第二十四話 礎
わたしに「ソレ」が見えることに気づいたのは、追浜に戻ってきてすぐのことだった。
「彩音っち~。今日も大戦果だったよね~」
わたしと似た顔で、主翼に座った「ソレ」は、わたしに慣れなれしく話しかけてくる。
「油断は禁物だよ。『サクラ』」
わたしはそう返すと、安全縛帯を緩める。
「わかってるよ~」
サクラはそう返すと、わたしのほうを見た。
そう、この女の子は、わたしの愛機零戦二一型「サクラ」の空魂だ。にわかに信じがたいけどね。
「またまたそんなこと言って~」
サクラはわたしの頬をつつく。
艦船になら無差別に宿る「艦魂」とは違い、「空魂」は一部の機体にしか宿らないらしい。その条件は・・・・・・・・
「作り手の『想い』!」
サクラ曰く、そうらしい・・・・・
「わたしは、もともと『報国号』だったの。だから、献納してくれた人の想いが集まってわたしが生まれたんだよ。『必ずや敵をやっつけてくれ』ってね」
サクラが誇らしげに話す。
「へぇ~」
わたしは適当にあしらうと、コックピットから這い出た。
足掛けを伝って地上に降りる。
「またね~彩音っち~」
サクラに見送られて指揮所に向かう。空魂は、基地内や母艦の艦内は自由に移動できるらしいけどね。
「山ノ井彩音一飛曹、米軍戦闘機P51二機を撃墜いたしました」
指揮所で防空戦闘の結果を報告すると、航空参謀がそれを黒板に書き込んだ。
「では、失礼いたします」
敬礼して外に出る。いつものように列線に向かった。
列線にずらりと並べられている零戦と紫電、紫電改。現用飴色の機体もあれば濃緑色もいた。
その中の一機、サクラの横に並べられている機体に違和感を感じた。
「あの機体、空魂が宿ってる・・・・・・・・」
わたしの「サクラ」と同じ感覚。金属の冷たさの中にどことなく温かい感じがその機体には漂っている。
機体自体はいたって普通の零戦・・・・・・・・・じゃない。どの型とも違う。
「あれ?君もわたしがわかるの?」
突然聞こえてきた声。次の瞬間、その機体の主翼から光の粒が立ち上る。
光の粒はだんだん密度を濃くして集まると、人の形を成した。
「やっ!わたしが見える人と話すのはひさしぶりだな~・・・・・・」
完全に姿を現した空魂は、ひらりと目の前に着地する。
「彩音っち~、遅いよ~・・・ってあなた様は!」
サクラもいつの間にかわたしの横に現れた。謎の空魂のほうを見て慌てて敬礼する。
「え?さくら、この空魂って、結構すごい人なの?」
サクラは何も言わずにただガクガクとうなずく。
「二一型の空魂さんか~。彩音さんの愛機ね」
謎の空魂はサクラを眺めまわしながら言うと、こっちに向かって敬礼した。
「わたしの名前は十二試艦戦、この世に生まれたすべての零戦の礎です!」
「え・・・・・・・・?」
わたしの思考が一瞬止まる。次の瞬間・・・・・・
「えぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇ!?」
わたしの叫び声が基地内に響き渡った。
「うるさいぞ!山ノ井!」
通りかかった坂井先輩に怒られる。
(あっ・・・・・・・)
先輩は空魂が見えないんだった・・・・・・・・・・
「すいません」
一応謝っておく。
「で・・・・・・・・」
十二試艦戦のほうに視線を向ける。
「あなたって、つまりは零戦の試作機?」
「そうだよ~」
十二試艦戦は元気よく手を上げる。
「わたしが生まれた原因も『想い』だよ!」
十二試艦戦はかなり元気だ。
「なんかさ、生まれて初めて眼を開けた時、わたしの本体はどっかの工場にいたんだ。そして、わたしの横にはスーツ着たおっさんが立ってたの~」
スーツを着たおっさんが工場にいるなんて珍しいね。
後で聞いた話だと、この『スーツ着たおっさん』は、零戦の設計主務者の堀越二郎博士だったみたい。
なお、この時の堀越技師は三十四歳。(それでもおっさん・・・・・)
「でね、そのおっさんからすっごく想いが伝わってきたの。『必ず大成してくれ、欧米の技術者をアッと言わせてくれ』ってね」
たぶん、その想いが私の生まれた要因・・・・・と言って、十二試艦戦はふうと息を吐いた。
