいに機首を翻して逃げる。敵機たちが追いかけてきた。
「この速度を維持し続けなさい!」
列機に無線で合図を出す。
グァァァァァァァァァァ!
敵機との距離は四千メートル。敵機の機銃の射程外かつ敵機の諦めない距離。敵機は全力でわたしたちを追いかけにかかる。
(そう、ついて来いついて来い・・・・・・・・・・)
わたしたちは敵機を追浜近くの海上に誘い出す。
「よし!今だ!」
とある地点まで来ると、わたしは上方を見た。
「よし、零戦隊、うまく引き付けてくれたな・・・・・・・・」
予め横空と相談して決めた位置―追浜沖合の海上、俺―赤松貞明は愛機「雷電二一型」の風防の中でつぶやく。
下を見ると、グラマンどもに追われた零戦隊が通り過ぎたところだった。
「お前ら!行くぞ!」
無線機に向かって叫ぶと、敵機に向かって一気に急降下する。
キーン!グォォォォォォォォォォォォォォォ
雷電の火星エンジンが独特のうなりを上げ、グラマンどもが大きくなっていく。
「今だ!撃て!」
ドドドドッ!
俺は先陣を切ってグラマンどものど真ん中に飛び込むと、宿敵に向かって機銃弾を放った。
「よし!二機墜としたぞ!」
機銃弾を受けて火を噴く敵を見ながら操縦桿を引いて上昇、再びグラマンに機銃弾を放つ。
「おりゃっ!」
ドドドドッ!
ボッ!
爆発するグラマン見ながら、俺はさらに反復攻撃に移った。
ドドドドッ!
突然上から飛んできた機銃弾。
「なにっ!?」
新しい愛機、F6Fのコックピット内。俺―アラン・イラトリアスはとっさに上を見る。
キーン!ゴォォォォォォォォォォ!
上空から機銃弾を放ちつつ急降下してきた機体。あの特徴的な音とフォルムは・・・・・
「雷電!!クソッ!あのゼロどもは囮だったのか!」
道理でゼロどもは一降下だけで勢いよく逃げ出したはずだ。
「ゼロが十二機、雷電が五機、計十七機か・・・・・・・」
俺が率いる隊はF6F十二機、しかもさっき一機がゼロに落とされた。
(仕方がない・・・・・・・・・)
俺は無線を入れる。
「一旦撤退だ!何とかジャップどもの包囲網を破って戦闘空域から脱出しろ!」
各機が二機ごとに分かれていく。
「トム、俺のせいですまない。包囲網を破るぞ!」
《了解です!隊長!》
俺はスロットルを開けると、敵機に向かって吶喊した。
「おっ!」
サクラの声。わたし―山ノ井彩音は前方から突っ込んでくる二機の敵機を見ると、スロットルを開いた。
「あなたと一組で先頭に入るよ!」
わたしは十二試艦戦に無線で連絡すると、操縦桿を引き付ける。
「えいやっ!」
一気に操縦桿を押し倒した。十二試艦戦はわたしのさらに上まで飛び上がってから降下する。
グァァァァァァァァァァ!
サクラの栄エンジンと十二試艦戦の瑞星エンジンがうなりを上げた。
「皇国の空は・・・・・・・」
十二試艦戦が叫ぶ
「わたしが守る!!」
ドドドドッ!
十二試艦戦の二十ミリが片方の敵機に命中した。敵機の翼に命中弾。
右翼に被弾した敵機の動きが鈍くなった。
「次はコイツだ!」
先頭を飛んでいた一気に目をつける。
「サクラ、行くよ!」
「分かってるって!」
右フットバーを強く踏み込んで、敵機の後ろに回り込んだ。
ぐぁん!
敵機が大きく宙返りする。
「させるか!」
わたしもその後ろに続いた。それにしてもこの戦い方、どっかで見たことがある敵だ。
「まっ、そんなこと気にしても仕方ないよね」
サクラがそういうと、敵機のほうを見た。
「えいやっ!」
ドドドドッ!