「生まれたころの二翅プロペラは最近になって三翅に替えてもらったけど、エンジンはみんなの『栄』よりも非力な『瑞星』だしね・・・・・・・。後発の二二型とか五二型に比べたらさすがに見劣りするよ」
「そんなことありません!」
サクラが叫ぶと、十二試艦戦の手を取った。
「あなたの成功が無ければ、わたしはここにいません!五二型や二二型が何だというんですか!そいつらだってあなたがいなければ生まれてませんよ!」
握った手をぶんぶん上下に振る。そして、ハッと気づいた。
「はわわわわわわわわわ!わたしは大先輩になんということを!」
「うん・・・・・・・そうだね・・・・・・・・・」
十二試艦戦は寂しげに笑う。
「確かにわたしがいなかったら、あなたも、他の零戦たちもいなかったしね・・・・・・・二号機も・・・・・・・・・・」
二号機?十二試艦戦に二号機なんてあったんだ・・・・・・・・・
(そして・・・・・・・・)
「二号機」と口に出した瞬間、十二試艦戦の目に悲しみが宿ったような気がした。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
わたしが声をかけると、十二試艦戦は首を横に振った。
「そう・・・・・・。ならいいんだけどね」
その後も敵襲はなく、十二試艦戦とサクラ、そしてわたしの三人で雑談しただけで交代の時間になった。
その夜、わたしは格納庫から宿舎に歩いてくる整備兵の一団を見つけた。その中に、七日町一整曹の姿を探す。
「あ、いたいた・・・・・・・・・・・・。七日町一整曹~!!」
大きく手を振って叫ぶと、七日町一整曹がこっちを見た。
周りからひじで小突かれつつこっちに来る。
「なんですか、山ノ井一飛曹。今は疲れてるんですけど・・・・・・」
「七日町一整曹って、横須賀にずっといたんですよね?」
眠そうに背中を掻く七日町一整曹に詰め寄るように質問する。
「ああ、零戦の試作機が初飛行したころからですね・・・・・・」
「だったら、十二試艦戦がここにいることも知ってますよね?」
「ああ、試作一号機です。プロペラは五二型用の予備品に交換されていますけどね」
七日町一整曹はあくびを噛み殺しながら言う。わたしはさらに質問した。
「じゃあ、試作二号機がどうなったかはわかりますか?」
言った瞬間、七日町一整曹の顔がゆがむ。頭を抱えると、地面に座り込んだ。
「どうしましたか!?」
わたしもその背に手を置いた。
「すまない・・・・・・・ありがとう」
七日町一整曹は立ち上がると、わたしを見た。口を開く。
「十二試艦戦の試作二号機は、事故で失われたんだ」
「え・・・・・・・・・・・・?」
わたしの頭の中が真っ白になる。
「十二試艦戦一号機の試験が無事に終わって、二号機の試験飛行が始まったころだった。その日は、急降下試験を行うことになっていたんだ」
七日町一整曹の顔に苦悩の色が浮かぶ。
「一番上まで上がって、急降下を始めた時のことだ。突然、機体が空中分解したんだ・・・・・・・・・・・・」
わたしの体に悪寒が走る。
「原因は、昇降舵平衡重錘の欠損。それにより異常振動を起こしたことで分解したんだ。俺たち整備がそのことに気づいていれば、搭乗員は死ななかったかもしれないんだ。結局、搭乗員は殉職した」
七日町一整曹の目から涙が流れる。
「俺はその時十二試艦戦の整備担当だった。俺が昇降舵平衡重錘の欠損に気づいていれば、搭乗員は死なずに済んだんだ」
七日町一整曹は滂沱する。自らを責めるように。
「あの・・・・・・・・」
わたしはそっと話しかける。
「試作一号機は、その時どうしてたんですか」
「その時、試作一号機は万が一の時の予備として格納庫から出されていた」
わたしの体に、再び悪寒が走る。
(と、言うことは・・・・・・・・・・・・)
あの子は、妹が空中分解して墜落するのを目の前で見ていたんだ・・・・・・・・・・
「じゃあ、俺はそろそろ食事があるから失礼するよ」
七日町一整曹は涙をぬぐいながら立ち上がる。
「はい、わかりました」
わたしに背を向けて立ち去る七日町一整曹。わたしはその後姿を、ずっと見つめていた。