思いっきり発射把柄を握る。敵機の二番機が命中弾を受け、降下していった。
グォォォォォォォォォォォォォォォ
敵の一番機は上昇して、わたしたちに挑みかかってきた。
「あれは・・・!?」
俺―アラン・イラトリアスは俺たちに戦闘を挑んでくるゼロの一機に目が吸い寄せられた。
そのゼロに描かれているのは、色鮮やかな桜花。
「ラバウルの魔女・・・・・・・・!」
あの南の海上での死闘がよみがえる。
「またお前か・・・・・!」
こいつだったら、自分たちをおとりにして自らの懐に誘い込むような真似もするだろう。
「・・・・・俺たちは、まんまと策略にはめられたわけだ」
俺は操縦桿を押し倒すと、急降下を始めた。
「ゼロは急降下が苦手だ!だから、奴らの苦手な機動で振り切る」
海面すれすれまで降りて、ジグザグに飛ぶ。そして、敵から逃げようとした。
「ん?」
俺―赤松貞明は愛機の前面の海上に一機のグラマンを見つけた。
「逃げようとする気か・・・・・!」
俺は航空眼鏡を装着すると、列機に合図を出す。
「させるかワレェ!」
ドドドドッ!
急降下して敵機に肉薄すると、射撃を始めた。
ドドドドッ!
列機たちも射撃を始め、曳光弾が光の尾を引いて敵機に向かう。
キーン!グォォォォォォォォォォォォォォォ
敵機が被弾しながらも離脱を図る。
「させるかよ!」
その敵機の追尾を始める。次の瞬間・・・・・・・・
《隊長!敵機です!シコルスキー三機!》
無線機から聞こえてきた二番機の声。
「何!?」
遠くを見ると、敵が数機こちらに向かってくるのが見えた。
「いかん!引き返すぞ!」
俺たちは敵機に見つかる前に機首を翻すと、本土に向かった。
「助かった・・・・・・・のか?」
俺―アラン・イラトリアスは後ろについていた雷電があきらめるのを見ると、スロットルを開けた。
「あ!!」
遠くから何機かの飛行機が近づいてくる。あの逆ガル翼とそこに描かれた星。
「コルセアだ!友軍機だ!」
俺は翼を振り、相手に味方であることを知らせる。コルセアの方でも気づいたらしく、こちらに翼を振った。
俺は無線機を手に取る。
「こちら空母『イントレピッド』所属戦闘機隊アラン・イラトリアス大尉。日本本土上空で被弾した。母艦への帰投を図る」
《こちらアメリカ海軍空母『ハンコック』戦闘機隊。これより貴官を援護する》
コルセアたちが方向転換すると、俺の横についた。
「君たちの護衛に感謝する」
俺はそういうと、母艦の方に機首を向けた。
ヴァラララララララ・・・・・・・・・・・カシャッ!
スロットルを絞るごとに低くなるエンジンの音と地面からの軽い衝撃。
わたし―山ノ井彩音は列線まで機体を転がしていくと、MCのレバーを「最薄」から「切」に移した。
ガコン
エンジンを切ると同時に電装系のスイッチを切って安全縛帯を緩める。
「ふう~」
サクラが大きくため息をついた。どうやら今日の戦闘はサクラにとっても厳しかったみたい。
わたしは足掛けを伝って地面に降りると、指揮所に向かった。
「山ノ井一飛曹、米軍戦闘機F6F一機を二番機と共同撃墜、一機を単独で中破いたしました」
「うむ、ご苦労だった」
いつものように基地司令がうなずき、航空参謀が戦果を記録していく。
「では、失礼いたします」
そう言って外に出た時だった。
キーン!グォォォォォォォォォォォォォォォ
聞こえてきた爆音。
「この特徴的な音は・・・・・・・・雷電だね」
キーン!ヴァラララララララ・・・・・・・・・・・ガシャン!
零戦とは少し違った音を立てて、雷電が滑走路に滑り込んできた。そのずんぐりむっくりした機体は、濃緑色に塗られている。
ドドドドドドドドドド・・・・・・・・ガコン
列線にやってきてエンジンを止めた雷電。尾翼を見ると、どうやら厚木の三〇ニ空の機体らしい。
ガラッ
風防が開き、一人の男が降りてくる。
「やあやあ、横空の皆さんそろってお出迎えですかい」
そういうや否や、雷電の主翼から飛び降りた。そのままこっちに歩いてくる。わたしの前で立ち止まると、口を開いた。
「俺は三〇ニ空搭乗員で撃墜王の中の撃墜王、赤松貞明だ。愛機が燃料切れを起こしたので、燃料を少し融通してもらいたいんだが・・・・・」
なんか、ものすっごい威圧感だ。
「は、はい!」
整備兵が赤松さんの雷電を列線に押していく。燃料用の手押し車が雷電の方に向かうのが見えた。
(ふーん・・・・・・・・・)
わたしはちらりと赤松さんの愛機を見る。
友軍機には珍しい後部が胴体と一体になった風防は視界が悪そうだし、長い機首も地上移動時の視界がほとんどなさそうだ。
零戦と比べて極太な機体は「ホントに大丈夫なのか、コイツ?」と言いたくなるほど。
(『殺人機』って言われるのが納得できるわね。それにしても・・・・・・)
今度は赤松さんを見る。ぼってりと太って、いかにも柄が悪そうな口ひげを生やしていた。
(・・・・この人、よくあんな機体に乗ってるられるね)
わたしだったらこんなのに乗せられようものなら「零戦に乗せろ!」って暴動起こすのに。
「まあ、B29に太刀打ちできる数少ない機体らしいけど・・・・・・」
わたしはそう言うと、他のみんなと一緒に搭乗員控えに向かった。
「また敵機が来ないといいですね~」
最近部隊に来た大木三飛曹が言う。
「だね。特にB29とマスタングは絶対来てほしくないよ」
わたしはそう言うと、搭乗員控えのドアノブに手をかけた。
ガチャッ
「あっ・・・・・・・」
扉を開けて中を見た途端、わたしの口が開いてふさがらなくなる。
「ん・・・・・?よっ!ちょっくらお邪魔させてもらうぜ」
搭乗員控えの椅子にどっかり腰かけている赤松さん。その手に握られているのは・・・・・・
(それって、わたしがこっそりとっておいたパイナップルの缶詰じゃん!)
「ちょっと戸棚の中からいただいた」
赤松中尉はあっけからんとして言う。
(うそでしょぉ・・・・・・・・・・・・)
わたしはヘナヘナと椅子に座り込む。
「山ノ井さん、今度俺の航空加給食あげますから・・・・・・」
大木三飛曹がわたしに言う。
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておく」
わたしはそう言うと、頭の中からパイナップルの記憶を追い払った。赤松さんを見る。
「それにしても、赤松さんはよくあんな機体乗ってられますね」
「まあな、俺みたいなエースしか乗りこなせないような機体さ」
赤松さんが椅子にどっかりと腰かけて言う。
「よくあんなの乗ってますよね。『殺人機』に」
わたしが言うと、赤松さんは煙草のを口にくわえながら言う。
「地上滑走時の前方視界、飛行時の後方視界共に最悪。着陸時の失速特性は劣悪。ってか」
赤松さんは自嘲するように笑う。
(あれ・・・・・・・・?)
なんか前に聞いて噂のと違う。
(噂だと酒と女と喧嘩が好きな荒くれ者らしいけど・・・・・・・)
「山ノ井、お前女でよかったな」
赤松さんが言う。
「お前が男だったら、俺はぶん殴ってたぞ」
あ、すいません。
「失礼します」
整備兵が搭乗員控えに入ってくる。
「赤松中尉。機体の整備が完了いたしました」
「おう、ありがとな」
赤松さんが立ち上がり、搭乗員控えから出ていく。わたしたちもそのあとから外に出た。
バタバタバタバタ・・・・・・・・・
赤松さんの雷電はすでに列線に引き出され、暖機運転が始められていた。
「よいしょっと・・・・・・」
赤松さんがコックピットに乗り込む。座席から立ち上がると、地上移動を始めた。
キーン グォォォォォォォォォォ
滑走路に到着し、赤松機のエンジン音が高くなる。赤松さんがこっちを見た。
「山ノ井一飛曹!」
「はい!?」
赤松さんが叫ぶ。
「雷電はいい戦闘機だ!」
グォォォォォォォォォォ
さらにエンジン音が大きくなる。
「もう少し燃料が積めたらもっといいがな!」
キーングォォォォォォォォォォ
赤松さんが叫ぶと同時にスロットルを入れて滑走を開始した。
ふわっ
雷電の主輪が地面から離れる。
グォォォォォォォォォォ
赤松機は主脚を収納すると、厚木に向かって飛び去って行った。




